大阪・池田小事件で、罪のない子どもや教師を次々と殺傷した宅間守元死刑囚。宅間元死刑囚と獄中結婚した女性が、2004年に死刑が執行された後、最初にして最後のメッセージを公開した。
月刊『創』の篠田編集長による『死刑囚と家族になるということ』より一部抜粋、再構成してお届けする。
夫・宅間守に代わりお詫びします
皆さまへ
夫、○○(旧姓 宅間)守、享年40歳にて、去る9月14日午前8時16分、死刑執行により永眠致しました。ここに生前の夫が行いました取り返しのつかない大罪に、衷心よりお詫び申し上げます。また、昨年末の入籍の際には、世間をお騒がせし、恐らくは、多くの方々に大変に不快な思いをお掛けしてしまったであろうことを、重ねてお詫び致します。
本来ならば、親族となった私は、夫に代わり、被害者、及び、遺族の皆様方の前に直々に参上致し、心からのお詫びを申し上げなければならないところなのですが、死刑囚と婚姻したという、非常識とも取られてしまうような立場である私のような者が、未だ心の深い傷が癒えぬままでおられるであろうご遺族の皆様方の前に参上するのは、更にお心の傷を抉ってしまうばかりか、とも思い、静かに時間の経過を待つことだけしか出来ないままに日々過ごして居りました。
被害者の方々、そしてご遺族の皆様方には、大変に申し訳なく、取り急ぎ、この場をお借りしまして、非礼ながらも書中にてお詫び申し上げたく思います。本当に申し訳ありませんでした。
夫の死刑執行の知らせを受けたことにつきましては、今は、ただただ、「許されるのなら、せめてもう少しだけ、彼と対話を続けるための時間が欲しかった」との思いで、自らの力不足を悔やむ以外に術が見つからないような心境です。
昨年末の入籍以後、夫との関わり合いの中で“家族愛”のような絆を、少しずつでも築き上げていきたいと、私自身は願っておりました。そういう関係性の中から、なんとか“他者の痛みがわかる”そんな心が、彼の中に芽生えることだけを祈り続けました。
多くの方々のお力添えもあり、この数カ月の間、少しずつではありますが、彼の中に変化が見受けられたこともありました。が、しかし、精神の苦痛、肉体の苦痛に、最後まで耐えることが出来ずにか、自らの死を求める境地との狭間で、彼の心はいつもガタガタと音を鳴らして崩れてしまう日々の連続でした。
突然のことであり、まだまだ心の整理がつかぬまま、非礼を承知の上で、筆を取らせて戴きました。
夫、宅間守の犯した事件により、亡くなられました被害者の皆様、そしてご遺族の方々に対しまして、本人の中から贖罪の意識を引き出せないままに終わってしまったことに、今は、心からの慙愧の念に堪えません。力不足でした。
本当に申し訳ありません。
平成16年9月19日
死刑執行当日の様子
死刑執行当日の経緯
9月14日、午前9時40分頃、自宅に直接、大阪拘置所の職員(=総務部 調査官 法務事務官 花岡栄次氏)が来訪。
インターホン越しに、
「大阪拘置所の者ですが、少しお邪魔させてもらいますが宜しいですか?」
名刺で大阪拘置所の職員であることを確認。慌てて、「何かあったんですか?」と聞いたものの、職員が口を開こうとしたその瞬間に、最悪の光景が目の前に浮かび、思わず両手で耳を塞いでしまった。恐る恐る職員のほうに目を向けると、「近くに車を止めてありますので、その中でお話を…」と促される。
「まさか、こんなに早くの執行はないだろう」と、気がどうにかなってしまいそうな自分自身に言い聞かせ、どうか、「房の中で暴れた為に、懲罰房に収容しました。おとなしくするように、奥さんの方からなんとか本人に言い聞かせるようにして下さい」と、そんな類いの話であることを必死に祈りつつ、案内されるままに職員についていく。
駐車してある車の場所まで歩いている間に、「本人はキリスト教の教誨を受けているが、奥さんもキリスト教の方なんですか?」等、質問される。その話のすぐ後に、
「今朝、綺麗に逝きましたよ」
と聞かされる。
信仰の話から突然、あっさりとそのような言葉を聞かされた為、一瞬、自分で自分の耳を疑う。何がなんだかわからないまま、耳を塞ぎながら路上に座り込み、大声で泣いた。「こんなところで泣かれると困りますよ」と職員に無愛想に言われ、早く車の場所までついてくるよう急かされる。
車には、運転手の職員がもう一人居、私と花岡氏は後部座席に乗り込む。
「なぜこんなに早いんですか? 刑確定からまだ1年ですよ? 異例じゃないですか!?」
と質問すると、
「本省(法務省)が、慎重に慎重を重ねた検討の上での結果です」
と職員が言う。
その後、職員からは、
「本人は、“遺骨”での引き取りではなく、“遺体”での引き取りを希望されていて、奥さんもその件については承諾済みだと本人からは聞いておりますが、それで間違い無いですか?」
「今日、拘置所に遺体を引き取りに来られますか?」
「埋葬許可証の発行の手続きの関係もありますので、斎場がどこになるのか、等の連絡だけは先に電話で頂きたいのですが、どこで火葬するのかは、もうお決まりですか?」
「手続きの関係上、引き取りは午後にしてもらいたいのですが、何時頃に来られますか?」
「遺体を運び出す際、拘置所から車を出すことも可能ですが、拘置所で手配しましょうか? それともお宅で手配なされますか?」
等々、次々に、実に事務的に尋ねられた。
「終始、取り乱すことなく、綺麗に逝きましたよ」
午後2時過ぎに、S氏、N氏に拘置所の前まで付き添って頂き、一人で入管する。
「彼の最期はどうだったんですか」と聞くと、
「最後に煙草が吸いたい、と言ったので煙草を吸わせました。煙草を吸い終わった後にジュースが飲みたい、と言ったので、ジュースも飲ませました。終始、取り乱すことなく、綺麗に逝きましたよ」との旨、聞かされる。
部屋に入ってきた職員が花岡氏に耳打ちした後、「じゃあ今から遺体に会って下さい。もう柩は車の中に運んでいますから」と言われ、車の場所まで案内される。
裏門の傍であろう場所に駐車された車の中に安置された柩が目に飛び込んできた瞬間、ワァワァ大声を上げて泣いた。
裏門の鉄扉の向こう側(外側)に居るのであろうマスコミの存在に気を張り詰めた職員たちが取り囲む中、車から降りると、一人の若い刑務官が私の傍に駆け寄ってきた。
その刑務官は、「最後に、奥さんに宛てて、“ありがとうって、僕(守)が言ってたって伝えてください”って言ってました」と口早に小さい声で私に伝えにきた。
その刑務官は、私よりもおそらく年齢が若いだろうと思えた。ピリピリと神経を尖らせた年長の刑務官たちが囲む中で、守が最期に残してくれた言葉を伝える為だけに、わざわざ私の傍に駆け寄ってきてくれたその若い刑務官に対して、私は感謝の気持ちでいっぱいになった。
「立ち止まらないで、早く中に戻って下さい」と別の職員に急かされる。
最初に通された3階の応接室に連れ戻され、そこで埋葬許可証のような書類を手渡された。
そこには、「死刑:その他/死亡時刻:8時16分」と書かれていた。
文/篠田博之 編集/月刊「創」編集部
『死刑囚と家族になるということ』(創出版)
月刊「創」編集部 (編集)

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