近年、多くの研究結果から脳と腸は互いに影響を及ぼし合っている「脳腸相関」が明らかになっている。さらには、うつ病などの精神疾患も腸の環境を整えることで改善を促すことができる可能性があるという。
本記事では書籍『「考える腸」が脳を動かす』から一部を抜粋・再構成し、悩む人が多い肥満症や糖尿病などの内分泌(ホルモン)・代謝疾患及び、うつ病や不安症などの精神疾患と脳腸相関がそれぞれどう関わっているのかを症例とともに確認する。※1
肥満症と脳腸相関…ホルモン、腸内細菌叢が関係する
糖尿病・脂質異常症・高血圧症・心臓病・脳卒中といった生活習慣病のひとつである肥満症は、脳腸相関と関係することがわかっています。
それを考えるにあたり、まず、「肥満」と「肥満症」は別の状態であることを知っておきましょう。
肥満は、日本肥満学会が『肥満症治療ガイドライン2022』で「脂肪組織に脂肪が過剰に蓄積した状態で、体格指数(BMI:Body Mass Index)が25以上のもの」と定義しています(意訳)。
BMIとはよく知られるように、[体重(㎏)]÷[身長(m)の2乗]で計算します。ご自身の身長と体重で計算してみてください。
たとえば、身長が170㎝なら、体重が約72.5㎏以上で肥満と判定されます。ただし、肥満は病気ではなく、体の状態を指しているに過ぎません。
一方、肥満症とは、「肥満に加えて糖尿病、高血圧、脂質異常症などの健康問題があり、医学的に体重を減らす治療が必要な状態」と同ガイドラインで定義され(意訳)、病気として分類されます。
脳腸相関と肥満症の関係を、44歳の男性Aさんの例で考えましょう。紹介する症例は複数のケースから作成したもので、医学報告では仮想症例や仮想患者といいます。
Aさんは、身長172㎝・体重80㎏・BMI27です。直近の健康診断で脂質異常症を指摘され、肥満症と診断されました。
近年の研究では、「肥満の原因は生活習慣だけではなく、腸内細菌の関わり」も指摘されています。たとえば、腸内細菌がいない無菌状態で育てられたマウスは肥満しにくく、腸内細菌がエネルギーの吸収に関係していると考えられています*2。
また、マウスに菌由来のリポ多糖を少量持続投与すると、高脂肪食を摂取したマウスと同じように、肥満、インスリン抵抗性(膵臓から血中に分泌されるホルモンであるインスリンの作用が鈍い状態)、および耐糖能異常(糖尿病と診断されるような高血糖ではないが、血糖値が正常より高い状態)が生じたという報告があります*3。
そうした研究から、「腸内細菌叢と肥満は関係がある」と考えられています。
さらに食欲は、「ガストリン」「コレシストキニン」「グレリン」のように腸管から分泌されるホルモンが脳に情報を伝えて調整されます。
「肥満の原因は、食べ過ぎや運動不足だけではなく、脳、腸の内分泌(ホルモン)、腸内細菌叢の状態による複雑な脳腸相関が関係している」わけです。同じダイエット法を実践した場合に、効果に差が生じるのは、その人のがんばりの問題だけではないのです。
将来的には治療法が確立されるかも?
そして肝心の肥満症の治療法といえば、現時点では食事療法や運動療法が主流で、腸内細菌叢の調整が減量に効果的という報告はまだありません。また、薬や手術はBMIが35以上の高度肥満の場合や、ほかの病気を併発している場合などに限られます。
こうしたことから医師はAさんの前述の疑問に対し、「ほかの原因、それが腸内細菌だとしても治療法が変わるわけではありません。このままだと脂質異常症のほかに、糖尿病や高血圧症などを発症するリスクがあります」と回答しました。
Aさんはほかの病気にはなりたくないので、「まず、ウォーキングの時間を増やすこと。食事の栄養バランスを見直し、カロリー過多に注意すること」という医師の治療方針に同意しました。それを真面目に3カ月ほど実践したところ、体重が少しずつではあるものの減少しているということです。
肥満も肥満症も「糖尿病」のリスクが高い状態です。糖尿病もまた、腸内細菌叢の状態が原因のひとつとなることがわかっていて、脳腸相関との研究が進行しています。
将来的には肥満も肥満症も糖尿病も、腸内細菌叢を調整することで、食べても太りにくくなる、必要以上に食べなくなる治療法ができるかもしれません。
うつ病と脳腸相関…セロトニン、腸内細菌に着目
うつ病では、気分が極端に落ち込む、悲観的になる、絶望や深い悲しみを感じる、同時に、イライラする、集中できない、不安を感じる、眠れなくてつらいという症状が現れます。それに、「便秘や下痢もうつ病の特徴的な身体的症状のひとつ」です。
うつ病と脳腸相関の関係を、35歳の男性Cさんの例で見てみましょう。
Cさんは職場で昇進し、責任が増えました。その影響か最近眠りが浅く、日中の業務に集中できなくなり、効率が下がったと感じています。排便の回数や量も減り、食欲が落ちてきました。産業医に相談したところ、「うつ病の可能性がある」とのことで、精神科を紹介されました。
うつ病は、脳内の神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンが不足することで発症すると考えられています。これらの物質は、気持ちを安定させる、睡眠を調整する、やる気を起こさせるなどの役割がありますが、不足することで、元気がなくなる、眠れなくなるなどの症状が起こります。
とくに睡眠障害はうつ病の初期から現れ、回復期の最後まで残りやすい症状です。
うつ病の治療では、軽症の場合は休養をとり、睡眠環境を整えることや心理療法などが勧められます。
