「我々の作品に順位をつけるのか」日本レコード大賞に怒り出す音楽業界関係者も…誰も見向きもしなかった『第1回日本レコード大賞』の現実
「我々の作品に順位をつけるのか」日本レコード大賞に怒り出す音楽業界関係者も…誰も見向きもしなかった『第1回日本レコード大賞』の現実

12月30日に生放送される『第67回 輝く!日本レコード大賞』。年末恒例の音楽賞として有名だが、その出発点は業界の関心もほぼゼロ。

“第1回”は、いかにして始まり、なぜ歴史を変えることになったのか。

メリットも権威もなかった「第1回日本レコード大賞」

1959年12月16日。デビュー曲『黒い花びら』がレコード大賞に選ばれたという知らせを聞いた歌手・水原弘が、「レコード大賞? なんだい、それ」と言ったのは有名な話だ。

ジャズ界のスターで、演奏旅行中の名古屋にいた作曲者の中村八大もまた、「おめでとうと言われても何のことだか分からなかった」という。

「第1回日本レコード大賞」が始まった時、そこにはまだメリットも権威もなかった。その日の夕刊に次のような新聞記事が載ったことで、歌謡曲の顕彰制度ができたことが初めてニュースになったのである。

初の日本レコード大賞決まる 「黒い花びら」に授賞
童謡賞は「やさしいおしょうさん」
歌唱賞はフランク永井

1年間にレコードを通じて発表された歌謡曲・歌曲・童謡の中から、最優秀の作品を選考する初の日本レコード大賞は、日本作曲家協会所属の作曲家76人がめいめい自信のある曲を一曲ずつ提出した中から、審査委員会(増沢健美委員長ほか16人)が2日間にわたって審査の結果、大賞は「黒い花びら」(東芝)と決まり、作詞・永六輔、作曲・中村八大、歌唱・水原弘の三人に東郷青児デザインの金色のタテが贈られ (中略) 年末に行われる授賞式(会場は未定)の実況はラジオ東京テレビから中継される。

日本レコード大賞を始めたのは、日本作曲家協会。服部良一と古賀政男を筆頭とする作曲家たちだ。アメリカのグラミー賞にならって制定した動機は、世界に通じる「新しい日本の歌の育成」にあった。

それは歌作りのレベルアップを目標とする純粋なものだった。作曲家たちは自ら一念発起して、日本作曲家協会を発足させた。そして大衆音楽のレベルを上げようと、作詞家や歌手の奮起を促して立ち上がったのである。

しかし、目先の利益や売上にしか目が向いていないレコード会社の経営者や首脳陣は、その趣旨を理解しようとしなかった。なかには「我々の作品に順位をつけるのか」と怒り出すレコード会社幹部もいた。

共催を申し込んだ日本レコード協会からも断られてしまった。協賛を求めたテレビの民放各社も、「メリットがない」と冷やかな対応だった。

そのなかで唯一、賛意を示したのはラジオ局を併せ持つラジオ東京テレビ(現TBS)である。

結果的には、このことが後にTBSの独占中継へとつながり、年末の『NHK紅白歌合戦』へ続く人気番組になっていく。だが当初は世間一般だけでなく、音楽の仕事に関わっている人たちの関心も薄かったのだ。

発足したばかりの日本作曲家協会には原資がない。日本レコード大賞の運営資金は、東京放送が60万円、レコード各社が3万円、雑誌の「平凡」「明星」が各3万円を負担して行われた。

不足した分については、運営委員長を引き受けた古賀政男が私費で穴埋めしたともいわれている。

わずか1票差で大賞に選ばれた『黒い花びら』

大手新聞社の音楽記者会も参加を留保するという逆風の中で、「第1回レコード大賞」は音楽ペンクラブに所属する元新聞記者5名、NHKが3名、民放放送局が各1名、それに「平凡」と「明星」の編集長らの審査によって行われた。

会員の作曲家が一人につき1曲エントリーできるという規約で、対象となったのは過去1年間にレコードとして発表された歌謡曲・歌曲・童謡作品の76曲。

12月14日に行われた第1次予選では20曲が選出され、第2次予選で6曲が大賞候補に絞られた。

『心と心のワルツ』
作詞/松井由利夫 作・編曲/原六朗  歌/朝丘雪路(東芝)
『古城』
作詞/高橋掬太郎 作曲/細川潤一 歌/三橋美智也(キング)
『夜霧に消えたチャコ』
作詞/宮川哲夫 作曲/渡久地政信 歌/フランク永井(ビクター)、
『フルート』
作詞/サトウハチロー 作・編曲/古関裕而 歌/島倉千代子(コロムビア)
『黄色いさくらんぼ』
作詞/星野哲郎、作曲/浜口庫之助 歌/スリー・キャッツ(コロムビア)、
『黒い花びら』
作詞/永六輔 作・編曲/中村八大 歌/水原弘(東芝)

当時のヒット状況からすると、本命は『黄色いさくらんぼ』、対抗が『黒い花びら』という前評判だった。どちらの曲もタイトルに色がついていたので、さしずめ「黄」と「黒」の対決となった。

ところが15日の本選の際に、委員の一人から『黄色いさくらんぼ』について、「面白い曲だが、エロ味があるので社会的影響を考慮して選考の対象から外したい」という発言が出された。

それによって候補から除外されるという出来事が起こる。次に『黒い花びら』はロカビリーだから外すべきだとの意見が出されたが、「ジャズでもロカビリーでも、いい曲ならかまわない。むしろ新しい歌謡曲を生んだ点を買いたい」という反対意見も出た。

水原弘のハスキーな声と低音の魅力、それら支えるジャズメンたちの迫力ある演奏は、それまでの日本の歌謡曲にないものだった。

そこから侃々諤々の討議が繰り返された末に、最後まで残ったのが、『夜霧に消えたチャコ』と『黒い花びら』の2曲だった。そして決選投票が行われた結果、わずか1票差で『黒い花びら』が選ばれたのである。

12月27日の夜、東京・文京公会堂では「第1回日本レコード大賞」の発表会が開かれた。出席した中村八大の記憶では「200人くらいだったかな」という客の入りで、客席は閑散としていた。表彰式後に催された祝賀会は、会場前にあった喫茶店で、紅茶とケーキで歓談するというささやかなものだった。

『黒い花びら』によって脚光を浴びて作詞の仕事を手がけることになった無名人、永六輔は後にこう語っている。

「第1回というのは普通、権威のあるものを選んだりするでしょ。全く無名人たちのものをトップにしたのはエライというか、審査員の良識だったと思うんです」

”審査員の良識”によって選ばれた、日本で最初の3連符ロッカバラード『黒い花びら』が受賞後に大ヒットしたことで、レコード大賞は一躍その名を知られることになった。

作曲家の中村八大と、作詞家の永六輔はコンビを組むことになり、4年後に二人による『上を向いて歩こう』(歌/坂本九)が、『SUKIYAKI(スキヤキ)』というタイトルになって全米チャートの1位になり、世界中でも大ヒットした。

そして、対決から外された『黄色いさくらんぼ』はレコード大賞を逃したものの、この大ヒットで脚光を浴びた浜口庫之助は売れっ子作曲家になり、日本の音楽史に残る名曲を数多く世に出していく。

文/佐藤剛 編集/TAP the POP

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