無難な味が求められがちな商業施設で、一切妥協しない「豚骨ラーメン」に挑んだ店があった。2026年1月に閉店する「三代目 博多だるま」の店長・伊東源太郎さんにラーメン業界の現実と職人の葛藤について聞いた。
大型商業施設で“本格豚骨ラーメン”という挑戦
東京港区の「アクアシティお台場」に店を構える1963年(昭和38年)創業のラーメン店「三代目 博多だるま」が、2026年1月25日をもってその歴史に幕を下ろす。館内にあるラーメン集合施設「東京ラーメン国技館 舞」内にあり、観光地の大型商業施設という立地でありながら、妥協のない“クサウマ”豚骨ラーメンで大ブレイクしたお店だ。その舵を取り続けてきたのが、店長の伊東源太郎さんである。
この店が大きく生まれ変わったのは、2022年のリニューアルだった。
「正直、最初に会長からリニューアルの話をもらった時は“無理だろうな”って思いました」(伊東さん、以下同)
そう振り返る伊東さん。当時はコロナ禍の真っただ中。インバウンド客がいなくなり、お台場の観光客も激減。アクアシティ全体の客足も鈍っていた。ラーメン業界全体が守りに入るなかで、「本店の味に寄せた、より本格的な豚骨ラーメンへ進化させる」という提案は、あまりにも攻めた選択に思えた。
転機になったのは、「ららぽーと沼津」で食べた一杯だった。
「フードコートで『飯田商店』を食べたんです。『こんなクオリティのラーメンを集合施設で出しているのか』と目が覚める思いでした。やる気さえあれば、こういうガチなラーメンも成立するんだなと。
その一杯が、伊東さんの迷いを吹き飛ばした。どうせなら、起爆剤になることをやってやろう。中途半端に守るよりも、振り切ったほうがいい。そう腹を括り、アクアシティ店は「本店回帰」を掲げて再スタートを切る。
もっとも、ただ本店のコピーを作るつもりはなかった。伊東さんはそこに、自分なりの解釈と豚骨愛を注ぎ込んでいく。
「豚骨ってじゃじゃ馬なんですよ。扱ってる感覚は、本当に生き物のようです。昨日と同じようにやっても、同じにならない。5分、10分でもみるみる表情が変わっていきます。いわゆる優等生じゃないんです。だからこそ面白い」(伊東さん)
火加減、骨の状態などでわずかな違いが、スープの表情を大きく変える。
「うちはスープに国産のチャーシューを入れて炊くんです。こうやって肉の脂の旨味を出した方が絶対にうまいと思ったので。味作りに関しては僕を信じてほぼ任せてくれた会長の判断がありがたかったです」(伊東さん)
結果、アクアシティというファミリー向けのショッピングモールの立地では異例とも言える、強烈な豚骨の香りがどんぶりから溢れ出すことになる。それでも施設の運営側から大きな制約が入ることはなかった。
「厨房の構造や、換気が凄くいいので、クサウマを作っても全然大丈夫だったんです。だから結構、思い切って変えることができました」(伊東さん)
リニューアル後、この店は明確な個性を手に入れる。「集合施設で、こんな本格的な博多ラーメンが出てくるのか」。そんな非日常性が多くのラーメンファンの心を掴んだ。
「うまいものを作っていても、閉店してしまう店は多い」
実際、ショッピングモールのフードコートなどではいわゆる無難な味が増えていくなかで、この店は真逆の道を行った。
「『だるま』の前にもラーメン屋で修業していたのが大きいですね。基礎ができているから、どの店に行っても自信が持てました」(伊東さん)
そのいっぽうで、閉店という現実が突きつけられる。今回の閉店は、売上不振や味への評価が理由ではない。アクアシティ全体のリニューアルに伴うもので、施設側から店舗としては更新しないという判断が下された。
「自分としては続けたかったですが、アクアシティとしての判断もありますし、やむを得ない部分はあります」(伊東さん)
問題は、その先だ。「三代目 博多だるま」の今後はどうなっていくのか。伊東さんは今もなお次の一手を決めきれずにいる。
「地元・千葉でやりたいなとうっすらは考えているんですが、千葉のロードサイドでこのクサウマをファミリーが食べに来てくれるのか……そこは正直、めちゃくちゃ悩んでます」(伊東さん)
独特の味わいを持つ博多ラーメンは郊外型の店舗は、あまり見ることがない。「お腹いっぱいになれる」「家族で来やすい」という分かりやすさで、大型チェーン店や家系ラーメン店などは成功しているが、博多ラーメンはどうか。
味には自信がある。
「うまいものを作っていても、閉店してしまう店って本当に多いじゃないですか。それが、ただただ悲しい」(伊東さん)
豚骨ラーメンの名店が、静かに姿を消していく現実。だからこそ、リスタートには一歩踏みとどまってしまう。
「本格派の博多ラーメンはブランドが出来上がれば、首都圏では希少価値になる。でも、知られていなければそれはなかったことになっちゃうんですよね」(伊東さん)
夜営業、駅前、飲んだ後の一杯――そんなイメージが先行する博多ラーメンを、どう再定義するのか。その答えはまだ出ていない。それでも、「三代目 博多だるま」で積み上げてきたものは確かだ。集合施設でも本気の豚骨ラーメンは通用する。その事実をこの店は証明した。
「三代目 博多だるま」も閉店まで、残りわずか。それでも伊東源太郎というラーメン職人が、豚骨を愛し、じゃじゃ馬と向き合い続けた日々は、確かにここに刻まれている。
その火が、どこかで再び灯ることを願わずにはいられない。
取材・文・撮影/井手隊長

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