『週刊新潮』の手記で「まったくもって自殺願望ではなく、生きてゆく自信がない、それだけです」と書いた木嶋佳苗死刑囚に面会したジャーナリストで月刊『創』編集長の篠田博之氏。彼が追った木嶋死刑囚の「ある決意」とは……。
『死刑囚と家族になるということ』より一部抜粋、再構成してお届けする。
養子縁組によって接見禁止に備え
その手記に興味を覚えたのは、もうひとつ、死刑が確定して接見禁止となった時に備えて、彼女が周到に準備をしていたことを知ったからだ。
彼女は2015年に獄中結婚により改姓しているが、その手記によると、結婚した男性が交通事故で入院し、面会や差し入れなどの支援ができなくなったため、16年9月に離婚し、別の男性と再婚した。ところが元夫が快復後、復縁を求めたため、養子縁組。さらに別の女性とも17年2月に養子縁組した。
「これらは偏に、上告棄却され、死刑確定の地位になったときの処遇に備えた自衛手段です」という。
死刑囚が刑確定後、一番頭を悩ませるのが、外部との交流をどうやって確保するかだ。死刑確定者は外部との面会や通信を大幅に制限されるため、家族や弁護人以外とはほとんど面会も手紙のやりとりもできなくなるためだ。
池田小事件の宅間守死刑囚は支援女性と獄中結婚したし、林眞須美死刑囚も男性と養子縁組した(正確に言えば対象となった男性は2人おり、1人は夫の健治さんと養子縁組し、もう1人は直接彼女と養子縁組した)。
木嶋死刑囚の場合は、支援してくれる相手を3人も確保したというわけだ。この周到さは、彼女ならではといえるかもしれない。
偶然なのだが、林眞須美さんの場合も、最高裁での上告棄却が4月だった。2009年4月21日に上告棄却、4月30日に判決訂正申し立てを提出、5月18日にそれが棄却されて19日に彼女のもとへ交付された。
木嶋さんはこの眞須美さんの経緯について関心を持っていた。自分の処遇がどういうタイミングでどうなるか予測するのに参考にしようとしたらしい。
実際には木嶋さんの場合は5月8日に判決訂正申し立てが棄却された。眞須美さんの場合に照らせば5月下旬には接見禁止となるのだが、彼女は5月24日に更新されたブログで「5月23日現在、まだ未決処遇です」と書いている。
ちなみに木嶋さんは、拘置所に送られた林眞須美さんの支援通信などに目を通しており、ブログでも何度かそれに言及している。接見の時にも、創出版から刊行した『和歌山カレー事件 獄中からの手紙』も含めて読んでいると語っていた。
首都圏連続不審死事件と和歌山カレー事件は、いずれも本人が否認したまま状況証拠で死刑判決が出された点など似ているところがあって比較されるのだが、木嶋さんも眞須美さんには一定の関心を持っていたようだ。ただ接見の時にそういう話になったら、木嶋さんは「もちろん反面教師としてですが」と付け加えるのを忘れなかった。
木嶋さんは、死刑確定者の処遇についてもいろいろ調べているようで、「『創』もずいぶん読んでいますよ」と言っていた。特に感心したのは、マスコミ不信の強い元オウム信者の菊地直子さんの手記が掲載されたことのようで「私とはすぐ近くのところにいたので知っていますが、あの菊地さんが手記を書くとは思いもしなかった」という。『創』はマスコミといっても大手メディアとはスタンスが全然違いますから、と説明した。
木嶋さんには尋ねたいこともたくさんあったのだが、接見の時は他の話で時間切れとなり、係官に「もう時間ですから」と告げられた。彼女がもう立ち上がりかけた時に、慌てて「再審請求はしないのですか」と尋ねた。「それはしません」という答えだった。
そこで「早期執行を求めるという件は?」と畳みかけるように訊くと、「それはしないかもしれない」との答えだった。恐らく彼女を支援してきた人たちも、法相に早期執行を要請するという話については、彼女に翻意を促したはずだ。
木嶋さんとは、いつ接見禁止がつくかわからないという状況のため、やりとりももっぱら速達や電報だった。そのため、踏み込んだ話ができていない。ただ、死刑確定後も外部とのパイプになる人がいるというのは貴重なことだ。ぜひそういう人たちを通じて、今後も発信をしてほしいと思う。
ブログで激しい『BUTTER』批判
最高裁判決後もブログ「拘置所日記」は更新されている。どんな人であれ、死刑が確定するというのは重たいことだから、判決後に木嶋さんがどんな発言をするのか興味があったが、何と新潮社から刊行された柚木麻子著『BUTTER』への批判だった。
首都圏連続不審死事件をもとに描いた小説で、木嶋さんはこの本に激しい批判を投げている。ブログから引用しよう。
●5月11日「バターって何やねん?」
《柚木麻子って誰?
