「飛び降りろ!」妹に真冬のベランダへ閉め出され…東大卒・有名評論家の父、上昇志向の強い母、優秀な妹…エリート家庭に育った男性はなぜひきこもったのか
「飛び降りろ!」妹に真冬のベランダへ閉め出され…東大卒・有名評論家の父、上昇志向の強い母、優秀な妹…エリート家庭に育った男性はなぜひきこもったのか

30代前半から仕事を探すこともせず、ひきこもり生活を送るようになってしまった男性。そのきっかけは、エリートとされる彼の実家にあった……日本全国の加害者家族を対象とした支援活動を行なっているNPO法人World Open Heart理事長の阿部恭子氏。

そんな彼女が見た、お金に余裕があることで不幸を招いてしまった家族の物語を紹介する。

著書『お金持ちはなぜ不幸になるのか』より一部抜粋、再構成してお届けする。

※本書で紹介する事例は個人が特定されないよう修正を加え、登場人物はすべて仮名とする。

親に隠し続けてきたいじめ──花山隆史(40代)

僕が妹から暴言・暴力を受けるようになったのは数年前からです。妹は既に実家を出てひとりで暮らしていたのですが、時々、両親が不在の時間帯に帰ってきては僕に酷い暴力を振るうのです。

「おまえ、いつまでここにいるんだよ!」

リビングのソファーで寝ていた僕は、妹の怒声で叩き起こされました。僕は脇腹を蹴られ、あまりの痛さに床に倒れ込みました。

「汚いんだよ、ゴミ!」

うずくまる僕の背中を妹は何度も蹴り続け、頭を踏みつけました。そして僕の足を持ちベランダまで引きずり出すと、中から鍵をかけてしまったのです。

「頼む、開けて!」
真冬の寒空に僕は放り出されました。あまりの寒さに、僕は叫び続けました。

ところが、妹はガラス越しに、

「飛び降りろ!」
分厚いガラス戸の向こうで、そう言っているのがわかります。

「飛べ! 飛べ!」
妹は下を指さしながら、そう言いました。

それから一時間近く、僕は薄着のままベランダに放置されていました。

しばらくして暖かい空気を肌に感じたと思ったら、僕は家の中に引きずられていました。手足の感覚がなく、身体中痛くて立つこともできません。

「ほら早く行けよ! お母さん帰ってくる」

妹はまた何度も背中を蹴ったり頭を踏みつけたりしました。

「早く立てよクズ!」

妹は僕の髪を摑み上げ、立たせようとしました。身体に力が入らず、もたもたしているうちに玄関の鍵が開けられる音がしました。母が帰ってきたのです。

「やだ、寒いじゃないの」
妹は慌てて開いているベランダの引き戸を閉めました。

「隆史、どうしたの!」
 倒れている僕を見て、母が駆け寄ってきました。

「ベランダに人がいるなんて思わないから、鍵を閉めて出かけただけだよ。そっとしときなよ、どこも悪くないんだから」

妹はそう言って、心配する母親を宥めていました。

太陽が照り付ける真夏の午後も、今日と同じように妹が突然家に戻ってきて僕に暴力を振るい、ベランダに引きずり出し鍵をかけました。

妹はそのまま出かけてしまい、僕は放置され、熱中症で倒れていました。

その時も妹は母に、ベランダに僕がいることに気づかずに鍵をかけてしまったと言い訳し、僕も否定しませんでした。妹にいじめられているなんて口が裂けても言えません。

僕は、妹の結婚を破談にしてしまったのです。だから彼女は僕が死んでくれることを心の底から望んでいます。

正直、生きる希望なんてありません。ただ、妹に促されて死ぬのだけは嫌だと、ここまで踏ん張ってきました。

陰口を叩かれる母親

僕の父親は評論家で、一時はテレビにも出ていた知る人ぞ知る人物です。父は東京の国家公務員の両親のもとに生まれ、東大を出てテレビ局に入社しました。母は地方の出身で、父が地方勤務の時代に知り合って結婚したそうです。

