あのちゃん「あんまり読んでほしくない」 渋谷で吐いた日から武道館1万2000人へ――初エッセイで描いた“吐き出して生きる”哲学とは
あのちゃん「あんまり読んでほしくない」 渋谷で吐いた日から武道館1万2000人へ――初エッセイで描いた“吐き出して生きる”哲学とは

2020年から「ano」名義でソロアーティスト活動を開始し、2023年大晦日には『第74回NHK紅白歌合戦』に初出場。2025年は日本武道館公演を開催した。

さらに「あの」名義では、話題作となったドラマ『民王R』『【推しの子】』への出演や、『あののオールナイトニッポン0』でラジオパーソナリティーを務めるなど、ジャンルを横断して活躍の幅を広げている「あのちゃん」こと、あの。

 

そんなあのの初エッセイとなる『哲学なんていらない哲学』(KADOKAWA)が刊行された。本書には、あのにとって「当たり前のことを当たり前」と言いたいという気持ちが貫かれている。そこで本書を執筆するに至った経緯や、書く過程で考えたことについて話を聞いた。

「あんまり読んでほしくないなって思っちゃいます(笑)」

最近では国内の大型音楽フェスだけでなく、韓国や香港でのフェスにも呼ばれるなどano名義の音楽活動と人気はさらに拡大している。

さらに深夜の生放送ラジオやテレビバラエティの出演だけでなく、来年4月放送予定のドラマ『惡の華』にも主演として出演とまさに寝る暇もないほど多忙の中、あのはなぜ今回エッセイを書こうと思ったのか。

「自分の感情とか今までの経験とか、どういうことを吸収してきたのかっていうところを今回書きたいって思ったんです。

書き終える前から予感してたんですけど、書き終わってからなんかあんまり読んでほしくないなって思っちゃいます(笑)。そのぐらい大事なことも書けたのかなって。

自伝ではないので、書いてないこともたくさんあるけど、思い出したくないものがほとんどでした。そういうものが僕の人生につきものだったから、書けば書くほど自分がその物事に対してどこまで向き合えていたのか、どこまで許せてどこまで許せていないのかっていうのがわかりました」(あの、以下同)

おじさんが建てたビル 脱いだピンヒール
若者が飛び降りるビル ひとりふたり 夜はいつも通り

生きるためのジェルネイル 手首は死んでいる
無慈悲に飲む込むピル ひとつふたつ 今日もロマンティック通り
『ミッドナイト全部大丈夫』より

アーティスト活動では作詞も手掛けているが、エッセイの執筆とはどのような違いがあったのか。

「作詞のときもそうなんですけど、けっこう一気に書くところは書いて、他の仕事もあるので夜中にちょこちょこ書いたりしていました。書き進めたら勢いで書くタイプなのでこの本も同じように書いていきました。



でも、書き方が難しいというか、自分の感情や経験とか吸収してきたものを書いたので、そこでちょっと考え込むことはありましたね。

僕にとって当たり前のこととか、周りからしたらどうでもいいことをどうでもよくないって言いたいために書いたところもあります。書いていると自分はやっぱりこういう考えなんだな、思いなんだなっていうのがかなり整理できたし、それに気づけたことでどこか救われるというか、書くことで研ぎ澄まされていきました」

著書の中では「自分らしさは流動的でいい」という言葉がある。この数年の大ブレイクによって多くの人に知られる存在になったことで、自身の性格や言動など前と変化してきた部分もあるのだろうか。

「けっこうブレない方かなと自分でも思うんですけど、昔はあまりにもブレなさすぎたところがあって。この数年で自分らしさってブレないことももちろん大事だけど、自分らしさに縛られないためにもっともっと自分を知って、変われることも受け入られるようになってきました。

それを知った上で一番自分らしくいれることに気づけたので、自分の考えやバリエーションが増えたのが一番変わったところです」

中学生のときから存在する「復讐ルール」

『哲学なんていらない哲学』の中では、あのの小学、中学、高校時代と彼女にとって振り返りたくない過去の出来事が赤裸々につづられている。当時中学生だった彼女が作った「復讐ルール」(「蹴落とさない」「ズルしない」「自分を信じる」「あきらめない」)に触れている。

「これをルールとしてずっとやってきました。こういう思考に至ったきっかけみたいなものがあるとすると、家系的なものですね。両親もそうだったんですけど、人のことを蹴落とすってことをしない。傷つけるより傷つけられる方になれという育て方をされました。

