M-1審査員は漫才の何を見ているのか―立川志らくが出会った瞬間に抱いた、ある出場コンビの評価と数年後に訪れた答え合わせを明かす
M-1審査員は漫才の何を見ているのか―立川志らくが出会った瞬間に抱いた、ある出場コンビの評価と数年後に訪れた答え合わせを明かす

M-1グランプリの審査員席から、漫才師たちはどう見えているのか。長年、M-1を落語家という立場から審査し続けた立川志らくが明かす、お笑いの最高峰を競う戦場で出会った「狂人」たちと、売れる芸人・消える芸人の決定的な差とは。



ギャロップ、ミキ、霜降り明星和牛見取り図、ゆにばーす――その瞬間に抱いた率直な評価と、数年後に訪れた答え合わせ。審査員として現場に立ったからこそ書ける、漫才師たちの「その後」と真実。

新刊『現代お笑い論』より一部抜粋・再構成してお届けする。

M―1審査員見聞録

初めてM-1の審査員をやった時に観た漫才師達について徒然なるままに書いてみるか。

まずはギャロップ。「禿げ方が面白くない」と評してしまった。その私の言葉に思わず松本人志さんが吹き出していたのが印象的だった。ひどいよね、漫才を聴いて、禿げ方が面白くないって。でもトレンディエンジェルの斎藤さんの禿げ方とかメチャクチャ面白いじゃないの。あんなに禿げているのにカッコつけていて、でもそのうちその禿げ方がカッコよく見えてくるって、凄い。

大御所の海原はるか・かなた先生とかも禿げ方最高です。はるか先生が禿げた頭をきちんと整えているのを相方のかなた先生が息で吹き飛ばしてバランバランにしちゃうって、下品だけど面白い。

そういった禿げのレジェンド達を見ているだけにギャロップの禿げ方は普通に思えた。

でもそれから数年で彼らはTHE SECONDで優勝した。禿げに頼らず漫才の面白さで勝ち取った栄冠だった。

続いてはミキ。彼らの漫才はとにかくうるさい。でもそのうるささが魅力。彼らに対する私の評は「今年のメンバーの中で30年後40年後漫才師として生き残っているのはミキだ」であった。彼らの漫才は年齢と共に円熟味を帯びてきたらそのうるささが心地良くなるはず。

桂雀々さんの落語がそうだった。枝雀師匠譲りの全身を使って表現をする雀々落語。間違いなく師匠の亜流だったのが、いつしか師匠の落語とは違った雀々落語に進化していた。若い頃はとにかく喧しい落語だったが、円熟味を増してからは喧しさが心地良くなっていた。しかし、悔しいことに七十代八十代の雀々落語は聴けない。


雀々さんと同じ落語会に出演した時、私は彼の前の出番で「せんきの虫」という志らくイリュージョン落語の極みをやった。

平成中村座での談志追悼公演でやった時には、中村勘三郎さんが高田文夫先生に「志らく、もの凄く面白い、いいねえ」と言ってくれたという自信作だったのだが、その落語を舞台袖で聴いていた雀々さんが、私の後に高座に上がるやいなや「なんですの、今の落語は?」と唖然としていた。自分の落語は棚に上げておきながらの発言に私は鼻高々。このエピソードは私の勲章です。

ミキよ、今のままで突き進んで七十代のミキを見せてくれ! おっと30年後、私は九十代。見られねぇじゃねぇか!

霜降り明星、和牛、見取り図、ゆにばーすの志らく評

そして霜降り明星。

「一番現代的でほどの良い漫才。大衆は物凄く彼らを支持するでしょうね。あとはうるさ型の人達、例えばお笑いに関係ない尖った文化人や芸能人がどう食いつくかでしょうね」

我ながら当たってるなあ。大衆が一番支持をしたからこその今日の人気だ。うるさ型の人達が彼らの漫才に食いついてきたかどうかはわからないが、粗品がうるさ型の先輩達に食ってかかっているから面白い。