僕は花山家の長男として生まれ、ひとつ下に妹がいます。僕は生まれた時から身体が弱く、喘息持ちでアトピーも酷かったんです。

夏場は半袖を着たくなかったし、水着になることもできないほどでした。

僕は皮膚病を理由に水泳の授業は免除されていました。別にプールに入ってはいけないことはないんです。ただ、見た目が悪いだけで……。僕はプールサイドで、いつも元気にはしゃぐ同級生たちに羨望の眼差しを送っていました。

僕が通っていた小学校は私立ですから、いじめも暴力的ではなく陰湿です。

「隆史君、先生と一緒に食べようね」

アトピー肌の僕を見ると食欲が失せるとでも苦情が出たのでしょう。アトピーが悪化した時期は、給食は僕だけ先生と食べていました。

僕の母親はとにかくでしゃばりで、人の上に立たないと気が済まない女性でした。PTAや地域のまとめ役を積極的に引き受けていたと思います。母は田舎のサラリーマン家庭の娘で、短大しか出ていません。昔、地方では特に女性に学歴は必要ないと言われていたので、それが普通だったのでしょう。

父はエリートで、同僚の奥さんたちもたいてい有名女子大卒のお嬢様です。

父との学歴格差に、母は水商売をやっていたのではないかという噂が流れた時期があり、僕はそれを理由にいじめに遭っていました。

「お水の息子」

中学生の頃、こんなことを書かれた紙が下駄箱やロッカーに入っていることがありましたが、とても母には言えませんでした。僕が反論しないので、次第にいじめはエスカレートしました。

ある日廊下を歩いていると、誰かに突き飛ばされ僕は転んでしまいました。すると、

「おい待てよ」

妹が飛んできて、僕を転ばせた奴の首元を摑んで職員室まで連れていったのです。妹はバレーボール部に所属していて男勝りで、幼い頃から僕より背が高く筋肉質でした。

いじめっ子たちは皆、妹に吊るし上げられ、それ以来僕がいじめられることはなくなりました。

妹はバレーボール部のエースをしていて、高校生になると、街でスカウトされることもあるほど美人でスタイルが良かったのです。僕が妹の兄だとわかるとスクールカーストが上がり、それもあっていじめはなくなっていきました。

コネ入社でいじめに遭う

父は社会的に影響力のある人物ではありましたが、僕は父が好きにはなれませんでした。母もそうですが、父もとにかく見栄っ張りなのです。いつも誰に対しても、「俺は凄いんだ」とマウンティングしかしないような人間です。

父の両親、つまり祖父母も見栄っ張りです。

ふたりとも公務員でそれなりの社会的地位はありますが、裕福ではなかったことがコンプレックスだったようです。こういう家に良家のお嬢様が嫁いで、うまくいくわけがありません。母のような女が丁度良かったのでしょう。

父は東大卒なので僕から見ればエリートですが、東大の中では大したことがなかったという話も聞いたことがあります。ネットでは、学者になれる能力もないくせに評論家だなんて、とか評判は散々です。

そんな父が医者にコンプレックスがあるのは確実で、僕は幼い頃から医者になれと言われて育ちました。それを真に受けて医学部を受験しました。

医学部を諦めた僕は、有名私立大学を受験し合格しました。全国的に有名な大学なので三浪とかは普通だったし、それほど劣等感を抱くことなく楽しい学生生活を過ごすことができました。

卒業時、既に二十代後半だった僕は結局、就職では親のコネに頼らざるを得ませんでした。もしコネがなければ、年のいった新卒が採用されることはないような大きな会社です。

コネ入社の社員は僕だけではないのに、なぜか僕だけがターゲットにされ、陰口を叩かれたり無視されるいじめが始まりました。

僕は年だけはいっていますが、右も左もわからない新人です。有望視される若い男性社員には女性陣が群がり、競うように仕事を教えているのです。一方、僕には誰ひとりつかず、何を聞いても無視されるのでした。

