がん再発の養老孟司も嘆く「病院のメシはなぜここまでまずいのか」…人生最後の食事が1食690円でいいのか
がん再発の養老孟司も嘆く「病院のメシはなぜここまでまずいのか」…人生最後の食事が1食690円でいいのか

がんサバイバーである解剖学者の養老孟司氏の治療にあたる医師・中川恵一氏は、入院のたびに本人から「病院のメシはまずい」と嘆かれてきたという。QOL(生活の質)は医療現場においても重視されてきているものの、病院食への患者の不満はいまも根強い。

その現実を、医師の立場から考える。

『病気と折り合う芸がいる』より一部抜粋、再構成してお届けする。

病院の食事はなぜまずいのか?

かつては抗がん剤というと、患者さんは吐き気などの副作用がひどく、つらかったと言われていました。

しかし、今は抗がん剤と一緒に吐き気止めの薬も点滴しますし、かつての抗がん剤と比べると、ずいぶん楽になったと思います。

医療ではQOLという言葉をよく使います。クオリティ・オブ・ライフの略で、日本語では「生活の質」と言います。

「医者は病気を治してナンボ」とか言われた時代もありましたが、今はそうではありません。患者さんの生活の質をどれだけ維持できるかが、医療の役割の1つになっています。

入院患者の生活の質を考えたとき、私は病院食がとても重要だと以前から考えていました。

養老先生は、入院するたびに「病院のメシはまずい」とボヤいていました。「どうしてあそこまでまずくするのかな?」とまで言ったことすらあります。

がんで入院されている患者さんにとっては、病院食が最期の食事になる可能性もあります。人生最期の食事がまずいというのは気の毒なことです。

病院食のまずさが、いかに生活の質を低下させるのか、私の母のエピソードを紹介することにします。

私の母は現在90歳で、高齢者施設に入所しているのですが、24年5月に施設の看護師から電話があり、母の血中酸素飽和度が88%しかないと言われました。

血中酸素飽和度というのは、指先にクリップをつけて測ります。手術や入院したことのある人は経験があると思います。正常値は96%以上ですから、88%は危険な状態です。息切れの症状もあるようです。

すぐに東大病院に連れてきてもらい、CTを撮ったところ、肺全体に肺炎の所見が認められ、そのまま入院となりました。

いわゆる高齢者にありがちな誤嚥性肺炎で、重篤なものではなかったので、数日で退院できましたが、その間、母は「病院のメシはまずい」と愚痴をこぼしていました。自分が入居している施設の食事よりまずいとも言っていました。

病院食にかけるコストが安すぎる

実は高齢者施設にいるときから、母は施設の食事がまずいと、いつも不平をもらしていたのです。

母は東京の月島生まれで、施設は月島からほど近い晴海にあるのですが、そこから昔からなじみの寿司屋の出前をとっていたほどです。

私にも、宅配を使ってナントカという店の天丼を届けさせろとか、よく電話がかかってきました。

お菓子も、老舗のせんべいが食べたいとか、カステラが食べたいとか、言われるたびに届けさせていました。

施設の食事がまずいと言っていた母は、東大病院に入院して、病院食を食べたとたん、「すぐ帰りたい」と言い出しました。

「施設のメシのほうがまだましだ」と、病院の食事のことをボロクソにけなし始めたのです。

そのくらい病院の食事はおいしくないということです。母にしても養老先生にしても、高齢者はグルメな方が多いので、評判が悪いのもわかります。

病院食は、私も何度も食べてきました。検食といって、当直の医者の仕事だからです。最近はもう当直もやらなくなりましたが、わりあい最近まで検食をしていたものです。お世辞にも、おいしいとは言えません。

今は人が家で亡くなることは極めて少なく、ほとんどの人が病院で亡くなる時代です。先ほども言いましたが、みなさん人生で一番まずいものを食べて死んでいくわけです。そのことをよく考えてみる必要があると思います。

病院食は「入院時食事療法」といって治療の一部です。

栄養管理が必要な施設は厚生労働省が定める特定給食施設といって、病院の他に学校や社員食堂、福祉施設、刑務所などがあります。給食にかかるコストは、病院食の場合は医療保険関連法によって、全国一律で1食分が690円と決まっています。このうち普通510円を患者が負担し、残りを保険者が支払います。ずいぶん安いと思いませんか。

