〈今年の1文字は熊〉「逃げたら死ぬ」人を襲い、人が殴り返し、人が擁護し…2025年日本を揺さぶり続けたクマ事件簿
〈今年の1文字は熊〉「逃げたら死ぬ」人を襲い、人が殴り返し、人が擁護し…2025年日本を揺さぶり続けたクマ事件簿

2025年、日本を大きく揺さぶった存在がある。それは人でも事件でもなく、「熊」である。

各地で繰り返されたクマ被害は、もはや“山の中の出来事”ではなかった。
国道沿いのラーメン店裏、住宅地のすぐそば―クマは人の暮らしの内部へ入り込み、人を襲い、命を奪い、時に人間に殴り倒された。一方で自治体には「クマを殺すな」という抗議が殺到したりもした。

恐怖、生存、本能、倫理…2025年という一年を一文字で表すなら、確かに「熊」以外にあり得ない。

集英社オンラインが今年報じてきたクマ関連記事を再編集し、今年の一文字が「熊」となった理由を振り返る。

「逃げたら死ぬ」―日常に突然やってきたクマの恐怖

2025年11月、青森県三戸町。
国道沿いのラーメン店で働く50代男性は、出勤直後、店裏でクマと鉢合わせになった。

「黒いものが視界に入った瞬間、クマだとわかった。避けきれず、いきなり襲われた。逃げたら死ぬと思った」

クマは男性の右目付近を引っかき、顔面に大きな裂傷を負わせた。
それでも男性は倒れず、殴り、組み付き、最後は柔道の大外刈りのようにクマを投げ飛ばしたという。
クマはそのまま山へと逃げ、男性は重傷を負いながらも命を取り留めた。

かつてクマ被害といえば「山菜採り中」「登山中」といった文脈で語られることが多かった。


しかしこの事件が示したのは、「クマの恐怖が突然日常へ入り込んだ」という現実である。

投げ返す、頭突き―“クマサバイバー”たちの驚きの現実

今年は、クマに襲われながらも奇跡的に生還した人々の証言が相次いだ。

青森県では、また別の男性がクマに組み付かれながらも「投げ返した」体験を語り、さらに80歳の高齢男性が、至近距離でクマに頭突きを浴びせて撃退したという事例も報じられた。

これらの証言は、武勇伝として消費されがちだ。
だが記事を通して浮かび上がるのは、「理屈もマニュアルも通用しない極限状態」 である。

逃げても追われる。
声を出しても怯まない。
結果として、人間が“戦うしかなかった”現実がそこにあった。

「クマを殺すな」の向こう側―凶暴性を知る者の声

一方で、2025年は死亡事故も相次いだ。
岩手県では、クマに襲われた60代男性が命を落とす痛ましい事件が起きている。

被害者の遺族や関係者が語るクマの凶暴性は、生還者の証言とはまた別の重さを持つ。

「頭皮がはがれ、頭蓋骨が露出するほどだった。あの恐ろしさは、やられた人間にしかわからない」

しかし事件後、自治体には「クマを殺すな」「駆除するな」という抗議が殺到した。
実際にクマの被害を目の当たりにした人々と、映像や言葉でしか知らない人々との間には、埋めがたい認識の差が生じている。

駆除か共存か―“正しさ”が衝突する

被害拡大を受け、自治体や国はクマ対策を強化せざるを得なくなった。
地域によっては、自衛隊が出動する事態にまで発展している。

だが、ここでも議論は割れた。

「人命を守るためには駆除は必要だ」
という声。
「人間が自然を壊してきた結果だ。クマを殺すな」
という声。

行政や現場の担当者は、その双方から責められる立場に置かれている。
どちらも間違っていないからこそ、解決策は見えにくい。

なぜ、今年の一文字は「熊」だったのか

2025年に相次いだクマのニュースは、単なる動物被害の記録とはいえない。

これまで思いもつかない状況で襲われる恐怖。
生き延びるために戦わざるを得なかった現実。
命を奪われた側の怒りと悲しみ。
そして「殺すな」と訴える倫理。



それらすべてが絡み合い、重たい問いを突きつけた一年だった。
だからこそ今年を振り返る1文字として「熊」が、生々しく響くのである。

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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

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