高市早苗総理が「台湾有事は存立危機事態になりうる」と発言して1カ月を迎える。中国は依然として世界に向けて「日本の軍国主義の復活」などと荒唐無稽な批判を続ける。
自民ベテラン「あの発言がすべてを台無しに」
「琉球は中国の属国だった」
12月2日付の中国国営の英字紙が「琉球王国が歴史的に中国の属国だったことや日本による琉球侵略」を示す「重要な証拠」が遼寧省の博物館で公開されたという記事を1面に掲載した。
高市総理の台湾有事に関する国会答弁以降、中国メディアは沖縄県の日本帰属に疑義を呈する報道を続けており、日本を揺さぶり続けている。
木原稔官房長官は「中国の報道にコメントする必要はない。なぜならば、沖縄は我が国領土であることには何ら疑いもないからだ」と毅然と反論している。
「高市発言」以降、中国の言動や行為は常軌を逸している。ただ、こうした日中関係の一大事にもかかわらず、高市総理は歴代総理大臣が持っていた対中国の2大カード(後述する)を両方とも持っていない。
「総理大臣に就任してすぐに日中首脳会談を実現させるなど、スタートはすばらしかった。あの発言がすべて台無しにした。高市総理の任期中に日中関係が好転することはないだろう」
自民党のベテランはそういって嘆く。
トランプ大統領の態度の変貌「打ち解けたはずが」
独裁者の習近平氏は手段を選ばない。トランプ大統領に泣きつき、レアアースなど経済カードを使って高市総理を脅すようにたきつけた。
さすがのトランプ大統領も、アメリカの大統領が「伝書鳩」になるわけにもいかないと思ったのか、高市総理との電話では「日中のお互いのクールダウンを求めた」というところでとどめたようだ。
習近平氏の「伝言役」にまでは成り下がらなかった。ただ、外務省幹部によると、「東京での初会談のときのような打ち解けた言いぶりではなく、トランプ大統領は総理に諭すような言いぶりに変わっていた」と打ち明ける。
トランプ大統領にしてみれば、来年は「米中外交」の1年になる。4月にはトランプ大統領が自ら訪中し、その後には米国に国賓として習氏を招く相互訪問を計画している。狙いはもちろん、トランプ氏お得意のビジネスでの「ビッグディール」だろう。
トランプ氏は米中を「G2」関係とSNSに投稿
さらに秋には中間選挙を控えている。最近はトランプ関税の余波などから米国民も物価高に苦しむようになり、大統領の支持率は下降トレンドだ。中間選挙に負ければ、残りの大統領任期でも急速に影響力を失って「レームダック」になることを恐れている。
トランプ氏は米中を「G2」関係ともSNSに投稿していて、「来年は世界トップ2で大きなディールをするのだから、『弟分の日本は黙ってついてこい。邪魔するな』ということなのだろう」と日本の外交関係者は冷静にみている。
頼りになるはずの世界最強の同盟国が頼りない。だったら国内に目を向けてみるとどうだろうか。伝統的に日中関係は「党外交」が大きな役割を果たしてきた。
中国は共産党が支配する国だ。共産党が中国政府を指導するという関係のため、「党外交」が力を発揮する余地が大きい。
歴史をみれば、1972年の日中国交正常化の過程では、公明党が大きな役割を担った。正常化に向けて日中が交渉に入る前には、公明党の生みの親で支持母体の創価学会の池田大作会長が「公明党が中国との外交関係樹立のため架け橋になる」と宣言。周恩来氏と会談を重ね、田中角栄総理の訪中への道筋をお膳立てした。
2大パイプを失った高市総理
中国では「水を飲む時には井戸を掘った人を忘れるな」という格言がある。周恩来氏はその格言を引用して池田氏や日本の経済人など民間レベルで日中国交正常化に汗をかいた人への感謝を忘れないように伝えていた。
そのため、公明党の歴代幹部は中国共産党に太いパイプを持っていたとされ、山口那津男元代表など公明幹部が訪中をすれば、必ず共産党の序列上位、ときには習近平氏が対応することさえあった。
