映画「名探偵コナン」はなぜ3年連続で興行収入100億円を突破したのか?  大衆心理が動かす“推し活”巨大市場の正体【推し活ビジネス2026最前線】
映画「名探偵コナン」はなぜ3年連続で興行収入100億円を突破したのか? 大衆心理が動かす“推し活”巨大市場の正体【推し活ビジネス2026最前線】

近年、推し活消費が活況を呈している。「推し」のために学業や仕事の合間を縫って全国を飛び回る若者の姿は珍しくなくなった。

「尊い」「聖地巡礼」「お布施」「布教活動」などといった言葉が飛び交う様子は、宗教との類似性さえ指摘されている。この消費形態は一過性のものではなく、人々の間に着実に定着しており、2026年以降も続くと言われている。

地味な配役でもヒットした異例の「名探偵コナン」

Snow Manの目黒蓮をアンバサダーに起用した大手メガネチェーン「Zoff」は、2025年7月にCMの放送を開始。7月の売上が前年同月の30%近い増加と、驚異的な集客力を見せつけた。CM放送前の6月は6%の増加だった。Zoffは8月の売上も20%以上増加していた。

Zoffは男性客から女性客へとターゲットを移し、推し活消費を取り込んで客数の増加を図ったのだ。SNSでは複数のサングラスを購入したとの女性の投稿が散見される。「推しを応援する」という意識が働くため、同様の商品をいくつも購入するのは推し活消費の典型的なパターンだ。

2025年はそんな推し活消費の恩恵を受け、3年連続で映画の興行収入が100億円を突破したコンテンツも誕生した。爆発的な人気を誇る『名探偵コナン』だ。

このシリーズの劇場版は、もともと作中の人気キャラクターを起用して集客を図ってきた。潮目が変わったのは2018年公開の「ゼロの執行人」で、興行収入は91.8億円だった。

前作は60億円台だったにもかかわらずだ。

「ゼロの執行人」は、キーパーソンである「安室透を100億の男に!」とファンたちがSNS上のハッシュタグで呼びかけるほど話題になり、繰り返し劇場を訪れるリピーターが続出した。『名探偵コナン』が推し活のトレンドと重なった瞬間だった。

2023年に公開したシリーズ26作目の「黒鉄の魚影(サブマリン)」は、人気キャラクターである灰原哀を主人公にしつつ、女性に圧倒的な人気を誇る安室と赤井秀一が脇を固めるというビジュアルで押し出した。安室と赤井が共演するのは2016年以来である。

結果としてこの映画は公開から24日間で興行収入103億円を突破した。

2024年に公開した「100万ドルの五稜星(みちしるべ)」は興行収入158億円を突破。怪盗キッドと服部平次というライバル同士のカップリング戦略が奏功したようだ。

キャラクターの妙で成功を重ねてきた『名探偵コナン』だが、2025年公開のシリーズ28作目「隻眼の残像(フラッシュバック)」は毛利小五郎と長野県警が中心となる地味な配役だった。しかし、興行収入は見事に100億円を突破したのである。

推し活消費が『名探偵コナン』の魅力を世の中に広め、一般大衆もその面白さに気づいて劇場に訪れたということだろう。このシリーズは推し活をエンジンにして、次の成長ステージに入ったのだ。

推し活消費が行きつく未来を暗示しているようで興味深い。

近年、アニメ映画は推し活消費の最前線である。

大衆心理に巧みに溶け込んだ推し活消費

推し活には、コンテンツが「サブカルチャー」から「メインカルチャー」に移ってゆく過程で大きな市場が形成される傾向があるようだ。

サブカルの枠組みから脱したコンテンツの1つに「アニメーション」がある。1990年代から2000年代初頭にかけては深夜アニメが台頭していたが、視聴者層はいわゆるオタクで、一般大衆が見るアニメといえばジブリ作品などがメインだった時代がある。

しかし、2006年公開の細田守監督の映画「時をかける少女」や2009年公開の「サマーウォーズ」などから風向きが変わり始めた。そして、2016年公開の新海誠監督の映画「君の名は。」が興行収入250億円のメガヒットとなり、一般人がさまざまなアニメ映画を観るという土壌を作った。

さらに2022年の『SPY×FAMILY』や『チェンソーマン』、2023年の『【推しの子】』などにより、テレビアニメもよりいっそう大衆化した。

この過程で、アニメのキャラクターは「萌え」から「推し」の対象へと変節している。Googleの検索需要を調査するGoogleトレンドで「萌え」と「推し」の変化を時系列で調べると、「萌え」の収束とほぼ同じタイミングで「推し」が立ち上がっているのだ。

