飛ぶように売れていた湾岸タワマンに異変––––急失速のワケと富裕層が“タワマン卒業”後に選ぶ意外な住宅
飛ぶように売れていた湾岸タワマンに異変––––急失速のワケと富裕層が“タワマン卒業”後に選ぶ意外な住宅

マンション相場の高騰が続く中、これまで相場を牽引してきた湾岸のタワーマンションに異変が起きている。これまでのように、出せば売れるという相場ではなくなりつつあるというのだ。

2億円を超える強気な価格で売り出したものの、買い手がつかず販売価格を切り下げる例も出てきた。近年の資産形成の王道だった「タワマンすごろく」に陰りが見えつつある理由とは?

不動産会社が値段をつり上げまくった結果

「ここ2、3ヶ月で相場の雰囲気がガラッと変わってしまった」

湾岸エリアの不動産仲介業者、A氏はこう顔をしかめる。豊洲や勝どきではファミリータイプで2億円するような物件が飛ぶように売れていたが、それがパタリと止まったというのだ。A氏は「かなり在庫が滞留しているし、何度も値下げを繰り返す部屋も多い」と明かす。

背景にあるのが、あまりにも急激な価格上昇だ。

例えば、勝どきエリアで最も人気が高いタワマンの一つである「パークタワー勝どきミッド」。1年前まではファミリータイプで2億円を切るような物件もあったが、現在売り出されている物件はどれも2億5000万円程度だ。

「売れば数千万円の利益が出るだろうと下心丸出しで価格を設定しているが、需要を無視しており、あれでは売れるはずがない」とA氏は話す。

ネット上で「スケベ価格」とも呼ばれるこれらの価格設定は売り主の都合ありきで、需要を無視しているものだという。

2億円を超えるような価格を設定していながらも、中には高層階でなかったり、眺望や間取りに難があったりする部屋も含まれており、一般的に人々がイメージする「2億円超えの豪邸」とはかけ離れている。

とはいえ、湾岸のタワマン価格がこれまで右肩上がりで上昇してきたことは事実。数千万円の利益を見越して強気の価格で売り出し、その価格でも欲しがる買い手がいることで契約が成立し、その実績価格をもとにまた相場が高くなる……というサイクルは過去数年続いてきたものだ。

なぜ、ここにきて急に売れ行きが鈍ったのか。

A氏はこの状況について、「相場がパワーカップルの上限を超えてしまった」と説明する。住宅用不動産の価格は手持ちの資金ではなく、どれだけ融資を引っ張れるかで決まるといっても過言ではない。

夫婦共働き、世帯年収2000万円の住宅予算上限は2億円

コンサルティング会社や総合商社など、若くして年収1000万円を超えるような職業であれば、金融機関側も1億円の融資をつけるため、夫婦共働きで世帯年収が2000万円を超えるようなパワーカップルにとっては、住宅購入の予算の上限は2億円となる。

しかし、足元の相場はこの2億円を超えてしまった。こうなると、はじめて不動産を買おうとする一次取得者層にとっては厳しい。「2億円の壁」ともいえる状況の手前で相場が足踏みを始めたというのだ。

資産性という点でも、現在市場に出回っている物件については疑問が残る物件が多い。例えば、前述のパークタワー勝どきミッドの場合、70㎡強の部屋の賃料は45万円前後。仮にこの部屋を2億5000万円で購入した場合、表面利回りは2%程度にすぎない。

管理費や修繕積立金、各種税金を計算に入れれば、赤字になる。将来的に価格上昇が見込めるのであればまだしも、上昇ペースが鈍ってきた現在では、あえて手を出す理由もない。

湾岸のタワマンといえば中国人による「爆買い」の対象として有名だが、A氏は「中国人も実需が鈍ってきていることは認識しているので、これまでのように利回りを無視して購入するというケースは減っているのでは」と懐疑的な視線を示す。

中国人の爆買いも鈍ってきている背景

折しも、高市首相の台湾をめぐる集団的自衛権に関する発言をきっかけに中国の習近平政権が日本政府に対して経済的な圧力を加えたり、日本に居住する中国人が活用してきた「経営・管理ビザ」の取得要件が厳しくなったりと中国人によるインバウンド投資には逆風が吹きすさぶ。

