「原発不明がん」という言葉を耳にしたことはあるだろうか。昨今、森永卓郎氏などの罹患によってにわかに注目を集めつつある病名だが、その詳細を知っているという方はさほど多くないはずだ。
書評家・東えりか氏の新著『見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録』は、夫の保雄氏が原発不明がんを発症してから看取るまでの過程を詳細に綴った、貴重な記録である。なぜ原発不明がんは発見が難しく、治療も困難なのか?
同書で医学監修・解説を務めた下山達医師(東京都立駒込病院)の「解説」より一部を抜粋してお届けする。
原発不明がんとは何か?
「原発不明がん」は「希少がん」の一種です。とはいえ、希少がんという言葉を聞いたことがある人は、ほとんどいないと思います。原発不明がんを理解するために、まずは希少がんについてご説明します。
そもそも、希少がんというがん種は存在しません。定義としては、1年間の発生率が人口10万人あたり6例未満の「希少」な「がん」の総称ということになりますが、内実としては多種多様ながんが含まれ、その種類は200から300にのぼると言われています(2025年6月10日に国立がん研究センターが策定した「新たな希少がん分類(NCRC)」では364病型が希少がんに分類されています)。
中にはがん専門医であっても、一生に一度も出合わないものも多くあります。がん診療に携わる医師でさえ、希少がんについて専門的な知識をもっている人間は一握りなのです。
そのため、一人の医師が希少がんの専門家として全部をカバーすることは現実的には難しく、様々な希少がんにその都度対応できるチームや組織の存在が不可欠であり、そのような体制なくしては治療は発展しません。
一方で、個々の疾患としては希少であっても、希少がん患者自体は決して珍しくはありません。個々の希少がんは、がん全体の1%にも満たない稀な腫瘍ですが、すべての希少がんを合わせるとがん全体の約20%にものぼります。これは大腸がんにも匹敵する数です。
日本人が一生のうちでがんになる割合が約半分、つまり2人に1人であることを考えると、誰にとっても決して他人事ではないのです。
原発不明がんも、代表的な希少がんの一つです。ただし、この場合の「原発」というのは医学専門用語であるため、一般の方が「原子力発電所のこと?」などと誤解をしてしまうのも無理のないことかもしれません。
がんは、最初に発生した臓器に対応した特徴をもっています。そのため、どこの臓器から生まれたか(これを「原発部位」と言います)を調べることが、がんの治療方針を決定する上では非常に大切です。
たとえば肝臓にがんが見つかったからといって、必ずしも肝臓がんの治療をするわけではないのです。もともと肝臓から生まれたがんであれば肝臓がんですが、胃から生まれたがんが肝臓に転移した場合には胃がんの治療を選択しないといけません。原発部位がどこかを診断できないと、治療方針は決められないのです。
しかし、まれに原発がわからない場合があります。転移した先のがんだけが大きくなり、大元のがん(原発)が画像検査では見つからなかったり、何らかの理由で消えてしまったりしたケースです。
こうした場合、画像検査では原発部位を突き止めることができないので、がん組織を採取して調べることで原発部位を推定していくことになります。この検査を「病理検査」といいますが、希少がんの病理診断は非常に専門性が高く、特殊な検査方法が必要なことも多いため、専門施設でなければ診断ができないことが多々あります。
このような時は、他の病院の医師に相談できれば良いのですが、日本では保険診療制度の関係で、他の施設に標本を送って検査をしてもらう仕組みがないという問題もあります。
こうした依頼を受けた病理医は、ほぼボランティアで検査・診断を行っているのが実情です。患者さんだけではなく、医療従事者へのサポート体制もまだまだ不十分だという側面があるのです。
希少がんにまつわる様々な困難
希少がんになった時に直面する問題のひとつに、個々のがんの症例数が少ないため、その病気に関する知識の共有や治療法の開発が進んでいないという点が挙げられます。そもそも、診断をつけること自体が困難である場合も多く、それによっていくつかの固有の課題が生じます。
まずは、①病名診断が難しく確定までに時間がかかることが少なくないという問題が立ちはだかります。先ほど述べたように、希少がんを専門的に診断できる病理医は限られており、仮に診断がついたとしても、その疾患に詳しい医師のもとで治療を受けることが容易ではないため、②担当医が適切な治療方針を選択できないケースが多いのです。
また、医師でさえ、専門的な知識を得ようと調べたくても、③正確な情報が得られる方法や相談先がわからない。そして患者さんは治療を受けたくても、④どういった専門病院やどこの診療科を受診すべきか、あるいはセカンドオピニオンの相談先さえわからない。
さらに、希少がんは治療法が確立していないことがほとんどで、先進的な医療に望みを託して、そうした治療を受けたいと希望しても、⑤自分の病気を対象とした臨床試験や治験、がんゲノム医療(遺伝子解析に基づいて個別に治療法を選択する医療)がどこで行われているのかがわからない。
こうした状況を改善するために、国では2023年に第4期がん対策推進基本計画が閣議決定され、その基本方針の中に「2.患者本位で持続可能ながん医療の提供(2)希少がん及び難治性がん対策」が盛り込まれました。
国立がん研究センターでは2014年に希少がんセンターが発足して、「希少がんの正しい診療を行うこと、希少がんに関する新しい知見を集め希少がんの研究、治療開発を推進すること、さらに実際の診療・研究活動を通して、希少がん医療の課題を明らかにし、解決してゆくこと」を目標に掲げています(国立がん研究センター希少がんセンターホームページ「センター長ごあいさつ」より)。
