「世界で一番美しい会社」と称される、イタリアの最高級カシミヤブランド、ブルネロ・クチネリ。その経営哲学は、単なる利益追求ではなく、働く者の尊厳を守り、地域社会と共に栄える「人間主義的資本主義」に基づいているという。
書籍『なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか』より一部を抜粋・再構成し、イタリアの小さな村から世界へインパクトを与えるブルネロ・クチネリ。その物作りの姿勢からこれからのビジネスのあり方のヒントを学ぶ。
「世界で一番美しい会社」、ブルネロ・クチネリから学べること
以前、留学先のアメリカ西海岸でIT起業とは別に刺激をもらったのは、欧州の文化をマネタイズしながら世界にインパクトを与えているLVMHグループの存在だった。
そこから、日本文化にもそうした可能性を感じて伝統工藝の世界に足を踏み入れた。
そこからの試行錯誤を経て、いま自分たちが目標にしたいと思える存在に、イタリアの小さな村を拠点に、グローバル市場でのビジネスを成功させている高級カシミヤブランド、ブルネロ・クチネリがある。僕らも最近、同国中部のソロメオ村にある本拠地を訪問させてもらった。
1978年創業のこのブランドで注目すべきは、カラフルなカシミヤニットを軸にした職人しごとの魅力に加え、「働く者の尊厳」を大切にする価値観だ。創業者のブルネロ・クチネリ(1953~)は農家に生まれ育ち、自然とともにある労働の価値や美しさを学びながら成長した。
一方で、思春期には父親が都市部の工場労働者となって非常に苦労したことで、若くして資本主義の光と影の両方を実感したようだ。そうした経験もあってなのか、自ら設立したブランドでは、職人たちと質の高いものづくりを追求しただけでなく、働く人間の尊厳を大切にした経営を貫いている。
現在の拠点、ソロメオ村の丘陵にあった十四世紀の古城を購入・修復して社屋に活用し、地域の人々を多く雇用。さらに劇場や図書館、職人工藝学校まで開設するなど、人と地域を大切にする経営を続けている。「世界で一番美しい会社」とも称されるのは、単にその景観だけでなく、そうした人間主義的経営が高く評価されてのことだろう。
「ものづくりの本質は人づくり」
現地で実感したのは、彼らが作る衣料品のクオリティもさることながら、柳宗悦が語ったような分業制のものづくりで育つコミュニティの現代版が、ここでは実現しているということだ。
特に印象的だったのが、若い人たちへの伝承の仕組みだった。作業場のあちこちにグレーの同じTシャツを着た人たちがいて「あれは何かの制服ですか?」と聞くと、「いや、彼らは職人学校の学生なのです」と説明された。
詳しく話を聞くと、学費は奨学金で免除され、働いたぶんの給料も支給されるという。生活に不安を抱えたままでは充実した修業もできないから、暮らしの保障をしたうえで学んでもらう方針なのだという。
そうした学生が現場のそこかしこにいて、縫製やテーラリングなどの分野ごとに、一人ひとり、師匠のような人が教えていたのはすごいと思った。皆が生き生きと働いているように思えた。
また、そうした研修中の人たちが作った服は、正式な商品としては市場に出せないものの、衣服が不足している児童養護施設などに寄付する形で循環させているという。なお、研修を経て正式にスタッフになる人々も多い一方、それを義務づけてはいないようで、その後に別のところで働くのも、あるいは独立するのも、本人たちの意思が尊重されるとのことだった。
ほかにも、地元の食材を活かした社員食堂のメニューがすごく美味しそうだったことや、クチネリさんの読んだ本が寄贈されている図書館が現地にあったことなども、印象深かった。一流のものづくりと、地域振興・次世代の育成が自然と共存していることが感じられた。
「ものづくりの本質は人づくり」。そんな言葉も心に浮かんだ。
「ヒューマニスティック・キャピタリズム」
クチネリさんは自身の経営思想を「ヒューマニスティック・キャピタリズム」という言葉で表現している。