つまりアニメのキャラクターは、自己完結型で一過性の消費形態である「萌え」の対象ではなく、キャラクターと一緒に成長して応援し続ける「推し」の対象となったのだ。

そして、この推しを応援したいという大衆心理にも注目したい。

アメリカの心理学者マズローは人間の欲求を5段階に分離し、それをピラミッド型に切り分けた。

上にいくほど高次元な欲求であることを示している。

最下層が「生理的欲求」で食事や睡眠だ。2階層目が良好な健康状態の維持など「安全の欲求」。3階層目が「社会的欲求」で、どこかに属している、他者に受け入れられることを求めるものだ。自分に何らかの役割があるという感覚への欲求で、推し活が正にこのカテゴリーに当てはまる。

推し活は決して高次元の欲求ではないために一般大衆化しやすく、定着もしやすいという。一過性の消費形態ではないという所以である。

ニッセイ基礎研究所は推し活のアンケート調査を行なっているが、推し活をしている人の年収はまちまちで大きな偏りは見られない(「推し活が映し出す、複層的な消費の姿~データで読み解く20代の消費行動」)。ここからも、一般大衆化している様子をうかがい知ることができる。

ファンの熱量が消費行動に結びついた

かつてアニメがオタクのものだった時代を象徴するようなエピソードがあった。2010年の「イナズマイレブン人気投票騒動」だ。

サッカーゲームの『イナズマイレブン』が映画化されるにあたり、キャラクター投票が行なわれることになった。その際、某掲示板サイトで五条勝というモブキャラを1位にしようという運動が始まった。



結果的に五条勝は2位と圧倒的な差をつけて1位になった。これは泡沫キャラを1位に押し上げて参加した人たち(仲間うち)で楽しむといういたずらであり、当時のオタク特有の陰湿さを帯びている。参加者の熱量が積極的な消費に向かわない点も、世間と距離をとるサブカルの世界観に閉じこもっているかのようだ。

しかし、今のアニメ映画は「安室透を100億の男に!」と呼びかけるように、ファンの熱量が消費を拡大する時代に移り変わったのだ。

推し活はアニメ以外にもアイドルやスポーツ選手、鉄道、マスコットキャラクターなど、さまざまな分野が対象となる。

しかし、サブカルチャーのコンテンツに強烈なファンが出現し、やがて大衆化するという流れの中で、大きな市場を形成するところに醍醐味がある。今はVTuberや歌い手が該当するだろう。

VTuber「にじさんじ」を統括するANYCOLORは、2025年4月期の売上高、営業利益ともに前期比1.3倍という成長を遂げている。今期も同1.2倍程度の増収を計画中だ。

「にじさんじ」の看板グループの「ROF-MAO」は、2025年7月にKアリーナ横浜でライブを開催した。歌い手の「Ado」は2度目のワールドツアーを2025年に成功させ、2026年7月には日産スタジアムでのライブが予定されている。アリーナのような会場であっても、顔出ししないライブというものが一般化した時代になった。

VTuberや歌い手も大衆化へと近づいているようだ。

また、2025年はAIが急速に普及した年で、7月に誕生したXのAIである「Grok」に搭載された金髪美少女キャラクター「Ani」が大人気となった。アプリの動向などを調査するSensor Towerによると、「Grok」のダウンロード数成長量は、2位の「Gemini」を5倍近く引き離したという。「Ani」の有料プランは月30ドルで、およそ4500円。決して安いサービスではないが、利用者を伸ばした。

2026年からはAIキャラクターやAIアイドル、AIアーティストが推し活消費に一役買う可能性もある。

ファンへの配慮と収益力の向上を両立させるライブの生配信

企業も推し活消費の拡大を背景として、ファンを大切にするという志向性が強くなった。

2026年はアイドルグループ「」のラストツアーが予定されているが、チケットの申し込みは2025年6月2日以前にファンクラブに入会していること、という条件がついている。昔からのファンに配慮したものだろう。

このツアーは生配信も予定されており、古参のファン以外は動画での視聴が中心となりそうだ。しかし、生配信は回線がパンクしない限り視聴者の取り込みは青天井であり、数千円のチケットでも十分な収益を確保できる潜在性がある。

つまり、チケット販売に条件をつけたことは、既存ファンを喜ばすだけでなく、収益面でも成功を収めるポテンシャルを持っている。



VTuberの「にじさんじ」は2025年にワールドツアーを実施したが、各公演のネットチケット販売が想定を上回る反響だったという。ANYCOLORの2025年8-10月のイベント事業の売上はおよそ5億円で、会社の上限予想の4億円を1億円以上も上振れた。

興行は人件費や資材費の高騰で採算が取りづらい状況だ。そうした中で、インターネットの視聴チケットは収益を押し上げる材料になる。

イベントの生中継を行なうライブビューイングという取り組みは20年以上前からあった。しかし、大衆に定着したのはコロナ禍を経て推し活の熱量が増したからこそのものだ。

推し活がビジネスの形を変え、新たな収益機会をもたらそうとしている。

取材・文/不破聡

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