美しく完璧な少女が、ある日突然、屋上から飛び降りて自殺をする。映画監督の坂本悠花里が手がけた映画『白の花実』は、閉鎖的な寄宿学校を舞台に、揺れ動く少女たちの繊細な心の変化を描いた物語。
死を近くに感じていた10代
──映画を作ろうと思ったきっかけから教えてください。
坂本悠花里監督(以下、同) パンデミックの頃に、閉鎖的な女子校という設定を思いつきました。企画の最初の頃から考えていたことは、ひとりの女の子が自殺してしまう出来事から始まるストーリーです。ニュースで自殺を取り扱うときに、日本では過剰に理由を探す傾向がある気がしていて。そこになんとなく違和感があったんです。
結局その理由は本人にしかわかりません。だから映画では理由を解明していくよりも、その出来事が起きた後に、周囲の人間がどう生きていくのかを描きたいと思いました。女子校と自殺という設定を組み合わせたときに、物語が広がっていく気がしたんです。
──自殺に関して描こうと思ったのは?
自分自身が10代の頃に、なんとなく死を近くに感じてしまう瞬間があったんです。何か理由があったわけではないのですが、「自分が死んじゃったらどうなるんだろう」、「自分が生きている意味って本当にあるのかな?」ということを考えに考えていて。
今思うとかなり煮詰まっていたと思いますが、20代前半まではその想いに囚われていた気がします。
──女子校を舞台にしたのは?
私自身が女子校出身ということもあるかもしれません。男の子がいる環境を描いてもよかったのですが、この映画では人間模様を描きたいと思っていて。共学にすると「男性からどう見られるか」といった別の問題が生まれてしまうので、女の子だけが登場したほうがすっきり見られるのではないかと思いました。
自分の女性的な部分を呪う瞬間がある
──映画では自殺した莉花のルームメイトだった杏菜と、莉花の幼馴染の栞が登場します。最初の出会いは緊張感があり、ふたりの対立が描かれていくのかと想像しましたが、まったく違う展開が魅力的でした。
編集したものを見たときに、杏菜と栞が大人になっても連絡を取り合っていそうな手触りの関係性になっていたのは、個人的に嬉しかったですね。それは、演じた美絽さんと池端杏慈さんのおかげだと思います。
──女の子の集団を描く物語は、時としてドロドロしがちです。
女の子同士って、周りが思っているよりもさらっとしているし、意外とドライだよなということは実体験として感じていて。もちろん価値観が合わずにぶつかることはありますが、その後は「あなたはあなた」、「私は私」と認め合う頭のよさみたいなものがあると思うんです。女性のそういう部分は魅力的だなと思います。
女性監督が撮る映画を見ていても、女性のキャラクターをドラマティックに描きすぎていないというか。
──杏菜がフラワーアレンジメントをする母親に対し、「お母さんなんて若さ失って楽しみもなくなって、花に慰めを求めてるだけでしょ。バカみたいな人生」と言い放つシーンが衝撃的でした。
母親役を演じられた河井青葉さんも、現場で「結構きついです」とおっしゃっていましたね(笑)。あれは自分自身が抱いていた感情を投影しています。10代の頃って、自分の女性的な部分を呪ってしまうことがあると思っていて。
お花を見てきれいと思う感覚とか、女の子っぽいかわいらしいアイテムとか、そういうものに対して反発を抱いていました。過去の自分の気持ちを思い出して正直にセリフを書きました。
──莉花が自殺をした理由はメインのテーマではありませんが、そのひとつとして描かれる父親の存在も印象的です。少女から大人になる過程の中で、自分が性的対象として見られ始めることへの戸惑いや嫌悪感は、多くの人が経験してきたことだと思います。そこに対するメッセージも込められていると感じました。
おっしゃる通りです。その反動で女性的なものへの反発が生まれると思いますし、一番近い女性である母親に対して「気持ち悪い」と思ってしまう瞬間がある。今はそんなことは思いませんが、私も社会の女性嫌悪的なものを内面化してしまった時期がありました。でもその時期を通って、次のプロセスに行くということを見せたいという思いがありました。
そうでないと女性性を呪ったまま、大人になってからもずっとモヤヤを抱えてしまう気がします。10代の頃に抱く複雑な感情を乗り越えることが、本当の意味で自分を受け入れることになるのかもしれません。
誰も見たことがないものを見せたい
──自殺した莉花が幽霊(鬼火)として現れる展開は、かなり意外性がありました。
世代的に『ハリー・ポッター』とか『ロード・オブ・ザ・リング』がすごく流行っていた時期に青春時代を過ごしたので、ファンタジー的な世界観は昔から好きでした。社会的なテーマとして自殺を描くこともできたとは思いますが、私が映画を撮るのであれば、ファンタジーの雰囲気を取り入れたいと思ったんです。
──莉花の幽霊は杏菜にしか見えません。この設定は、周囲と自分との世界の見え方が違うことを表したメタファーでもありますね。こちらも監督の経験が投影されているのでしょうか?
私自身は残念ながら幽霊は見えませんが、好きなものが他の子と違うみたいな感覚は同じく感じていました。
当時は映画よりも音楽に夢中で、フジファブリックやアジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)のライブに行ったり、自分でもバンドを組んでギターを担当していました。THE BLUE HEARTSの「リンダ リンダ」を演奏したりしていましたね。だから本当はミュージシャンになりたかったんです。
──映画監督を志したのは?
子供の頃からアニメやハリウッド映画を見る習慣はありました。学生のときに是枝裕和監督の『誰も知らない』を劇場で見て、「なんかすごい映画だな」と思ったのを覚えています。そこからアート系の作品にも興味が広がって、好きなバンドマンがブログでおすすめしている映画などを見るようになりました。
その流れで「ミュージシャンになる才能はないけれど、映画とか作ってみたらおもしろそう」とは思っていて。大学でサークルに入ってみたら、ビデオカメラもあるし映画好きな人もいるし、「どうやら撮れるらしい」ということを知り、映画作りをするようになりました。だから絶対に映画監督になろうと思ったというよりも、他になりたいものがなかったんです。
──実際に映画を作ってみたら、楽しかったということですか?
『白の花実』の前に製作した自主映画は、正直大変さのほうが大きかったですね。お金もスタッフも自分で集めて、撮影も編集も全部やらなければならないので。
自分だけが撮りたくて映画を作っていた世界から、みんなが「やりたい」と集まってくれる状況になったことのうれしさが大きかったですね。
──監督が映画を通して観客に与えたい感情は?
びっくりさせたいみたいな気持ちはあるかもしれません。そういう意味では、『E.T.』のような、自分と違う生き物との出会いを描いたワクワク感は、この映画にもほしいと思った要素です。今となっては自然に受け入れていますが、『E.T.』ってよく考えたらすごいアイデアじゃないですか。誰も見たことがないものを見せたいという気持ちは、これからも持ち続けていきたいです。
取材・文/松山梢
撮影/石田壮一

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