この環境下であえてリスクをとらないというのは自然な流れだ。

タワマンが売れなくなりつつある中、人々は何を買っているのか。その答えの一つが、高級戸建て住宅だ。

「あの住友林業が企画しているだけあって、かなり本気だ」

中堅ハウスメーカーに勤めるB氏はこう舌を巻く。高級注文住宅のイメージが強い住友林業だが、「邸宅分譲プロジェクト」として高級分譲住宅の販売を開始。

「1区画の敷地面積150㎡以上、延床面積120㎡以上を目安として展開します」と、タワマンでは実現できない広々とした居住空間をアピールする。

第一弾として販売した「フォレストガーデンGrande洗足」は2億6000万円台という価格にもかかわらず全4戸が即完売したという。

湾岸タワマンを売却してこうした高級戸建てを選ぶ人

高級戸建て住宅に力を入れるのは住友林業だけではない。

「プラウド」シリーズで分譲マンション業界の超大手である野村不動産は近年、「都心型戸建」と銘打ち、城南エリアを中心に2億円前後の高級戸建てを販売している。

タカマツハウス、トヨタホームといったメーカーも続々とこの分野に参入しているが、こちらは湾岸のタワマンと違って売れ行きは好調だという。

面白いのが、湾岸タワマンを売却してこうした高級戸建てを選ぶ人が足元で増えていることだ。湾岸エリアは都心からの距離が近いことが大きなメリットであり、それが共働きの夫婦に選ばれていた。

前述の住友林業のフォレストガーデンGrande洗足も目黒線洗足駅徒歩7分と、都心からの距離でいえば湾岸エリアに劣る。

他社が手掛ける物件も笹塚や下高井戸、自由が丘といった、人気エリアではあるが都心からの距離はさほど近いとは言えない。

マンションに比べ、戸建ては立地面で不利であることは否めない。

にもかかわらず、なぜ戸建てが選ばれるのか。

「湾岸エリアは私立中学校が少ないので、子供の進学を機に引っ越すケースが多い」と前述のB氏。湾岸エリアに多く住むパワーカップルは高学歴なことが多く、小学校までは公立でも、将来を見越して中学受験をさせるケースが多い。

しかし、歴史的に埋立地で人が住んでいなかった湾岸エリアの近隣には名門と呼ばれる進学校は少ない。学校によっては朝5時台に起きる必要があり、長時間通学は睡眠時間や勉強時間に支障が出るという研究もある。

結局、子供の進学を考えると、学校が集積する城南エリアのほうが都合が良いというのだ。

2億円出しても70㎡の狭い部屋しか買えない

また、B氏は「2億円出しても70㎡の狭い部屋しか買えないのであれば、戸建ての豪邸に住んだほうが生活満足度は高いと考えるお客様は増えている」という。

建売住宅といっても、これらの家は狭小戸建てとは異なり隣の家との距離もあり、プライバシーも確保されている。ミニバンや大型車も駐車可能とあって、ゆとりのある生活ができるというのだ。

建築コストが上昇する中、マンションは狭くなる傾向が強まっている。70㎡あればマシなほうで、60㎡台の3LDKもいまや一般的だ。しかもリビングに3部屋が直結しているような、プライバシーを無視した間取りも少なくない。

現在の価格はあまりにも高くなりすぎた

子供が小さいうちは大丈夫でも、成長すると息苦しさを感じることは多い。駅や職場からの距離や24時間可能なゴミ出しといったタワマンの利便性は戸建てにはない大きなメリットではあるが、広々とした部屋や子供が無理せずに暮らせるといった情緒的な部分がここにきて注目を集めているといえる。

踊り場に入っているとはいえ、需給の面からも湾岸タワマンの価格が暴落するとは考えにくい。しかし、価格が上昇することを期待して購入するような人々にとって、現在の価格はあまりにも高くなりすぎた。

高級戸建てのようなオルタナティブな選択肢に注目が集まるのも、その副産物といえるだろう。

文/築地コンフィデンシャル 写真/shutterstock

編集部おすすめ