私も家族も弁護士も知らないユズキアサコという人が書いた本「BUTTER」。
この本の主人公は、木嶋佳苗ではありません。私は、柚木を知りませんが、柚木も私を知りません。
書籍広告に私の氏名を載せることはやめてください。迷惑だ!》
《東京拘置所を訪れ面会した事が1度でもある人ならば、木嶋佳苗と1度でも話したことのある人ならば、柚木の描写が現実と乖離していることはすぐ分かる。》
《私は4月14日に最高裁で上告が棄却され21日に判決訂正申立書を提出しました。そろそろ棄却の通知が届き、諸々の手続き後に確定者処遇となり、社会との扉が閉まります。
面会や手紙等の授受が認められる外部交通許可者は、それからの審査によって決まります。東京拘置所長殿御機嫌を損ねぬようおとなしくしていたところ、私の逆鱗に触れた!柚木》
柚木麻子さんの『BUTTER』は2024年頃から海外で高い評価を受け、翻訳本がとてもよく売れていることが報じられている。木嶋死刑囚らしき主人公と「料理」を軸にしたユニークな小説で、海外では特にフェミニズム文学として評価されているという。ただ、モデルとされた木嶋さんには嫌悪されたようだ。
「もうちょっと頑張って生きてみようと…」
判決やその報道について感想を記しているのは5月17日のブログだ。
●5月17日「判決確定その後」
《5月9日付けで最高裁判所が判決訂正申立てを棄却したことから「死刑判決確定」と報道されました。
ですが、17日現在、これまで通り未決の被告人と同じ生活をしております。手紙の発受や面会、差し入れや自弁購入も許可されています。
とはいえ、今月中には死刑確定者として処遇する旨の告知を受けることになるでしょう。
いつどのように変更されるかは、全然分かりません。東京拘置所長殿が良識ある人だと信じています。
判決報道を見ると、ユリウス・カエサルの時代から人は変わっていないのだと実感しました。
人間は自分の見たいものしか見ないものなのですね。自分の都合のいいように考えてしまう人がいかに多いことか。
「週刊新潮」手記について、たくさんのご意見を頂戴しました。ありがとうございます。もうちょっと頑張って生きてみようと考えているところです。》
この後にも『BUTTER』批判が続く。
衝撃だった獄中結婚の相手
その木嶋佳苗さんの新たな獄中結婚についてスクープしたのは、2019年5月23日発売の『週刊文春』だった。しかも、その結婚相手が、『週刊新潮』の担当デスクだという驚愕のニュースで、一時その話題は出版界をかけめぐった。
2人はもちろん『週刊新潮』の取材で知り合ったのだが、何と1年以上前から結婚していたという。その『週刊文春』5月2・9日号の記事の見出しは「木嶋佳苗獄中結婚のお相手は『週刊新潮』デスクだった」というもので、発売日のスポーツ紙や翌日のTBSのワイドショーが大きく取り上げた。
木嶋さんに『週刊新潮』が食い込んでいたのは知られている。最高裁で死刑判決が出た2017年4月には、木嶋さんが心情をつづった長文の獄中手記が同誌4月20日号に載った。その直後に私も木嶋さんに接見したが、彼女にとって、死刑判決確定後どうするかは大きな問題だった。
木嶋死刑囚は、結婚した相手男性が次々と不審死を遂げたことで大きな事件になったもので、獄中に入ってからも支援の男性が2人、相次いで彼女と結婚するなど話題になった。
死刑確定者は家族と弁護人以外は、基本的に面会も手紙のやりとりもできなくなる。その社会との隔絶にどう対処するかは、死刑囚にとって大きな問題だ。
