『王様戦隊キングオージャー』脚本家が次の挑戦に少年マンガを選んだ理由「ここでなら戦隊でやってきたことが活かせる」
『王様戦隊キングオージャー』脚本家が次の挑戦に少年マンガを選んだ理由「ここでなら戦隊でやってきたことが活かせる」

『王様戦隊キングオージャー』は、特撮界隈のみならず、多くの視聴者を熱狂させた。放送終了から約2年が経った今も熱量が落ちない――。

その脚本家・高野水登が原作を手がける新連載『ノウワンダー』が縦読みマンガアプリ「ジャンプTOON」で始まった。連載開始を記念して『キングオージャー』で意識していた“少年マンガ”らしさから、今回マンガづくりに挑戦した理由、新作にかける思いを聞いた(前後編の前編)。

『王様戦隊キングオージャー』から、なぜジャンプTOONへ

――新連載『ノウワンダー』が「ジャンプTOON」で始まりました。どんな作品でしょうか。

高野水登(以下、高野) 「不思議の国」で、不良少年が友達のために戦う話です。「毎週ワクワクして熱くなる、まっすぐな少年マンガを」というところから始まった作品なので、『王様戦隊キングオージャー』を観てくださった方々にも楽しんでもらえたらと思っています。

――『ジャンプTOON』でマンガ原作をやることになった経緯から教えてください。

高野 『王様戦隊キングオージャー』の放送が始まったばかりの頃、共通の知人から急に「『キングオージャー』が好きで会いたいっていう人がいるんだけど」って連絡がきたんです。まだ第1話が放送したタイミングですよ(笑)。それで今の担当編集者に会ったのが、5話放送の数日後でした。

その時はただ『キングオージャー』がいかに面白いか熱弁されただけだったんですけど(笑)、後日その編集者から「今度『ジャンプTOON』という縦読みマンガの媒体が新しくできます。そこで一緒にやりませんか」って言われて。

――その時はどういう反応をされたのですか。

高野 正直、その時は縦読みマンガってまともに読んだこともなくて。白黒のマンガが好きだったし、当時はまだ立ち上がってもいない媒体でしたから、一瞬悩みました。でも僕はこれまで、特撮も、映画も、何十年も歴史があるところで書いてきたんです。

考察ドラマの『真犯人フラグ』を書いたときも『あなたの番です』という偉大な前例があって……。流行ったり残ったりしてきた伝統の“いい時”に乗っかってきた感覚がある。だからこそ、いつか新しい場所で新しい挑戦をしなきゃいけないとは思っていました。

そういう意味で「ここだ」と。それに自分の中で、もう数年前から脚本家っていう仕事の限界が見えてきたこともあって。

――「脚本家の限界」とは、具体的に?

高野 僕はマンガ原作を脚本化するのも好きだったから、脚本家としての仕事はそれで十分だったんです。実際、『賭ケグルイ』や『映像研には手を出すな!』の実写版の脚本をやらせてもらったりして、楽しかった。

そこからもっとマンガ関係の映像の仕事をしたいと思って、自分からも「このマンガを映像化したい」と企画をいくつか提案したんですけど、ことごとく通らない。だけど僕が映像化を提案して却下された作品……全部あとから映像になってるんですよ(笑)。

目の付け所は間違ってなかったはずなんです。でも自分が出した企画は通らない。無力感がありました。そこから自分で原作を作らないといけないと思うようになりました。

縦読みは「アニメの絵コンテに近い」

――実際に作り始めて、どうでしたか。

高野 縦読みマンガと映像の共通項だったり、フルカラーを逆手に取った演出だったり、新しく気づくこともたくさんあって、だから自分に声をかけてくれたのかと納得しました。

ただ、誤算もあって。僕は縦読みマンガって「スタジオで大人数で作るもの」だと思っていたんですが、蓋を開けてみたら、自分と作画家さんと編集者の三人しかいなかった(笑)。こんな一人当たりの負担が大きいのかとびっくりはしました。

結局、ネーム(※マンガのラフ絵)まで全部描くことになって。iPadを買ってソフトの使い方を覚えるところから始めたので、準備から連載まで2年近くかかっちゃいました。

――今回、高野さんはネームも描かれているのですね。絵を描くことは昔から?