自民党ではどうか。超党派の日中友好議員連盟の会長を長く務めたのが二階俊博元幹事長だ。中国政府はもちろん、共産党にも深いパイプがあったとされ、現職の幹事長時代は毎年のように訪中した。その際には、多くの日本の財界関係者を引き連れていき、民間交流の後押しもした。
会談相手も習氏をはじめ、共産党の序列2位、3位など必ず上位者が二階氏には対応。
割り切ってうまく付き合った安倍元総理のリアリズム
対する高市政権では公明党が離れ、二階氏も政界を引退した。二階氏の地元の和歌山県のアドベンチャーワールドには全盛期にはパンダは11頭もいた。永田町では「二階パンダ」などと揶揄もされたが、二階氏が政界を去ったいまでは1頭もいない。
高市総理が尊敬する安倍晋三元総理も「親台湾」で有名な政治家だった。「台湾有事は日本有事だ」と最初に発した政治家でもあり、台湾南部の高雄市には「台湾の永遠の友人」と刻まれた安倍氏の銅像が建てられた。
そんな安倍氏だが、2006年の第一次安倍政権が発足して、最初に訪問した国は中国だ。そこで初めて「戦略的互恵関係」という言葉を提起した。
台湾への親密は総理大臣になってからは表だっては自粛し、対中国では公明の山口代表や二階幹事長に自身の総理親書を託し、議員外交のチャネルをフル活用した。
「安倍さんは本音では中国を好きではなかったと思う。私が渡した贈り物がたまたま『メイドインチャイナ』だと分かって嫌な顔されたことがある。
好き嫌いでいえば嫌いだったけど、お互いに引っ越せないお隣さん同士が日中関係だ。割り切ってうまく付き合っていくしかない。
側近だった議員の一人がそう証言する。
日中首脳会談で高市総理と周辺がとった軽率な行動
それに比べて高市総理はどうだろうか。「台湾有事は存立危機事態になりうる」という国会答弁だけが原因ではない、と自民党の外務省関係者は語る。
発端は韓国での日中首脳会談にさかのぼるという。そこで高市総理と周辺スタッフの軽率な行為が重なったとみている。
一つ目が非公式な場で高市氏と習氏が笑顔で談笑する場面を横から撮って、SNSに投稿したこと。
二つ目が、習近平氏との初会談で、高市総理が香港やウイグルの人権問題を強く指摘したことだ。歴代総理も触れてきたと外務省は釈明するが、中身が違うらしい。
歴代総理は外務省が事前に書いたメモを棒読みする形だったが、何かと自分の言葉で話したがり、官僚の答弁書に赤ペンを入れる高市氏はこのときもこだわったという。加えてモンゴルについては「内モンゴル」と言わずに「南モンゴル」と発言したとも言われている。
習近平氏はメンツを潰されたと感じたのだろう
新しい日本の総理が中国との関係は「戦略的互恵関係だ」と安倍総理以来の言葉を使って、かつ「重要な隣国」と言ったことから急きょ、実現したのが今回の日中首脳会談だった。
そこで高市氏は自分らしさを貫いたつもりだろうが、習近平氏はメンツを潰されたと感じたのだろう。加えて、翌日には台湾要人と会ったことをSNSに投稿。
そうして習近平氏の高市総理への不満や不信感が募ったあげくが11月7日の岡田克也氏から再三にわたって具体的な答弁を求められて「戦艦を使って海上封鎖ならどう考えても存立危機事態になりうる」という発言が飛び出した。
要は発言の内容以上にタイミングが最悪だったということなのだろう。加えて、仲介してくれるような党重鎮や友党も高市氏の周囲にはいない。そこが公明や二階氏を使いこなして、中国とも台湾とも上手に付き合った安倍晋三元首相との器の違いということなのだろう。自民のベテランはこういって安倍さんを懐かしむ。
「安倍さんはバランス感覚もすばらしかった。右バッターを中心にしつつ、左バッターや小技の出来る打者を並べる人事を心がけていた。
高市さんは同じようなタイプの右バッターばかり並べた打線だ。融通が利かない。いまは高い支持率に支えられていて、民意も高市さんの味方だが、右一辺倒では安倍さんのような長期政権にはならないだろう」
文/長島重治

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