各業界で人手不足が深刻化するなか、2025年の人材派遣会社の倒産が過去最多ペースで増えている。派遣会社の倒産が急増する要因や業界の構造について、『人材サービスの公益的発展を考える会 主宰』兼ワークスタイル研究家の川上敬太郎氏に話を聞いた。
日本の労働派遣事業所は4万以上
帝国データバンクによると、2025年1~8月に発生した労働者派遣業の倒産は59件。リーマン・ショック後に競争が激化した時期に次ぐ高水準で、このままのペースが続けば、年間90件前後と過去最多を更新する可能性が高い。
1986年の派遣法施行から約40年が経つ現在、なぜ今、派遣会社の倒産が急増しているのか。
「そもそも“派遣社員は非正規雇用の大半を占めている”というイメージを持つ人が多いのですが、実際はまったく違います。派遣社員は非正規雇用全体の1割にも届きません。総務省の労働力調査を見ても、全雇用者に占める派遣社員の割合は3%未満で、長年ほぼ横ばいなんです」(以下、「」内は川上氏)
つまり派遣という働き方は、日本の労働市場において決して“主流”ではなく、規模の限られた、かなりニッチな存在だということだ。この前提を押さえると、派遣会社の倒産が相次ぐ現在の現象の見え方は大きく変わってくる。
「派遣市場はすでに飽和状態にあります。市場そのものが広がらない以上、成長は規模拡大ではなく、事業者同士のシェア争いになる。日本の事業規模はアメリカの半分以下なのに、事業所数は4万以上で逆に2倍以上もあるとされているんです」
限られた派遣需要をめぐり、多数の事業者がシェアを奪い合う――そんな現状で資金力や競争優位性を持たない派遣会社から淘汰が進んでいるということだ。
「人材派遣業界への参入障壁は低く、初期コストも大きくはかかりません。そのため『人を集めればビジネスになる』という発想で労働派遣事業者が増えてきました。しかし、その“参入のしやすさ”が過当競争を常態化させてきたのです」
そんな構造のなかに、近年の環境変化が重なった。
「さらに追い打ちをかけたのが、“同一労働同一賃金”の流れです。厚生労働省が職種別の賃金目安を示すようになり、派遣社員の待遇は制度的に底上げされました。派遣会社にとっては、事実上の“最低水準”が設定された形です。
待遇改善は重要ですが、その分のコストをすべて取引先に転嫁できるとは限らない。加えて、無期雇用派遣への対応や、教育・研修費の負担も増しています。人材を確保するには、時給を上げ、採用コストをかけざるを得ません。
ですが、そんななかでも大手の中には今も業績を伸ばしている会社はあります。つまり、派遣会社の倒産が増えているのは、業界が縮小しているのではなく、事業者間の生き残り競争が激しくなっていると見るべきでしょう」
派遣の脅威はスキマバイトよりもAI
働き方が多様化し、短時間・単発の仕事を気軽に選べる環境が整ってきた。とくに若年層の間ではスキマバイトやスポットワークの利用が広がっているが、こうした動きは派遣業界にどのような影響を与えているのだろうか。
「影響がゼロとは言いませんが、派遣業界全体を揺るがすほど大きなものではありません。そもそも、日本ではかつて“日雇い派遣”という形で、短期・単発の派遣労働が広く行なわれていました。
しかし2012年の労働者派遣法の改正により、日雇い派遣は原則禁止となります。その代替として生まれたのが“日々紹介”です。
現在広がっているスキマバイトやスポットワークは、この“日々紹介”をアプリ化したものに近い。仕組みとしては、派遣の進化形というより、制度上まったく別のルートだ。
「スポットワークは、比較的スキルを必要としない仕事が中心です。一方、派遣は即戦力や一定の専門性やスキルを求められるケースが多く、完全に競合しているわけではありません」
むしろ川上氏が「本質的な変化」として挙げるのは、別の要因だ。それが、AIや自動化の進展である。
「派遣業界にとって、より大きな影響を与えているのはAIや自動化でしょう。たとえばコールセンター業務では、チャットボットや音声AIの導入が進み、派遣社員が担ってきた仕事そのものが減りつつあります。AIがさらに進化すれば、必要とされるスキル水準自体が変わってくる。そうなれば、派遣に頼らなくても仕事が回る領域は、さらに広がっていくでしょう」
派遣に対する世間のイメージ 派遣会社は本当に必要か?
“企業がコスト削減のために派遣に頼りすぎた結果、雇用が不安定になった”。こうした批判とともに、派遣という仕組み自体を疑問視する声はいまも根強い。その背景には、「派遣=本当は正社員になれなかった人が選ぶ、不安定な働き方」という固定化された世間的なイメージがある。
しかし川上氏は、こうした見方自体が、現在の労働市場の実態とはズレつつあると指摘する。
「派遣社員には大きく2つのタイプがあります。“本当は正社員になりたいが、なれずに派遣で働いている”不本意型と、“派遣という働き方を自ら選んでいる”本意型です。いまも不本意型は一定数いますが、状況は大きく変わってきています。
正社員のまま転職できる環境が整ったことで、『正社員になれないから派遣を選ぶ』という構図は弱まりつつあるのです」
その結果、派遣社員の構成も変化してきた。専門スキルや働く条件を重視し、派遣という働き方を選択する「本意型」の割合は、相対的に増えている。
「少なくとも現在の日本で、雇用全体が不安定化しているとは言えません。実際、2015年の労働者派遣法改正以降、無期雇用派遣は増加してきました。制度面を見る限り、派遣をめぐる雇用の安定性は、リーマン・ショック当時よりも明らかに高まっています」
にもかかわらず、「派遣=不安定」「派遣会社=雇用を劣化させる存在」というイメージだけが、いまなお先行している。その理由のひとつが、「中間搾取」「ピンハネ」といった言葉で語られがちなマージン構造だ。
「たとえば時給1500円の派遣社員の場合、派遣先に請求する2150円ほどの金額には、有給休暇の原資や社会保険料、採用広告費、人事・営業コストなどが含まれます。業界ではマージン率30%前後が一般的ですが、最終的な派遣事業者の営業利益は1%程度にとどまることも少なくないんです」
実際、人材派遣会社の倒産理由で目立つのは、“派遣という仕組みが不要になったから”ではなく、“事業として採算が合わなくなった”という現実だ。市場環境の変化と競争の激化により、事業を維持できない会社が増えているのである。
一方で、日本では正社員が強く保護され、その外側に非正規雇用が置かれてきたという構造が、派遣に対する違和感や不信感を生みやすくしてきた面もあるそうだ。ただし、これは派遣固有の問題ではないと川上氏は指摘する
「育児や介護などの事情で、望む働き方を選べず、パートやアルバイトにとどまっている人も含め、非正規雇用全体を“不本意”から“本意”へと転換していく視点が欠かせません。短時間正社員など、多様な選択肢を広げていくことも、その一環だと考えます」
派遣業界はいま、「縮小」ではなく「選別」の局面にある。飽和した市場のなかで、存在意義を示せない派遣会社が静かに淘汰されている。
取材・文/逢ヶ瀬十吾(A4studio)

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