木嶋さんは用意周到で頭も悪くない女性で(面会室で私がそう指摘すると、即座に「いやいや、そんなことない」と否定したが)、そうした手続きについてはいろいろ調べて対処していた(ついでに書いておくと、マスコミは木嶋さんのイメージの悪い写真を使いすぎていると思う。こういう女性になぜ多くの男性が騙されたのかという話を際立たせるためだろうが、実際の彼女のイメージは、流布されている写真のイメージとはいささか異なることも指摘しておきたい)。
『週刊新潮』デスクの思いと経緯は…
そして今回わかったのは、2018年1月に彼女は、『週刊新潮』の担当デスクと結婚していたということだ。他の男性とうまくいかなくなったのか、詳細はわからない。あるいは彼女はその『週刊新潮』編集者がお気に入りだったから、死刑囚へのアプローチを続けたいという男性編集者の思いと一致したということなのかもしれない。
『週刊文春』の記事で驚いたのは、木嶋さんが『週刊新潮』のデスクと結婚していたことを、新潮社も『週刊新潮』編集長も知らなかったということだ。『週刊文春』の取材に対して当のデスクは「相手をもっと知りたいと思った時に、手段として結婚の形をとる方向に傾いていったのです」「結婚に後悔はありません」などと答えている。また記事では新潮社関係者が「彼は四十代前半で、記事を執筆するデスクのなかでも、宮本太一編集長の右腕であり、ナンバー2といっていい存在」と語っている。
私は、事件取材に深く立ち入るなら死刑囚と家族になるくらいの覚悟をジャーナリストは持つべきだという考えだから、獄中結婚についても好意的に受け止めた。でも新潮社は、会社としてどう対応すべきか困惑しているようだ。
ネットを見ると、「職業倫理上いかがなものか」という意見が目についた。確かに木嶋死刑囚は凶悪事件の犯人ということだから、世間から見ると、問題ではないかという見方があるのかもしれない。
だからそのデスクのためにも言っておきたいが、刑が確定したとたんに情報が隔絶され実態が隠されてしまう死刑囚の現実を記録し、世に提示するのは、ジャーナリズムの大事な仕事だと思う。ただ、私がそういう意見を『創』などに書いたのに対して、『週刊新潮』や新潮社幹部からは、いやそうではないという指摘があった。取材で関わっているうちに2人は本当に恋愛関係に至ってしまったというのだ。
彼はその後、『週刊新潮』を離れたようだが、いまだにその件の取材申し込みにはいっさい応じていない。それゆえ真相はいまだに不明である。
2024年から、『週刊文春』にノンフィクション作家・石井妙子さんによる木嶋香苗死刑囚についての連載「ウェンカムイ 死刑囚・木嶋佳苗の生痕」が長期にわたって掲載された。丹念な取材によって木嶋さんの連続不審死事件への関わりや、彼女の人間関係などを詳細に掘り下げたものだった。
その中で、『週刊新潮』デスクとの結婚にも言及しているが、石井さんはどうやら、その結婚は、行く行くは木嶋死刑囚についてのノンフィクションを残したいという思惑によるものではないかという見立てのようだ。ほぼ断定的に書いているから、石井さんなりに取材を重ねて何らかの心証を得たのかもしれない。
ただ、当事者がその取材に応じていない以上、真相はこれまでのところわからないままだ。実際はどうなったか。それが明らかになる時期は将来、訪れるのだろうか。
文/篠田博之 編集/月刊「創」編集部 サムネイル/Shutterstock
『死刑囚と家族になるということ』(創出版)
月刊「創」編集部 (編集)

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