薬の開発研究における課題
症例数が少ない希少がんの問題として、薬の開発研究が進まないことも挙げられます。本来、新薬の臨床試験では100人から1000人規模での比較試験(新薬と従来の標準治療、もしくはプラセボ=「偽薬」を比べます)を行い、どちらのほうが効果があったか(腫瘍縮小率の高さ、長生きしたかなど)を統計的に調べます。
新薬のほうが良い結果を出していれば承認されるのですが、希少がんの場合はそれ以前の問題として、十分な数の患者さんを集めることが困難でした。
そのため、2021年には抗がん剤の承認のためのガイドラインが改定され、希少がんに関しては少人数の臨床試験でも薬が承認されるようになり、以後は新薬の効果の有無を判断するのに、その希少がんに関する過去の治療成績と比較する方法を取ることができるようになりました。過去の治療方法と比べて効果があったかどうかを判定することで承認を受けられるように、条件が緩和されたのです。
こうした希少がんの治験に関するデータは、日ごろから計画的に集めていく必要があります。2017年には国立がん研究センターが主導する形で患者さん、医療機関、製薬企業が連携した「MASTER KEYプロジェクト」が発足し、国内の主要な施設で希少がんの疾患登録が始まりました。データの集積および蓄積に必要な人員/組織づくりをサポートし、希少がんの研究や治療開発の推進を目的とする国家的プロジェクトです。
この取り組みに参加する国内施設は増えてきており、またアジア各国との国際的な連携も進められています。こうして集められたデータを利用した国内の臨床試験も始まり、希少がんに対する薬剤の承認が進むようになりました。
一方で、多くの患者さんはご自身が住んでいる地域の中でがん治療を受けなければならないという現状があります。どのような地域であっても希少がんに対応できる体制もつくらなければなりません。
駒込病院でも2024年に「希少がんセンター」を発足し、都立病院間での合同カンファレンスを始めるようになりました。2025年からは東京都のがん診療連携の取り組みとして、国立がん研究センター中央病院、がん研有明病院、東大病院と駒込病院で「希少がん・原発不明がん」の診療上の問題を解決するためのワーキンググループが開かれることになりました。
まだまだ、国内における希少がん治療の医療体制は整っているとは言えませんが、少しずつ進み始めています。
患者会による活動
必要とする人に正しい情報を届けるために、患者さんとご家族も活動を行っています。2018年には「日本希少がん患者会ネットワーク」が発足し、〝希少がんコミュニティ オープンデー〞といった患者間での交流の会を、現地とオンラインのハイブリッド形式で毎年開催し、患者・家族・医療者・製薬企業などの立場を超えて語り合う「対話の時間」を設けるなどしています。
私もこの会に参加する機会をいただきましたが、そこに出席した患者さん、そのご家族のお話は非常に切実でした。
息子さんが希少がんと診断されたものの、どうしたらよいかわからず、藁にもすがる思いでこの会にやってこられたというご高齢のお母さまや、治りたいとの一心で治験に参加したものの、もしかすると自分がプラセボ薬群(新薬の治療効果判定のために、薬効のない「偽薬」を比較対象として投与されるグループ)に割り当てられていて、新薬の治療を受けられていないのではないかという不安を語られていた患者さんなどの、多くの正直な声を聴かせてもらいました。
医療は医師だけが主導するものではありません。患者さん側が主導して声をあげることで、医師には気づけない問題を解決する道が開けるのです。
文/下山達
見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録
東 えりか
【各界から絶賛の声、続々! 第22回開高健ノンフィクション賞最終候補作】
理不尽極まりない、まさに「見えない死神」。明日は我が身。震え上がりながら一気に読んだ。
――成毛眞氏(「HONZ」代表)
哀しみの底に沈みながらも、決して諦めない。検証し続ける。その圧倒的な想いの強さに胸うたれる。
――小池真理子氏(作家)
著者は、愛する人を「希少がん」で亡くすという個人的な体験を病の普遍的な記録にまで昇華させた。苦しみを同じくする人々や医療難民にとって必見の情報と知見がここにある。
――加藤陽子氏(歴史学者)
ある休日、夫の東保雄が原因不明の激しい腹痛に襲われた。
診断の結果は「腸閉塞」。そのまま入院し、検査を繰り返すものの、原因が特定できない状態が続く。
病院側も見当がつかないようで、困惑を隠せない。
他の病院でもセカンドオピニオンを求めたが、新しい情報は何も得ることができない。
「がん細胞が見つからない限り、がんではない」
ただただ、医師のこの言葉を信じるしかなかった。
その後も時間ばかりが過ぎ、夫はどんどん衰弱していく。
入院から3ヶ月後、突如「クラスⅤの悪性細胞」が発見される。
医師から告げられたのは「原発不明がん」という耳慣れない病名、そして夫の余命はわずか数週間ではないか、という衝撃の事実だった。
この「原発不明がん」とは、一体いかなる病気なのか?
なぜ、長きにわたって何の手がかりも得られず、診断にこれほどの時間を要したのか。
入院と診断、抗がん剤治療の断念、在宅での緩和ケアの開始、そして看取り……。
発症から夫が亡くなるまでの約160日間を克明に綴るとともに、医療関係者への取材も行い、治療の最前線に迫ったノンフィクション。

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