簡単にいうと「人間のための資本主義」だろう。お金のためのビジネスや、会社のための社員、という考え方に吞み込まれそうになった自分の経験や、仏門の師・佐々井さんにいわれた「お前はそれ(会社)を何のためにやっているのだ」という問いを思い返すと、このヒューマニスティック・キャピタリズムは本当に共感できるし、見習うべき一つの解だと思っている。
また、社会経営思想家の山口周さんが書いていた次のような主張も思い出した。
私たちが過去200年にわたって連綿と続けてきた「経済とテクノロジーの力によって物質的貧困を社会からなくす」というミッションがすでに終了していることを示しています。この状況は昨今、しばしば「低成長」「停滞」「衰退」といったネガティブな言葉で表現されていますが、これは何ら悲しむべき状況ではありません。古代以来、私たち人類はつねに「生存を脅かされることのない物質的社会基盤の整備」という宿願を抱えていたわけですから、現在の状況は、それがやっと達成された、言うなれば「祝祭の高原」とでも表現されるべき状況です。
21世紀を生きる私たちに課せられた仕事は、過去のノスタルジーに引きずられて終了しつつある「経済成長」というゲームに不毛な延命・蘇生措置を施すことではなく、私たちが到達したこの「高原」をお互いに祝祭しつつ、「新しい活動」を通じて、この世界を「安全で便利な快適な(だけの)世界」から「真に豊かで生きるに値する社会」へと変成させていくことにあります。
(『ビジネスの未来│エコノミーにヒューマニティを取り戻す』プレジデント社、2020年)
クチネリさんのヒューマニスティック・キャピタリズムが息づいているソロメオ村は、村全体がとても美しいところだった。
彼らの作るカシミヤの色から連想したのかもしれないが、日本でも伝統工藝がこんなふうに元気になることで、各地の街がそれぞれの特色を活かし、もっとカラフルになるのではという想像をふくらませた。
いま全国をしごとでめぐっていて残念に思うのは、例えば新幹線に乗るとどこの駅に着いても、均一化、無個性化によって似たような景色が広がっていることだ。でも、そこに生きる職人さんと話してみると、やはりその地域ならではの豊かな風土や文化があることを知る。
それらが伝統工藝を通じてより鮮やかに感じられるようになれば、日本の美しさにつながると思う。そんな大きな夢を改めて抱かせてくれた、イタリアへの旅だった。
クチネリさんはまだ若いころに熟練の職人たちを訪ねて回り、従来にないアイデアを持ちかけ、ときに呆れられ、ときに支えられながら、その情熱で道を切り拓いていった。国も文化も、そして扱うものづくりのジャンルも僕たちとは違うけれど、勝手に強いシンパシーと尊敬の念を抱いている。
彼の実践は、僕が一つの指針としている柳や佐々井上人の考え方ともそれぞれ響き合っているように感じる。クチネリさんのような域に達するにはまだ先は長いと思うが、人と自然、経済と自然のリズム、あらゆるバランスを大切にすることをけっして忘れないためにも、彼らの存在はいまの僕たちにとって大切な道標になっている。
なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか 経年美化の思想
塚原 龍雲
隈研吾氏(建築家)推薦!
「職人の手が紡ぐ時間と若い起業家のまなざしが交差する。
伝統と革新が響き合う、手しごと再生の書」
◆内容紹介◆
柳宗悦が民藝運動を提唱して百年。いま、その精神にZ世代の起業家が共鳴し、新たな光を当てる。
「経年美化」──時の流れが育む美しさに惹かれ、日本各地の工房を旅し、職人と火や木や土の声を聴くうちに、その意味は生きた実感となった。
伝統工藝は過去の遺産ではなく、持続可能な社会を築く知恵。モノを愛する心が人を結び、手しごとは世界を変える。
◆目次◆
第一章 Z世代、工藝に出合う
第二章 工藝から学んだ、これからの生き方・働き方
第三章 知られざる工藝の世界
第四章 これからの日本の工藝をつくる職人たち
第五章 日本の手しごとの「いま・これから」

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