しかし改善しない場合や中等症・重症の場合は治療薬として、セロトニンやノルアドレナリンの再取り込みを阻害して神経伝達物質の作用を高める「選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)」や「セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)」、セロトニンとノルアドレナリンの分泌を増やす「ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)」などが使われます。
このように、セロトニンはうつ病の治療に欠かせない物質ですが、腸との関わりが深いことがわかっています。
体内のセロトニンの90%以上は小腸でつくられ、消化管のぜん動運動を促します。その産生には腸内細菌の代謝産物が関わっていて、腸管のセロトニンが増えると下痢や吐き気が起こり、減ると便秘になる傾向があります。また、睡眠と腸内細菌叢も深く関係しています。
そこで、便秘がうつ病と関連する理由としては、「脳のセロトニンの減少→睡眠障害→腸内細菌叢の変化→腸管での代謝物の減少→腸管でのセロトニン産生の低下→便秘」という脳腸相関の経路が考えられます。
また、「うつ病の患者さんとそれ以外の人では、腸内細菌叢の状態が違う」「腸内細菌が自律神経や短鎖脂肪酸などと関係して、うつ病や不安症に影響する」という報告もあります。つまり、睡眠障害とは別に、「腸内細菌叢の状態もうつ病や不安症のリスクになる可能性」が指摘されているのです*1。
うつ病の予防が可能になる可能性も
Cさんは中等症のうつ病と診断され、医師から脳腸相関についても説明を受けました。そして、休職と抗うつ薬、下剤の服用を開始しました。すると、約2週間で睡眠状態、便通ともに改善が見られ、同時に仕事への意欲も少し戻ってきたため、医師に「職場復帰がしたい。薬もできれば早めに中止したい」と話しました。
すると医師からは「下剤は症状に応じて中止しましょう。しかし、いま復職や抗うつ薬の中止をするとうつ病の再発のリスクが高い」とのことで、次の提案がされました。
「当面は抗うつ薬の服用を継続する必要があること。戻ってきた意欲をウォーキングなどの運動と、写真撮影などの趣味の時間にあてること。ひき続き規則的な生活習慣を心がけること。便通もうつ病の指標のひとつとして観察すること」。そのうえで、「十分に休養がとれて改善したと判断できれば、産業医と復職に向けて話し合いましょう」。
Cさんはこれまでも、仕事が忙しいときには睡眠や便通の状態がくり返し悪化していたことを思い出し、「焦らないで医師の診断に従おう」と考え直しました。そしてさらに半年過ごすと、うつ症状、睡眠状態も改善して便通も安定したため、産業医とも相談して職場復帰となりました。
「腸内細菌叢を整えるとうつ病は改善するのか」という質問を受けることがありますが、その点の詳細はまだ明らかになっていません。ただ、将来的には、腸内細菌叢の状態を測定するとうつ病のリスクが判明し、プロバイオティクスやプレバイオティクスを用いてのうつ病の予防や治療が可能になるかもしれません。
*1 Simpson CA, Diaz-Arteche C, Eliby D, et al. The gut microbiota in anxiety and depression‒ a systematic review. Clinical Psychology Review. 2021; 83: 101943.
*2 Hooper LV, Wong MH, Thelin A, et al. Molecular analysis of commensal host-microbial
relationships in the intestine. Science. 2001; 291(5505): 881-4.
*3 Cani PD, Amar J, Iglesias MA, et al. Metabolic endotoxemia initiates obesity and insulin
resistance. Diabetes. 2007; 56(7): 1761-72.
「考える腸」が脳を動かす
菊池 志乃
脳と腸は互いに影響し合っており、これを「脳腸相関」と呼ぶ。脳と腸をつなぐ経路には「神経系」「内分泌(ホルモン)系」「免疫系」があり、近年では「腸内細菌叢(腸内フローラ)」が深く関わることもわかってきた。これにより、胃腸のストレス関連不調に「認知行動療法」という新たな心理療法の道が開かれつつある。その研究者である消化器病専門医が、脳腸のしくみや過敏性腸症候群、糖尿病、肥満症、アレルギー、さらにはうつ病やアルツハイマー病との関係などについて最新の知見を示しながら、日常に役立つセルフケア法をわかりやすく伝える。
【主な内容】
・腸は自ら働く
・脳と腸は自律神経でつながっている
・排便時に「脳腸回線」が絶妙に働く
・ストレスホルモンは脳とせき髄を通して胃腸の不調を引き起こす
・腸内細菌は脳の免疫細胞にも関わる
・脳と腸の連絡を活発にするのは「腸内細菌」
・幸せ物質「セロトニン」の90%以上は腸でつくられる
・過敏性腸症候群の「認知行動療法」の実践法
・自分で脳腸相関を改善する方法はあるのか?

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