楽天に新天地を求めた前田健太は、意外にも「人見知り」を自認するピッチャーだ。それでも彼は、絵や言葉、ちょっとした心遣いを通して、自分という人間を伝え続けてきた。
「会見でなんもないのも面白くないかな?」と思って
楽天に入団が決まった前田健太は、元来の人見知りである。「積極的に人と接するのは得意じゃない」と言い、人前で話すこともどちらかというと苦手だという。
だからといって、コミュニケーションを取ることが嫌だ、というわけではない。人見知りだからこそ、そこには気を配る。
ひとつにイラストがある。
広島時代にファン感謝デーなどで披露する個性的なイラストが「絵心がない」と話題となり、バラエティ番組にも呼ばれるほどプロ野球ファンの間で有名となった。前田は自身の絵心をネタにされようと憤ることはない。それどころか「笑ってくれるのなら」と、惜しげもなく腕前を披露する。
なぜか? 前田はテレビや新聞、雑誌、ウェブメディア、SNSなどの向こう側に球団や仲間、ファンたちがいることを自覚しているからだ。彼の言葉を思い出す。
「試合で投げているだけじゃ、僕という選手がどういう人間かわかってもらえないじゃないですか。
その姿勢は、今も健在である。
12月16日の入団会見。前田は報道陣に自作のTシャツを配布した。
「いろんな人の入団会見を見てきましたけど、『なんもないのも面白くないかな?』と思って。キャラクター、あんな感じかなって」
粋な心遣い。5分程度で描いたという〝キャラクター〟は、おそらくは球団マスコットのクラッチとクラッチーナだ。傍らには、両腕をぐるぐると回す定番のウォーミングアップ「マエケン体操」をする自分、と思しき人物も書き添えられてある。
会見で口を開く前から、前田はすでに報道陣の心を掴んだ。それは10年もの間、世界最高峰のメジャーリーグの第一線で投げてきた逞しさも表しているようだった。
2016年に海を渡りドジャースに移籍してから、前田は少しずつ自分をアップデートしてきた。
「どうせ俺のことなんて知らないだろう」と開き直り、積極的にチームメートと交流する。
メジャー通算68勝。その過程には、ツインズ時代の21年に右ひじの靱帯を再建するトミー・ジョン手術を行うといった紆余曲折もあった。今年もタイガースをFAとなってからはマイナー暮らしだった。
なぜ楽天だったのか?
37歳という年齢から、人は「衰え」を指摘する。しかし、前田本人はパフォーマンスの低下を感じていない。それどころか、期待をにじませるように強調する。
「あんまり知られていないと思うんですけど、マイナーリーグの先発ピッチャーも、基本は中4日とか5日で投げるんですよ。年齢のことを言われることが多いんですけど、5月からはローテーションを守ってきましたし、自分のなかでは『そうじゃない』ってずっと思いながらプレーしてきたので」
今シーズンは日本のプロ野球の二軍にあたる3Aで20試合に登板し、100イニングを投げた。成績こそ6勝7敗と負け越し、防御率も5.40だったが、シーズン最後の登板でストレートの最速が150キロを計測した。数字が、37歳のピッチャーがまだ下降線をたどるには
早いと後押しする。
前田自身、そこへの強みを打ち出している。
「来年以降に先発をするっていうところでの土台みたいなものは築けましたし、『できる』ことを証明できたんじゃないかな、と」
その「先発としてできる」ことを評価したのが、楽天だった。
事前報道によると、巨人やヤクルトほか複数球団が獲得に乗り出していたとされるなか、前田が楽天に決めた理由がそこだった。
「今シーズン、悪い時期もありましたけど時間をかけて修正できて、最後のほうは自信を持ってマウンドに上がることもできました。
そのあたりを見てくれていた(石井一久)GMから『チームが勝つために一緒に戦ってほしい。優勝しよう』と声をかけていただいて、僕のなかでこのチームで戦うイメージができました。勝つために必要な選手でありたいですし、そう思っていただけることが嬉しかったので入団を決断しました」
楽天で果たすべき使命は、わかっている。新天地で迎える来シーズンの目標を聞かれた前田の言葉に、淀みはない。
「日本一。それだけです」
真っ先に宣言し、個人の道筋も示す。
「先発としては1年間、ローテーションを守って2桁勝利、規定投球回数を最低限として達成したいです」
個人成績よりもチームの目標を真っ先に述べる。そこには、前田に根付く意志がはっきりと見えているようだった。
「ずっとイーグルスを引っ張ってきた選手がたくさんいるので、僕自身が先頭に立ってチームを引っ張るのではなくて、縁の下の力持ちと言いますか、自分の経験を伝えたり、選手が困ったときに相談してもらえたりするような存在でありたいです」
「インスタにDMでも送っといてください」
前田はメジャーで過ごした10年間での変化について「大人になったことですかね」と笑った。広島時代は「自分を高める意識のほうが強かった」と振り返るが、そればかりではない。
きっかけを与えてくれたのは、当時、日本ハムに所属していたダルビッシュ有である。チームのみならず球界のエースとして君臨していた先輩ピッチャーと親交を深める過程で、本来ならライバルであるはずの前田に対して惜しげもなく技術や知識を伝えてくれることに、彼の懐の深さを知った。
「たぶん、ライバルとか思ってないんじゃないですかね。『みんながよくなってくれればいい』っていうか、ダルビッシュさんは自分が伝えることで野球界が盛り上がってくれればいいって考えなんでしょうね」
前田はダルビッシュの深謀に、強いシンパシーを感じていた。だからこそ、自分も広島のエースとして大瀬良大地など次代を担う後輩たちの指標になろうと努めた。
当時の前田の想いに触れれば、より頷ける。
「誰だって今よりよくなりたいと思っているし、悩みを抱えているからこそ僕に聞きに来てくれると思うんで。僕を選んでくれるということは、その人なりの理由があると思うんですよね。自分の言葉とかがきっかけでよくなってくれればすごく嬉しいですし」
日本で9年、アメリカで10年。ピッチャーとして知識と引き出しが増え、人としても艱難辛苦を経て年輪を重ねた。味のある前田の「野球」が、来年から楽天に還元されていくわけである。
前田が控えめに言う。
「『こうしたほうがいい』と押し付けるのは好きじゃないんで。相談してくれたら親身になって答えを出してあげたいなって思います」
チームでは41歳の岸孝之に次ぐ年長者となるが、いかんせん新参者。なにより前田は、人見知りなのである。
楽天で面識があるのは、前田のアメリカ時代のトレーナーから紹介された藤井聖のみ。入団が決まってから契約メーカーの会議で村林一輝と早川隆久と会い、自己紹介がてら「友達になってよ」と頼んだと明かすが、人見知りの安心はまだ満たされていない。
「だから、めちゃくちゃ不安です。『ひとりだったらどうしよう……』って」
楽天におけるオールドルーキーはそう呟き、メディアの向こう側にいるチームメートに対し、このようにアピールするのである。
「僕は気を遣わせるタイプではないと思うんで、どんどん来てもらえるとありがたいです。書いといてくださいよ。『インスタにDMでも送っといてください』って」
文・写真/田口元義

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