ハイヒール消滅の危機「今いる職人がいなくなったら終わってしまう」…コロナ禍で売上が半分以下に、老舗メーカーが語る存続の行方
ハイヒール消滅の危機「今いる職人がいなくなったら終わってしまう」…コロナ禍で売上が半分以下に、老舗メーカーが語る存続の行方

街を歩くと、いつの間にかハイヒールを見かけなくなった。スニーカー人気全盛のいま、「老舗メーカーがハイヒールの量産終了に踏み切ったらしい」という趣旨のXの投稿が話題になっている。

変わりゆく靴文化の裏で、何が起きているのか。今回は国産ハイヒールブランドの株式会社コメックス(COMEX)代表取締役・津山英樹氏に話を聞いた。

ハイヒール市場にとってコロナ禍が大打撃

ここ数年、女性の足元のトレンドは大きく変わった。オフィスでは「きれいめ×スニーカー」が一般化し、日常的にヒールを履く人は目に見えて減少している。

この10年の市場の変化について、株式会社コメックス(COMEX)代表取締役・津山英樹氏は、現状を率直に語る。

「10年前の売り上げを“10”とすると、コロナ前で“7”、コロナ以降は“4”ほどまで落ちました。靴専門店が減り、アパレル店が靴を扱うようになり、売り場の形が大きく変わったのも大きいですが、大打撃となったのはコロナ禍です。生活様式が一変し、通勤や冠婚葬祭の減少も重なり、市場は一気に縮小しました」(以下、「」内は津山氏のコメント)

さらに、ファッショントレンドの “ラフ化”という大きな潮流もあるそうだ。

「20年ほど前、いわゆる平成では“きっちり決める”ファッションがブームで、ハイヒールに憧れる女性も多かったと思います。しかし今では、電車の中を見渡しても7センチのヒールを履いている方はほとんどいませんよね。

弊社は“引退したある平成の歌姫”に愛用いただいていたことでも知られているんですが、その方のライブやイベントがなくなったことで、ファンが憧れて同じ靴を履く──という流れも途絶えてしまいました。これは弊社にとっては、大きな痛手でした」

大手ハイヒールブランドの売り場でも、かつて主役だったハイヒール商品が後退し、売り場の半分近くをローヒール商品やスニーカー商品が占める光景が珍しくなくなった。業界全体の揺らぎは、実はここ10年の話ではないと津山氏は指摘する。

「下降の流れは20年前から始まっていたんです。10~15年前にはハイヒールの製造会社や販売会社の廃業が相次ぎました。10センチ以上のハイヒールは技術的なハードルが極めて高く、特に14センチの超ハイヒールだと、平面の靴を立体へと起こす“傾斜のつけ方”に熟練の技が欠かせないのです。

業界全体が縮むなか、そういった技術を持つ職人も減っていき、今では国内で10センチ以上のハイヒールを一貫生産できるのは、おそらく弊社を含め数社だけになりました」

「今いる職人がいなくなったら終わってしまう」職人技術の継承が課題

ハイヒールづくりは、職人の技術がそのまま製品の完成度に反映される世界。特に、高さのあるヒールほど精度が求められ、わずかな歪みが仕上がりの美しさを左右するそうだ。

「高いヒールになればなるほど、細部のズレが全体のバランスに出てしまいます。だからこそ、丁寧な手作業が欠かせないんです。工房では、30年以上のキャリアを持つ熟練職人を中心に、サポートを含む7~8名の体制で製造を続けています。メインの職人は4名で、いずれも30年以上の経験者で50~70代です。婦人靴製造は分業制なので、裁断、ミシン、吊り込み(平面を立体に起こす)など、それぞれの工程に専門の職人が1、2名います」

ハイヒール商品の売り上げ減少は、職人の働き方にも影響を与えざるを得ないそうだ。

「弊社では職人は社員として雇用していますので、人員削減ということはしておりません。しかし、売り上げやコストを鑑みると、職人の方の生活を守りながらも勤務時間や勤務日数を調整せざるを得ない状況ではあります。

加えて、職人の高齢化が進んでいるため、技術をどのように継承していくかが非常に大きな課題になっています。

技術の継承は本当に難しい。『今いる職人がいなくなったら終わってしまう』という危機感を抱いているのが実情です」

市場の縮小だけでなく、技能継承の困難──。職人文化を揺るがす課題は、同時に進行しているのだ。

国内ハイヒールメーカーが挑む“コンテストサンダル”と“ローヒール”

一方で、近年は明るい兆しもあるそうだ。

「コロナ禍以降で落ち込んだ売り上げは、ここ1~2年で少しずつ戻ってきています。そうした中で、いま私たちが最も力を入れているのが、ミスコン出場者向けの“コンテストサンダル”『BlueButterfly』です。企画は弊社で行い、製造は海外で進めながら、ブランドの認知拡大にも注力しています。

いわゆる“キャバ嬢の厚底サンダル”と似ていますが、“コンテストサンダル”は、審査基準となる立ち姿に合わせ、細部まで計算された設計が求められる高度なプロダクト。自己啓発の一環としてコンテストに挑戦する若い人も増えている上に、他社が本格参入していない領域なので、今後も伸びていく市場だと考えています」

そして、高さのあるハイヒールづくりを続ける理由について、津山氏はこう語る。

「7.5センチ以上のヒールは、今の市場だけを見ると確かに厳しい。それでも“やめない”理由があるんです。長年支えてくれた工房の技を途切れさせたくない。

14センチヒールで知られるコメックスブランドの存在感も守りたい。これは意地にも近い思いです」

一方、ハイヒール市場が変化したことで、新たな需要も見え始めているそうだ。

「コメックスの“メイド・イン・ジャパン”には根強いファンがいますので、大きくデザインを変えるつもりはありませんが、同時に新たな試みとして、今年中に7センチや5センチの中ヒールやローヒールを発売する予定です。

ハイヒールメーカーが手がけるローヒール。“本質的な美しさ”の基準を崩さずに、より幅広い層に寄り添うラインナップへの拡張を目指していきます」

日本でハイヒールはこれからも存続できるのだろうか。最後に、国内市場の将来性について聞いた。

「日本では海外ほど“ドレスアップして出かける”文化が根づいていません。しかし、いまはコロナ禍前の生活様式が戻りつつある時期です。だからこそ、シーンに合わせて靴を選ぶ習慣が広がれば、ハイヒールが活躍する場面ももっと増えていくはずです」

取材・文/逢ヶ瀬十吾(A4studio) サムネイル/Shutterstock

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