misono、飲食店など5店舗失うも再起 「毎日が辛かった」姉・倖田來未の存在や歌手時代の葛藤も告白
misono、飲食店など5店舗失うも再起 「毎日が辛かった」姉・倖田來未の存在や歌手時代の葛藤も告白

現在は実業家としても活躍するmisono。華やかな歌手デビューやバラエティでのブレイクの裏には、いじめ、沖縄移住、姉・倖田來未との比較、そして「27時間テレビ」での号泣など、数々の苦悩があった。

本人が初めて明かす、知られざる挫折と再生の記録。〈前後編の前編〉

デビューまではトントン拍子

――現在は実業家としても活動されているmisonoさん。飲食店やエステの経営が大変だとブログで拝見しました。

misono(以下、同)母親から受け継いだエステ店のほかに、2023年11月に焼鳥屋さん、12月にラーメン屋さん、2024年4月にカレー屋さん、8月におむすび屋さんと、飲食店4店舗を経営していましたが、それがすべてなくなってしまいました……。

まだ解決していないので、ここで全てをお話しすることができなくて申し訳ないんですが、昨年9月から再開して、10月に無事3店舗オープンできました。

――misonoさんというと、バラエティでの活躍も印象的ですが、スタートは歌手デビュー。そのきっかけを教えてください。

今更それ誰が知りたいんですか(笑)。これ、話しはじめたらすごい量になるけど?

自分はもともと、保母さんになりたかった。だから、音楽が好きだから歌手になりたい、というシンプルな理由じゃなくて。学生時代にいじめられていたんだけど、そのときに、「見返したい」じゃなくて、どうしたらこの人たちと友達になれるんだろう? 学校に居場所ができるんだろ? と考えて。

その時、沖縄アクターズスクールの全国オーディションを受けたんです。特別賞をいただいて合格したので、中学を卒業してすぐに高校受験もせずに沖縄に移住して。

――あのアクターズスクールに通っていたんですね。

そう。寮に住みながら1年間通ったんですけど当時からやりたいことをやりたい瞬間に全部やれるからか満足してしまって。そんな中でエイベックスのオーディションを受け直したら合格して。いつデビューできるかもわからないけど、16歳で上京を決めて、ダイエットやレッスンしていたら17歳でデビューが決まったのでトントン拍子でした。

当時の月収は1桁で、基本は電車移動と徒歩でした。まだバラエティに出る前だから、周りからはmisonoだとバレなかったけど、作詞をしてたから印税があったのと親の仕送りのおかげで何とかなってました。

――当時、お姉様である倖田來未さんも、同じくエイベックスで歌手としてご活躍されていましたね。姉妹で同じオーディションを受けたのでしょうか。

いやいや、それは全く別! 今はいろんなレコード会社や有名な芸能事務所があるけど、当時、売れてるアーティストさんはほとんどの人がエイベックスみたいな感じだったから。お姉ちゃんが先にエイベックスのオーディションを受けて特別賞を受賞してたから身近に感じてしまったっていうのもあるかもしれないです。

でも姉からしたらイヤだったと思う。

姉は幼い頃から歌手になりたくてオーディションを受けまくった人だから、まさか妹が自分を追いかけてくるだなんて思わなかっだろうから。

姉はやっと夢を掴んで、テレビにも出ないで地道に活動するという戦略で一生懸命やってるのに、芸能界に興味のなかった妹がポンと後から出てきて、露出も凄くて姉妹で比べられた訳だから申し訳ない気持ちでいっぱいです。

それなのに姉は「今度misonoがデビューするんでよろしくお願いします」っていろんな人に挨拶して回ってくれてて。そのおかげで、よく現場で「倖田來未ちゃんの妹だよね」と声をかけてもらえたりしたので有り難かったです。

「先輩方と比べられて毎日辛かった」

――妹思いのお姉さんですね!その後、歌手として活動される中で辛い時期もあったと伺いました。

そりゃもう毎日、辛かった!日々、楽しいと感じる物事が何1つなかった!

姉妹で比べられることよりも、「浜崎あゆみさんの次に松浦勝人さんが時間と労力とお金とをかけた大型新人」って売り出し方だったから、めちゃくちゃプレッシャーでどんどん自信がなくなっていきました。

Every Little ThingさんやDo As Infinityさんとか、同時期に売れていた同じ三人組のバンドがすごすぎて、day after tomorrowのボーカルとしてついていけるんだろうか、という不安と心配は常にあった。しかも「自分たちだけが売れていない」となり、自分が原因なので自分を責めていました。

――とはいえ世間からしたら十分売れている認識でした。

売れてるかのように世間の人は感じてたかもしれないけど、エイベックスがすごいだけなので。新人なのに全曲にタイアップがついてて、全音楽番組に出れて。

恵まれた環境を与えてもらったのは事務所の力でしかないから。周りの人から褒められても自分の実力じゃないし、結果を何も残せてないから嬉しくなくて素直に喜べなかったです。

スタッフさんから「浜崎あゆみさんはこうなのにmisonoは…」って注意されたりしたけど、3年間ずっと反抗期みたいな感じで、売れてもいないのに誰の言うことも聞かなかったし、『カメラ目線ください!』ってお願いされても俯き続けたり、激太りしたのに逆ギレしたり。正直いつクビになってもおかしくなかったと思います。

「クイズ!ヘキサゴン」で号泣した理由

――その後、数々のバラエティ番組に出演され、タレントとして再びブレイクされましたね。

バラエティに出たのは、会社があれだけ宣伝費と制作費をかけてくれたのに、歌手としては売れなかったから。タレントになって黒字を出して恩返しがしたかった。

だけど、番組の企画で、「マクドナルドに行ったら5セット食べられるから自分めっちゃ大食いです!」って自分の方からプレゼンして出演したのに、同じ味をたくさん食べるのは、本当に難しくてキツすぎて。達成できなかったことが悔しくて泣いてしまって、マスカラが落ちて黒い涙を流してしまった日もありました(笑)

――出演した番組の中で、特に辛かったことはおありですか。

27時間テレビとヘキサゴンのコラボで、メンバーみんなで10キロマラソンを走る企画があって。陸上部だったけど短距離だったから長距離が苦手で。でも収録の前後にみんなと練習しまくって当日を迎えたんです。

でもその前日の深夜に「めちゃイケ」で氷水に落ちる企画に出て、アドレナリンで結局一睡もできないまま走ることになって。昨日は寝れましたか?という質問に、ずっと起きてました!って答えたのがいけなかったのか、マラソンが始まって自分が走者からタスキを受け取って少しだけ走ったら、ドクターストップがかかってしまい…。

その場で泣き崩れました。車に戻ってからもエンディングまで号泣してました。みんなが感動的にゴールする中、『この日のために辛いトレーニングをしてきたのに自分だけ走っていないから恥ずかしい…』という思いが込み上げてきて、どういう顔でいればいいのかも分からなくて、

ずっと下を向いたままエンディングに立っていて…。そこから「27時間テレビ見ました」と言われるのがしんどくて、1ヶ月間外に出られなかったです。

そのタイミングでまた芸能界やめよう、と思って家に引きこもってしまいました。初めて仕事も飛ばしてしまい、携帯も電源をきったままでした。ご飯も食べられなくなって、当時の彼氏が持ってきてくれるドリンクだけを飲んで過ごしていました。ダイエットしてる時は体重が減らなかったのに一気に体重が落ちたので人生で1番痩せてました(笑)

後編「ウチ、需要ないんや」misonoが語る実業家に転身した理由に続く

取材・文/佐藤ありさ

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