「ウチ、需要ないんや」misonoが語る実業家に転身した理由 エステサロンと飲食店5店舗喪失の顛末も明かす
「ウチ、需要ないんや」misonoが語る実業家に転身した理由 エステサロンと飲食店5店舗喪失の顛末も明かす

「もう終わりにしようと思っていた」。27時間テレビでのアクシデント、芸能界引退を決意した夜、そして『ヘキサゴン』収録現場で起きた“ある一言”。

炎上を招いた“CD1万枚宣言”、声を失う覚悟で臨んだ手術、経営する飲食店閉店という現実まで── misono が、栄光と挫折のすべてを語る。〈前後編の後編〉

前編

「クイズ!ヘキサゴン」に台本はあった?

――ヘキサゴンチームの一員として、27時間テレビのマラソン企画をアクシデントで棄権した際、号泣して芸能界引退を決意するも翻意されました。

misono(以下、同)それ以前から家族、avex、ヘキサゴンファミリー、ロンドンハーツのメンバーなどには、何度も「辞めたいです」という相談はしていて。でも、つらい時期を乗り越えられたのは、いつも周りの人の支えがあったからです。

この時、踏みとどまれたの理由も姉が「私のMVに出ない?」って直接お仕事をくれたんです。そのMVを見ると、心労で今までで一番痩せてしまっているけど、久しぶりに外に出て人に出会えたので、本当に救われました。

それでもまだ、「これで終わりにしよう」という思いは消えなくて、ヘキサゴンの収録に行ったとき、この日こそ収録後に「抜けさせて下さい」と直談判しようと思っていたんです。

その日は一般の方と一緒にクイズをする企画だったんですが、たまたま島田紳助さんが『今日は誰に会いにきた?』と声をかけた男の子が、『歌が上手いんでmisonoさんです!』と言ってくれて。

それを聞いて紳助さんと二人で号泣してしまって、「まだ芸能界を続けろってことなんかな」と思い直しました。

――『ヘキサゴン』では、おバカキャラとしても人気者でしたね。台本があったのでは?とよく言われていましたが…。

マジで台本なんてないんです! 自分は中卒だったからクイズも本当に間違えてて。なんなら収録が長くなってしまうから早く正解して終わらせたいって焦ってたし。

それに視聴の皆さんにはmisonoが成長していく姿も見せたかった。

私は嘘をつくのが下手だから全て顔と態度に出てしまうし、ヤラセだったらもっとわざとらしくなっていたと思います。

――2014年にはアルバム『家-ウチ-』が話題になりました。「1万枚売れなければCD発売終了」という大胆な宣言でしたね。

このCDの発売とは別の話になるんですが、バラエティ番組で『30歳になったらどうするんですか?』というアンケートがあって、『芸能界に長くいれるだなんて思ってもいなかったし、30歳までと決めてたから、やめても後悔ない』と答えたんです。

スタジオでいじられながら『やめてどうするん?』と笑いに変えてくださってたんだけど、当時はお金もなかったので『まずは夜の仕事でお金を貯めるところから』的な感じで返したら、次の日に『misono、30歳で芸能界引退!』ってニュースになってしまって。

その記事を目にした人から連絡がきまくって、マネージャーさんの電話もなりっぱなしでした。

そのタイミングでアルバムが出たから炎上して『引退するする詐欺じゃないか』と叩かれました。『ラストの作品になるかもしれないから購入して下さい』とか『misonoに歌い続けて欲しいんだったら大量に買って下さい』とアピールしているように捉えられてしまったんです。

また、ファンの方にも『1万枚売れなかったらmisonoがいなくなるかもしれない』と、サイン会や握手会でも号泣させてしまって、心苦しかったですね。

「ウチ、需要ないんや」

――そんなニュースもありましたね。このタイトルでCDをリリースすることで、周りからの反応はいかがでしたか。

スタッフさんからは勿論「CDが売れない時代だからこんなタイトルで発売しない方がいい」って猛反対されました。

だけど自分はぬるま湯につかってるのがイヤで。「1人でもファンがいるなら歌手でいたい」とか「死ぬまで歌っていたい」というタイプじゃなくて、需要がないならキッパリとやめたかったんです。

あとは、ファンのみんなが汗水垂らしてためたお金を無駄遣いしてほしくなかったから、即売会でもCDはひとり一枚までとお願いしてて。1万枚のCDにシリアルナンバーを全て手書きで入れたんです。なかには複数枚購入したいという方もいたのですが、そこは「ひとり一枚」にしたくて。

私は30歳までは、自分よりもファンのことを第一に優先したかったんです。休みがあるたびに、ファンのために自分で仕切って格安のミニライブやトークショーをやって、朝から夜まで休憩なしで3時間のイベントを1日2回やったり。

入り、出待ちにも必ず対応してたし、いつ何処でも求められたら全員にサインや握手もしてました。ファン、スタッフさん、友人、家族もmisonoがファンサービス旺盛なことは理解してもらえていたから、ネットでの誹謗中傷はみんなもきつかったと思います。

でも結局、自分の中で自信作だった渾身の一枚が7~8000枚だけしか売れなかった。あ、misonoの音楽って需要ないんや、ファンを含めてこんなにも色んな人を巻き込んで振り回して、周りの人に心配や迷惑かけて、それでも結果を残せなかったと。

misonoの歌声を求めてる人が1万人もいないなら『声が変わってしまってもいいし、最悪、歌えなくなってもいいや』と覚悟できて、声帯の手術もしました。

――昨年の6月にはDJのGINTAさんともコラボしていました。今後はやはり、歌手活動に力をいれていくのでしょうか。

あれはGINTAだから引き受けたので、まじでないです! 自分的にはあれが最後のアルバムで出しきれたし、芸能界でやりたい物事も全部やりきったから、完全燃焼で感無量でした。

出店したエステサロンと飲食店を5つ失った理由

――現在は実業家としても活動されていますが、飲食店やエステがなくなったとSNSやYouTubeで拝見しました。

コロナ禍でエステをプロデュースし、2023年11月に焼鳥屋さん、12月にラーメン屋さん、2024年の4月にカレー屋さん、8月におむすび屋さんと、飲食店4店舗を経営していましたが、すべてなくなってしまいました。

今まだ解決できていなくて全く落ち着かないので、ここで詳しくお話しできず申し訳ないのですが、これからもブログに書いていくのであたたかく見守っていただけたら幸いです。全てを話したら本や映画が出来そうで…。本当にドラマ化できたらまたその時に宜しくお願いします(笑)

一つだけ言えるのは、全ては自分の責任です。経営をしたことがないのに美容と飲食に手を出して『売上の一部を支援先に寄付できるお店をやりたい』と思ってしまったのが原因なので、関係者の皆様に申し訳ない気持ちでいっぱいです。しかもうまくいってなかった訳じゃないので。

――今後の夢はありますか。

昨年10月に飲食店を3店舗再開できたので、引き続き経営者としてエステサロンと飲食店をやっていきたいです。

30歳からチャリティー、ボランティア活動に力を入れたのですがもう約11年。今後も変わらずに保護犬猫活動や復興支援、こども食堂や子ども宅食に寄付していきます。あとは我が家に猫が10匹いるので、世のペットたちがより幸せになれるよう、動物の法律を変えるとような活動をしていきたいです。

取材・文/佐藤ありさ

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