高野 マンガ自体は小学生の頃から描いてたんですよ。

学級新聞に4コマを描いたり、ノートにパラパラマンガを描いたり。テストが早く解き終わったときは裏面にも絵を描いてましたね。

小学校2年の時の先生はその絵にも花丸をつけてくれたんですけど、学年が上がると賛否両論で(笑)。それでも高校まではずっと絵を描くのが好きで、『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波の絵は当時が一番上手かったです(笑)。

――仕事でネームを描くのは今回が初めてですか。

高野 最初に本格的にマンガの仕事をしたのは、『カラちゃんとシトーさんと、』というサウナを題材にした作品の原作でした。でもその時は、セリフや状況をテキストだけで指定する「文字ネーム」の形式でしたね。

それで感じたのは、横のマンガは特殊技能すぎるなって。1ページの長方形の中に全てのコマを収めつつ、そのコマのサイズや配置で、テンポ感も調整しなきゃいけない。これは自分には無理だと思っていました。

ところが縦ネームを描いてみたら、格段に楽だったんです。スクロールの長さでテンポを調整できる。

マンガであると同時に、アニメの絵コンテに近いと思ったんですよね。

僕は脚本を書く時に映像が頭に浮かぶタイプなんですけど、その映像を順番に描いていけばネームが作れる。これなら『キングオージャー』でやってきたことも活かせるぞ、と思いました。

「戦隊」の制約がなくなったのが、逆に苦しかった

――映像制作とマンガ制作、作り方の違いは?

高野 「制約がない」のがいちばん大変でした。映像、特に特撮の場合は「クリアしなきゃいけない課題」が最初から膨大にあるんです。メインの戦隊は6人で、毎回敵が出てきて戦って、ロボも出さなくちゃいけなくて、子供向けだから過激描写はダメで……。

その制約を全部クリアするには、っていう考え方で話を作れたんですよ。でもマンガは、何を描いてもいい。一見楽そうに見えて、無限の選択肢の中から決め手がない正解を探すのは、苦しかった。いろんなネームを描いては、編集者と自分の間でボツにする期間が続きました。

――そこから抜けたターニングポイントは?

高野 作画の垂見秋邑(たるみ・あきさと)さんと出会ってからですね。ネームを描くのと並行して作画の方を探していたんですが、ある時編集者が「新人賞を獲ったすごい才能がいて、高野さんの描くキャラクターと相性がいいと思うんです」と、紹介してくれたんです。

それで試しに、自分の描いたネームを、垂見さんが線画として仕上げて下さった。その仕上げが本当に素晴らしくて……だからこそ「このままじゃダメだ」と思いました。

自分の描いたネームとキャラクターだと、垂見さんの絵が活きてない。それを突きつけられた時に「垂見さんの絵を“制約”にしよう」と思って、それまでに描いた話を全部捨てたんです。

――絵が制約、とはどういうことですか。

高野 作画の垂見さんは背景から色を塗るところまで、一つ残らず全部自分で描きたい人なんです。ただでさえ週刊連載は時間がないのに、アシスタントも入れないとなると、垂見さんがノって描けるかにかかってくる。

だから垂見さんがどういうキャラクターや絵を描くのが好きな人なのかを、編集者も交えて話し、垂見さんの絵が輝くような話を新しく作りました。

そこからは作画が少しでもスムーズにできるように、「垂見さんの得意な絵」を想像しながらネームを描くようになりました。垂見さんが作画したキャラクターを逆に模写しながら、ネームの絵を寄せる練習もして。結果、僕だけでは描けなかったキャラクターたちが生まれてきました。

これは『キングオージャー』の時と同じで、あのキャラクターたちもキャストやスタッフの皆さんと一緒に作り上げたからこそ、唯一無二の存在になったと思うんです。

集団でもの作りをする醍醐味ですね。

――集団制作にこだわっているのですね。

高野 僕は中学校の時に初めてやった演劇から、ずっと集団でばかりやってきたんです。小説を書き切ったことは一度もないし、マンガも一人では続かなかった。みんなで作る方が楽しいし、生きがいや喜びを感じるんです。

思えば編集者と2人だけの時は、集団じゃなかった。3人が“集団の最小単位”なんです。そこからは『キングオージャー』をみんなで作っている時と、同じような感覚で取り組むことができるようになりました。

(後編へ続く)

文・写真/集英社オンライン編集部

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