児童虐待防止に対する意識が高まるなか、児童相談所の相談対応件数は増加の一途をたどっている。こども家庭庁の調査によれば、令和5年度の児童虐待相談対応件数は22万件を超え、過去最多となった。
「子どもを叱ったら児相に通報された」
「寝かしつけがうまくいかなくて子どもがギャン泣きしてたら児相に通報された」
「夫婦喧嘩をしたら通報されてしまった」
「イヤイヤ期の子ども、家で大泣き大暴れ。とうとう児相に通報された…」
Xに投稿された「児童相談所に通報された」という報告の数々。令和5年度の児童相談対応件数は過去最多となったが、こども家庭庁の調査によれば、相談経路は「警察等」に次いで「近隣・知人」が多いという。
編集部にも、「子どもを叱ったら児相に通報された」という都内在住の保護者から体験談が寄せられた。
「夜、小学1年生の子どもが宿題をやらず動画を見続けるから“しつけ”で怒ったら泣きだし、電源を切ったら大暴れしたんです、モノを投げたり私にも殴りかかるからそりゃこちらも厳しく叱った。そしたらそれを聞いた同じマンションの住民に通報されてしまったみたいで……。
とつぜん警察や後日に児相の人が家に来て『子どもの泣き声がすると連絡がきました、虐待してないですか?』って……。子どもが泣いただけで通報されてしまうことに正直困惑しています。子どもなんて優しくて聞き分けのいい子ばかりじゃないですよ」
この保護者によればマンションはファミリータイプではあるものの、子どものいない夫婦や単身の入居者も多く、そうした環境的な特性も通報された原因の一つかもしれない、とため息をついた。
「同世代のママ友からも同じような体験談がきこえてきます。ウチは通報者は誰か見当がついているだけに顔を合わすのも嫌ですね。
「『一度叱っただけで子どもが泣いた』という事実だけで虐待と決めつけることはありません」
ここで改めて「児童虐待」について確認したい。こども家庭庁によれば、以下のように定義されている。
身体的虐待(殴る、蹴る、叩く、投げ落とす、激しく揺さぶる、やけどを負わせる、溺れさせる、首を絞める、縄などにより一室に拘束する)など
性的虐待(こどもへの性的行為、性的行為を見せる、性器を触る又は触らせる、ポルノグラフィの被写体にする)など
ネグレクト(家に閉じ込める、食事を与えない、ひどく不潔にする、自動車の中に放置する、重い病気になっても病院に連れて行かない)など
心理的虐待(言葉による脅し、無視、きょうだい間での差別的扱い、こどもの目の前で家族に対して暴力をふるう、きょうだいに虐待行為を行う)など
これら児童虐待の4つの分類は2000年に公布された「児童虐待の防止等に関する法律」で定義された。その後も2015年に児童相談所全国共通ダイヤル「189」の運用を開始するなど、国は児童虐待防止に向けた体制の整備や拡充を進めている。
年々増加傾向にある児童虐待の相談対応件数だが、「虐待に該当するか否か」の判断を下しているのが児童相談所だ。東京都児童相談センターの担当者に話を聞いた。
「児童相談所に寄せられた通告・相談のうち、調査の結果、児童虐待防止法上の『児童虐待』には該当しないと判断されるものは、『虐待非該当』と整理しています。
具体的な件数や割合は年度によって異なりますが、東京都では、令和6年度であれば、被虐待相談の総数27865件のうち、非該当は1405件となります」
具体的にはどのようなケースが「非該当」とされるのか。担当者は続ける。
「児童相談所に寄せられる通告・相談の内容や、子ども・家庭を取り巻く状況は非常に多様であり、一件ごとに事情も異なります。
そのため例を挙げるのは難しいですが、例えば『夜中にずっと泣いている』といった通告から虐待が疑われたが、調査の結果、保護者の養育には問題がなく、その子の特徴として夜泣きがひどいという事実が確認できた場合などがあります。
児童相談所では、通告・相談を受けた後、子ども本人からの聞き取り、保護者との面接、家庭訪問による生活状況の確認、学校・保育所・医療機関など関係機関からの情報収集といった状況の把握とアセスメントを行い、児童虐待防止法第2条で定義される身体的虐待・性的虐待・ネグレクト・心理的虐待に該当するか否かを総合的に判断しています。
『一度叱っただけで子どもが泣いた』という事実だけで虐待と決めつけることはありません」
いっぽうで、保護者が「しつけのつもり」と考えていても、虐待と判断されることもあるという。
・繰り返し叩く、物を投げるなど、身体に危険を及ぼす行為を伴う叱責
・「ばか」「いなくなればいいのに」など、人格を傷つける言葉を日常的に浴びせる
・長時間にわたり正座させる、食事を抜くなど、懲罰的な行為で従わせようとする
・夫婦間の激しい暴力を子どもの目の前で繰り返す(心理的虐待の一例) など
「いずれのケースでも、丁寧に調査・アセスメントを行なったうえで判断しています」と担当者は話した。
「児童相談所が家に来てもそんなに心配しなくていいです」
児童虐待の相談対応件数が増えている背景について、元東京都児童相談所児童心理司で家族問題・心理カウンセラーの山脇由貴子氏は次のように説明する。
「相談対応件数の増加が顕著な都市部は、マンションのような近隣住民に声が届きやすい生活環境です。また、世間の虐待に対する意識の高まりや、虐待とされる行為の幅が広がったことも背景にあるのではないでしょうか。今は夫婦喧嘩も『心理的虐待』に該当します。
児童相談所は通告から48時間以内の安全確認が義務づけられています。中には近隣トラブルや虐待に該当しないと判断されるケースもありますが、その中に子どもが命を落としかねないような虐待があることも児童相談所は経験しています。
数年前に千葉県で起きた虐待死事件以降、厚生労働省や自治体は子どもの安全確認を強化するという対策をとりました。
ですから児童相談所として(通報を受けたら)『行かない』という選択肢はなく、行った上で虐待ではなかったら『それは良かった』ということです。ただ、来られたほうがノイローゼになったり、うつ病になったりという話は私もたくさん聞きます」
では、保護者は子どものしつけにあたって何に気を付ければいいのか。山脇氏は次のようにアドバイスする。
「子どもに必要なことを教えなければいけないし、ダメなものはダメだと言う必要もあります。たしかに怒鳴ったり、子どもが怖がってしまうのは良くありません。重要なのは、『なぜ怒られているのか』を子どもが理解することです。
感情的になって大声で罵倒したり、人格を否定するような叱り方ではなく、子どもが自己否定感を抱かないような言葉を選んで、『あなたが悪いのではなくて、やったことが悪い』と伝え、次からどうすればいいかもちゃんと教えるということを意識してほしいです。
それに児童相談所が家に来てもそんなに心配しなくていいです。もし児童相談所から訪問されたら、『うちですよね』と認めてしまっても、怒鳴ったくらいで保護にはならないですから。さらっと対応するのがいいのではないでしょうか」
子どもが被害を受けている可能性を考えると、「虐待では?」と思った時には通報をためらってはいけない。だから、時には親が冤罪をかけられてしまうことは許容しなければならないのだろう。その際に、親は過度に気に病む必要はないということだ。
最後に、児童相談所が抱える課題について山脇氏は次のように指摘する。
「現状では児童相談所で働くことを希望しない職員や、虐待に関する知識のない職員も配属されていますし、離職率も高い状況です。
こども家庭庁も言っているように、いま児童相談所は職員の専門性を上げることが求められています。
子育てに悩みは尽きない。だからこそ、子どもも大人もSOSを出しやすく、それを社会全体で受け止められる体制づくりが求められている。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

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