男性の精子数は「世界規模で半減」していた…汚染物質・肥満・都市化にとどまらない“決定的な要因”とは
男性の精子数は「世界規模で半減」していた…汚染物質・肥満・都市化にとどまらない“決定的な要因”とは

複数の研究により、この半世紀のあいだに世界中の男性の精子数が半減していたことが明らかになった。研究者は「人類の存続に関わるレベル」と警告している。

その理由には汚染物質、肥満、都市化、気候変動といったさまざまな要因が考えられるが、いったい男性の生殖能力に何が起きているのか。

サピエンスの歴史を紐解いた『ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史』より一部抜粋、再編集してお届けする。〈全3回のうち2回目〉

精子数の減少

タンゴを踊るには2人が必要。つまり、出生率の低下は女性の生殖の選択だけでは説明できない。あまり報じられていないもうひとつの要因として、この数十年のあいだに、男性の生殖能力が急激に低下していることがある。

人間の精子の数は、近年になって明らかに急激に減少している。臨床医たちがその兆候に最初に気づいたのは半世紀以上前のことだが、その原因はいまだにはっきりしていない。

30年前、コペンハーゲン大学病院のエリザベス・カールセンらは、過去50年分のデータを調査し、1940年から1990年のあいだに精子数の平均がわずかに低下したどころではなく、半減していたことを明らかにした。

さらに大規模な研究として、エルサレムのヘブライ大学のハガイ・レヴィンらが2022年に発表した調査では、1973年から2018年のあいだに、健康な男性の精子濃度および総精子数が世界的に大きく減少していることが示された。

研究者たちは、「人類(および他の生物種)の存続のために、男性の生殖にかかわる健康を重視する必要がある」と警鐘を鳴らしている。

原因はどうあれ、医療関係者たちは精子の数と質の低下を、人類の存続に関わる重大な問題として認識しているのだ。

この研究が特に重要だったのは、従来の調査が主に北米、ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランドといった地域に限られていたのに対し、今回は中南米、アジア、アフリカのデータを新たに加えた点にある。

つまり、精子数の減少が「西洋」、つまりかつて「先進国」や「工業国」と呼ばれていた国々に特有の現象ではないかという批判に対し、この研究はそれが人類全体に共通する傾向であることを裏付けたのだった。



中国のように現在世界で最も人口の多い国においても、精子数の減少は確認されている。1981年から2019年にかけて30万人以上の健康な中国人男性を対象に行なわれた研究によれば、その結果は「生殖にかかわる深刻な健康上のリスク」を示唆するものだった。

さまざまな要因

このように世界的に急激に精子数が減少している理由は何なのか?

これについてはさまざまな要因が指摘されている。人間の男性ホルモンであるテストステロンの減少や、生殖器の異常、精巣がんの増加との関連を指摘する声もある。

1992年のカールセン論文の共著者でもあるコペンハーゲン大学病院のニールス・スカッケベックらは、化石燃料由来の汚染物質への曝露の増加が一因ではないかと考えている。

また、家族を持ち始める年齢が上がっていることも結果に影響を与えている可能性がある。もし高齢の男性の方が若年層に比べて精子数が少ないのであれば、それがデータにバイアスをかけている可能性もある。ただし、これまでの研究では年齢の要因は考慮されており、実際には年齢に関係なく精子数が減少していることが示されている。

同時に、体外受精(IVF)といった生殖医療への相談件数も増加している。1978年に世界で初めて体外受精で誕生した「試験管ベビー」ルイーズ・ブラウン以来、これまでに体外受精によって生まれた子どもは800万人を超えている。とはいえ、それは全体から見ればごくわずかにすぎず、今でも自然な方法以外で生まれる子どもは100万人に1人にすぎない。

健康に問題のない世界中の男性で、あらゆる年齢層において精子数が減少しているのだとすれば、その原因はもっと捉えどころがなく、目に見えにくく、しかも広範に及ぶものと考えるほかない。

たとえば、化石燃料由来の物質への継続的かつ低レベルの曝露などが該当するかもしれない。

実際、野生動物に女性化の影響を及ぼす汚染物質を特定した研究もある。こうした物質が人間に何の影響も与えないなどとは、考えにくい。たとえば、テストステロンの産生を抑えてしまうような作用があるのかもしれない。

気候変動も一因かもしれない。精子の生成には、体腔内よりも低い温度が必要なことはよく知られている。思春期になると、睾丸が腹部の暖かい内部から外に下がるのは、このためだ。