病院食がまずい原因は、このコストが安すぎることが一因でしょう。特に最近は食材の値段がどんどん上がっていて、主食の米も以前の倍以上に値上がりしています。それでもかけられるコストは変わらないから、食事のクオリティはどんどん下がっていくわけです。

病院食がまずいと栄養失調も懸念

私が若い頃留学したことのあるスイスでは、2004年にジュネーブ大学が、同大学付属病院の病院食について、1700人の患者を対象に調査を行っています。

結果は3人に1人が栄養失調のまま退院しているほか、入院中に栄養失調で体力や病気に対する抵抗力が低下して、入院期間が延びているケースが多いことがわかりました。

当時の同病院の食事予算は1日約850円が相場のフランスの約4倍あったとされていますが、それでも入院患者の栄養管理がうまくいってないということでした。

調査結果では、食事が「おいしくない」、「冷えてしまっている」、「選択肢が少ない」などの理由を挙げ、入院患者の5人に1人が病院食を食べていませんでした。また、4人に1人は入院していて食欲が湧かないと訴えていたということです。

この調査の結果を踏まえて、同病院では食事を見直すことになったといいますが、病院食のまずさはコスト以外にも理由があるようです。

病院食は医師の診断をもとに、管理栄養士が患者の年齢や病状などに合わせて、個別に栄養管理計画を立て、アレルギーの有無や嗜好を考慮して提供するとされています。

患者の嗜好が考慮されているなら、それなりにおいしい病院食になると思うのですが、私の母や養老先生のように、まずくて食べられないという患者さんがずいぶんいるような印象を受けます。

入院時に患者さんの食の嗜好を十分に聞き取って、栄養管理計画に反映させるなどの工夫が必要かもしれません。

それにしても、食事代のコストに関しては早急に見直す必要があると思います。日本病院会が金額見直しを重点項目とし、厚労省に22年度の診療報酬改定に向けて要望書を提出していますが、いまだ実現していません。

食事がとれずに栄養失調に陥れば、免疫力が低下し感染症のリスクも高くなります。その結果、入院期間も長くなるので、「たかがメシ」と考えず、医療関係者は真剣に考えるべきだと思います。

病院が変わらないのであれば、患者自身でなんとかすることも考えてよいでしょう。部屋は差額ベッド代を払えば、よい部屋に入られるのですから、自分の食べたいものを自費で購入することも認めてよいのではないでしょうか。

現状では、患者さんがこっそり外から持ってきてもらったものを食べている例は少なくないと思います。

病院としては大目に見ているのかもしれませんが、栄養管理計画から見ると、好ましくないわけです。

例えば、一定の条件をつけて外から出前をとることを認めるという考え方もあります。

食事は生命力の源なのですから、患者さんの生活の質を維持するために、しっかり考えていくべきだと思います。

文/中川恵一

『病気と折り合う芸がいる』(エクスナレッジ)

養老孟司 (著), 中川恵一 (著)
がん再発の養老孟司も嘆く「病院のメシはなぜここまでまずいのか」…人生最後の食事が1食690円でいいのか
『病気と折り合う芸がいる』(エクスナレッジ)
2025/12/221,540円(税込)208ページISBN: 978-4767835129

大事なのは自分の都合。自分にとって居心地のいい場所を探そう」。88歳の知性が提言する、人生を楽しく生きるための「プレ遺言」!

がん再発後の治療経過と、病気と折り合いをつけながら、淡々と日々を過ごす養老先生が、生と死について、また子どものこと、虫のこと、ネコのこと、自然のことなど多様なテーマについて語りつくす。

●死は1か0ではない(養老孟司)
●大病をすると「生きることの前提」が変わる(養老孟司)
●自然の存在であるわれわれには必ず命の終わりが来る(中川恵一)
●養老先生が「死は怖い」と感じない理由とは(養老孟司)
●余命宣告をしないほうがいい理由(中川恵一)
●小細胞がんは手強い…中川先生が診る養老先生の病状とは(中川恵一)
●世の中のことは、実はわからないことがほとんどである(養老孟司)
●がんの再発で生活はどう変わったのか?(養老孟司、中川恵一)
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