あまりに屈辱的な周囲の対応に、僕はすぐに会社を辞めてしまいました。

父親は他にもいくつかの会社を紹介するとしつこく言いましたが、資格を取って開業したいと説得し、法科大学院に進学したのです。

三年で法務博士の学位は取得したのですが、司法試験には合格できませんでした。三十歳を越えていましたが、父親のコネで中小企業の法務部に入社することができました。

ところが、ここでも女性社員のパワハラに遭うことになりました。僕の上司は、氷河期世代の就職難を乗り越えて入社した優秀な女性社員でした。それだけに、僕のような優遇された身分の男が許せなかったのかもしれません。僕は彼女の満足のいくような仕事ができないまま退社に至ったのです。それからは、引きこもりです。

労働意欲の喪失

学校だけでなく会社でもいじめやパワハラの被害を受けた僕は、社会に出ることを諦めました。家には働かなくても僕ひとりが生きていくには十分すぎるお金があります。別に外で働かなくても投資でもして資産を増やすことだってできるだろうし、僕は再就職しないと母に宣言しました。

納得とまではいきませんが、母も半ば諦めた様子でした。ただ、こんな僕でもパートナーがいた方がいいと、NGO団体でボランティアをしている女性を紹介されました。

高橋葵という女性は僕と同い年でしたが、服装が落ち着いているからか、少し年上に見えました。特に美しいわけではなく、かといって醜いわけでもなく、付き合うかどうかは性格次第かなと思いました。

ふたりで食事をすることになったのですが、人の話を聞かずに料理にがっつくマナーの悪さや相手への配慮のなさに僕は興ざめしました。ニートのくせに、「翻訳家」とまで豪語するところも引いたし、その見栄に知性が追い付いていない印象を受けました。

「私はあんたにはもったいないわ」
と言わんばかりの傲慢な態度。こっちから願い下げです。

バレーボールが得意な妹は、スポーツ推薦で有名大学に入学しました。幼い頃から成績も良く、器用に何でもこなすタイプです。卒業後しばらくは企業のバレー団に所属していましたが、引退後はスポーツキャスターとして活躍するようになりました。

妹はある企業の重役の息子と交際しており、結婚を考え始めていました。

僕が仕事を辞めて家にいるようになると、僕の存在が結婚の足枷になるのではと心配していたようです。世間では元農水事務次官の長男が引きこもりで、その家庭内暴力に耐えかねた父親が息子を殺害するといったショッキングな事件が世間を騒がせていました。

僕たちのような裕福な家族にはニートや引きこもりは少なくないのです。だからこそこの時期、家族にそういう人がいないか、結婚を考えている人たちは敏感になっていたはずです。

文/阿部恭子

『お金持ちはなぜ不幸になるのか』 (幻冬舎新書)

阿部恭子
「飛び降りろ!」妹に真冬のベランダへ閉め出され…東大卒・有名評論家の父、上昇志向の強い母、優秀な妹…エリート家庭に育った男性はなぜひきこもったのか
『お金持ちはなぜ不幸になるのか』 (幻冬舎新書)
2025/11/271,056円(税込)256ページISBN: 978-4344987906

〈お金が〉“足りない”よりも“ありすぎる”方が人は壊れる!

裕福で幸せそうに見える家族ほど、闇が深い。

お金があれば幸せになれる――そう信じる人は多い。
だが、本当にそうだろうか。
加害者家族支援の第一人者である著者が見てきたのは、むしろ「お金によって壊れていく家族」だった。
家族間の支配、きょうだいの断絶、配偶者の性犯罪、子どもの引きこもり等々、「お金は魔物」という言葉は決して比喩ではない。
社会的地位も財産もあるのに、なぜ人は不幸になるのか?
お金が人を駄目にし、家族の歯車を狂わせる瞬間を描きながら「幸福とは何か」を根底から問い直す衝撃の一冊。

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