ライフスタイルも関係している可能性がある。西安交通大学のルー・モーチーらによる中国の研究では、精子の質の低下は中国南部よりも北部で顕著であることが示された。特に北部では、十代の若者の体格指数(BMI)が高い傾向にある。つまり、太っているのだ。

「密集」というストレス

アフリカは今後最も人口が増加すると予測されている大陸であり、それはアフリカの人口構成が非常に若いためである。しかし、アフリカにおける精子の質に関するデータは限られている。

とはいえ、わずかながら存在するそのデータは、精子の質や濃度が深刻に低下していることを示している。

ある研究では、精子数の少なさの要因として高い体格指数(BMI)が指摘されている。

また別の研究では、主にアフリカで最も人口の多い国ナイジェリアから得られたデータに基づき、過去50年で精子濃度が72・6パーセント(ほぼ4分の3)も減少したことが報告されている。

その要因として、肥満、病気、喫煙や飲酒、さらには他国では使用が禁止されている農薬への曝露などが挙げられている。

さらに憂慮すべきことに、アフリカでの平均精子濃度(1ミリリットルあたり約2000万個)は、世界保健機関(WHO)が「基準値」として定める1500万個/ミリリットルに近づいており、それを下回ると深刻な不妊の原因となる。

もしこれらの結果が正確であれば、アフリカで予測されている人口爆発は、大きく抑制される可能性がある。

もうひとつの要因として考えられるのは、人と人とが密集して暮らすことによるストレスである。

ホモ・サピエンスはその歴史の大半を、小規模で点在する集団として生きてきた。人類が村や町、そして今日のような巨大都市で暮らすようになったのは、比較的最近のことにすぎない。

現在、世界人口の約55パーセントが都市部に住んでおり、この割合は2050年には68パーセント、つまり3分の2を超えると予測されている。この傾向は今後も続くと見られており、その背景には干ばつや洪水、作物の不作といった気候変動による影響がある。そうした要因が農村から都市への人口流入を加速させているのだ。

部屋の中の象

人々が集合住宅で文字通り「人の上」に住み、日々の生活を他人ときわめて近い距離で営むことは、人類にとって本来の姿ではない。

ポール・エーリックがデリーの街で目にした光景に衝撃を受けたように、こうした密集した生活は、人間にとって強いストレスの原因となりうる。

そして、ある研究によれば、こうしたストレスが精子数の減少と関係している可能性もあるという。

過剰人口は環境の悪化を招き、それが資源の枯渇につながる。こうしたすべての要因が、世界経済を弱らせ、生活水準を引き下げ、女性たちの出産への意欲をそぎ、父親になろうとする男性の精子数さえも減少させているのかもしれない。

そして、これらすべての背後には「部屋の中の象」(訳注:誰もが気づいていながら話題にするのを避ける大きな問題や不都合な事実を指す英語の慣用表現)がひそんでいる――気候変動だ。

#3に続く

文/ヘンリー・ジー 写真/Shutterstock

ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史

ヘンリー・ジー
男性の精子数は「世界規模で半減」していた…汚染物質・肥満・都市化にとどまらない“決定的な要因”とは
ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史
2025/9/172,420円(税込)440ページISBN: 978-4478119419

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ニューヨーク・タイムズ紙「親しみやすく野心的な一冊!」

5万年前のホモ・サピエンスは、数ある人類のうちのひとつにすぎなかった。しかし2万5000年前ごろ、氷河期が最も厳しさを増す中、ホモ・サピエンスはアフリカ全域とユーラシア大陸に拡がり、さらにはアメリカ大陸にも進出し始めていた。この時点で、ほかのすべての人類は姿を消していた。ホモ・サピエンス以外の最後の人類が絶えた瞬間から、この種の終わりはすでに定められていたと言える。



それ以降、ホモ・サピエンスは、逃れようのない運命との、長く続く消耗戦を戦うことになる。

人類の歴史は、地球規模の支配を築いてきた壮大な成功の物語のようにも見えるけれども、その輝かしい成功の裏で、ホモ・サピエンスはずっと「借りものの時間」を生きてきた。その時間はすでに何千年も続いており、今や終わりが近づいている。

本書では、なぜそうなったのか、その理由を明らかにしていく。そして、もし人類が賢く、幸運に恵まれ、十分な想像力と工夫を発揮できるのであれば、この運命をしばらくのあいだは避けられるかもしれないという希望についても語る。

世界的話題作『超圧縮 地球生物全史』の著者が、サピエンス30万年の歴史、そして未来予想図を描き、わたしたち人類が絶滅を回避する方法を模索していく。

科学と人文知の垣根を越えた 「圧倒的な知的体験」を提供する本!

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