蹴落として何かを得ることもできるかもしれないけど、蹴落とさないで何かを得たときの方がたぶんすごいっていうことをなんとなく知ってたんです。

自分の力で真っ向勝負したいっていうのが性格的にあります」

何かを蹴落とさずに多くのファンやリスナーから支持されるようになった現在、あのにとって幸せの形はどんなものなのか。また、ファンから求められることは幸せにつながっているのか。

「うーん、ざっくり言うと他人と比べないってところとか、他人が関与しないというとこ。それが恋人だとしても家族だとしても、他の人が入ることではなく、自分自身の人生や日常の中ではかるというか。他人と比べないで、自分がたのしいとかうれしいとか思えるものが幸せなのかなって。

ファンの人に求めてもらうのは、どこか使命感や宿命みたいなのがけっこう強くて。自分ももらってるけど、ある分あげなきゃって。だから、一方通行じゃないから、幸せとは違う感覚ではありますね」

あのにとって「吐く」が意味するもの

本書のタイトルには「哲学」という言葉が使われているが、いわゆる哲学書を読んで考えたものではなく、いつも自分が考えていたことをそのまま文章に残しておきたいという思いからだったという。

「僕は哲学というのもあんまり知らないし、ぶっちゃけ哲学なんてなくても生きているでしょって思ってたんです。でも、そういう考え自体も哲学だなっていうことも知って。『哲学なんて』と思っている人に手に取ってもらえるタイトルにしたかったし、受け取った人がどう解釈していくかっていうのも興味があります」

本書のなかで、音楽活動をはじめた頃にあのが目的地に向かう途中、渋谷のスクランブル交差点でゲロを吐いてしまったというエピソードがある。

あのが生み出したキャラクター「ニャンオェちゃん」は、灰色の猫が虹色のゲロを吐くという特異なビジュアルをしている。また、「紅白歌合戦」で披露した『ちゅ、多様性。

』では、「Get on chu!」というフレーズを「ゲロチュー」と聴こえるように歌って話題を集めた。さらに、ファーストアルバムのタイトルは『猫猫吐吐』で『猫吐極楽音頭』という楽曲も収録されているなど、「吐く(ゲロ)」というワードはあのを象徴するもののひとつになっている。

「最近はあの渋谷みたいなことはないんですけど、ちょいちょい吐き気を感じるときはありますね。本当に気持ち悪くなることはあります。もう、吐こうと思ってるんじゃなくて、追い詰められちゃうみたいなことがあるっていうか。締め付けられすぎて苦しくて気持ち悪いっていうか」

あのがキーワードにしている「吐く」ことは、「吐く」ことで自分の体や心が大事なものを守ろうと必死に抵抗している、生きようとする姿勢のようにも思えてくる。

9月3日にはanoの初となる日本武道館公演『呪いをかけて、まぼろしをといて。』が行われた。アリーナ中央に作られた円形のセンターステージは駆けつけた1万2000人の観客一人ひとりとあのが向き合っている特別なものとなった。

「本当にどっちが前と後ろって感じないぐらい、すごくいろんな方向からパワーをもらえました。けっこう自分はかっこいいと思ってライブをやってるんですけど、ファンの人たちがこんなに好きを貫くこととか、そういう気持ちが伝わってきてかっこよかったです。

それってすごく自分の好きを信じてる、僕を信じてるように思えたから、やっぱりめちゃくちゃ武道館に来てくれた一人残らず、かっこいいなって」

全体的な一体感というより一人ひとりがanoと向き合い、彼女もまた観客と向き合っていると思える素晴らしい空間が武道館に広がっていた。



誰にも言えない気持ちや苦しみを抱え込むのではなく、吐き出すこと。死や暗闇を否定するのではなく、そこから生や光のほうに向かっていけること。「あのちゃん」という存在は、そんな姿勢を教えてくれる。

取材・文/碇本学 撮影/杉山慶五
スタイリスト/神田百実 ヘアメイク/夕紀

哲学なんていらない哲学

あの
あのちゃん「あんまり読んでほしくない」 渋谷で吐いた日から武道館1万2000人へ――初エッセイで描いた“吐き出して生きる”哲学とは
哲学なんていらない哲学
2025/12/242420 円(税込)208ページISBN: 978-4041167090前例やルールに縛られず、自由な表現で構成された、これまでに見たことのない【あの流哲学書】
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