漫才の偉人達と同じ香りがしたのが、和牛だ。

「ゾンビとか殺すという嫌なワードを使いながらも品があるから楽しく聴けます」

漫才師にとって命とも言える品。

ダウンタウン以降、多くの若手漫才師が勘違いしているのが、「漫才はどんな無茶苦茶をやってもいい。なにしろダウンタウンに従来の漫才のスタイルは、当てはまらないのだから」ということだ。

いや、待ちなさい。ダウンタウンはチンピラの立ち話からスタートしたが、漫才師としての品はどの漫才師よりもありました。だからこそ天下を取れた。和牛にはその品がどの漫才師達よりあった。でも数年後、和牛は解散してしまう。もったいないなあ。

見取り図。「最初のうちは新しさがなかった」ってなことを彼らには言ったはずだ。なんとなく街中にいる普通の兄ちゃんが漫才をやっているような、それが1980年代ならば新しく感ずるのだろうが、現代となってはなんら新鮮味がないように、見えた。しかし徐々にエンジンがかかってくると爆発的に面白くなっていった。
見取り図のスタイルというのがもはや定番になってきたと言ってもいいと思う。

男女コンビゆにばーすに関しては「見た目とか声の雰囲気とか物凄く面白い感じがするんだけどそれほどでもなかった」ということを言ったが、これは謝罪します。私に見る目がなかった。女性のはらさんの方を評価していて、ひとりでも売れるんじゃないかみたいなことまで言っていて、相方の川瀬名人がはらさんのせっかくの面白さを損なっているんじゃないか、とさえその時の私は思ってしまった。

違う。この漫才の面白さの根源は川瀬名人の異常さにあるのです。彼の目つき、話し方が狂っている。その異常な男が、ほんわかしてなんとなく面白そうな女に突っ込む。これがゆにばーすの面白さだ。そのことに当時は気が付けなかった。高得点を取れなかったということは、私だけでなく、誰も気が付かなかったということだから仕方がないけど、私が気付いてあげられたら良かったなあ。

まだまだいる、お笑いの狂人たち

ジャルジャルとトム・ブラウンについても著書『現代お笑い論』では取り上げましたね。

ワタナベエンターテインメントの若手芸人をもっと取り上げてくれって? おっといけねぇ、ナベプロのマネージャー達からの圧を感じてしまいました。

いや、あのね、M-1で出会った面白い若手芸人がまだまだいるんだよ。

たとえば真空ジェシカは、異常者の漫才。陰の異常者と陽の異常者。ただ異常者が二人揃うとまともに見える凄さ。あくまでも正統な漫才をやっているように見せて誰よりも狂っているスタイルに落とし込む漫才。天才です。

ロングコートダディも狂っている。狂っているといえば、おいでやすこがの小田なんて大声を出す狂人。あの大声をうるさいという人がいるが、うるさくないんだ。うるさいはずのボリュームで怒鳴っているんだが、うるさくなくて面白い。だから売れたのです。

NON STYLEは漫才も好きだし、嫌われキャラなのに愛されているという井上君の不思議なキャラもいい。

同じ嫌われキャラでも、本当に視聴者から嫌われてしまったにもかかわらず、しぶとく活躍している相席スタートの山添君とか、彼の目は異常者の目。

って私は異常者好きなのか? いや、芸人は普通の目つきじゃ駄目なんだ。でも髭男爵の山田ルイ53世は「グッとラック!」にレギュラー出演してもらったからわかるが、優しい目をしていたなあ。そうか、相方のひぐち君が異常な目つきだから、それで売れたのか。

付き合いから言えばロンドンブーツ1号2号の淳さんについても触れないと失礼だろう。まあ彼の魅力は薄っぺらに見えて実はやはり薄っぺらなところ。でも「野暮も貫き通せば粋になる」という言葉と同じで、「薄っぺらも貫き通せば深みが出てくる」という状態にロンブー淳はなっている。

何が言いたいかというと、お笑い芸人全員について書いちゃいられねぇんですよ。

「盗めるものじゃねえぞ」

立川談志の金言。芸を「盗むにも盗む奴の力量が必要だ」

ワタナベエンターテインメントの若手芸人は沢山いる。2024年のワタナベお笑いNo1決定戦の準決勝を見届け人という形で見させて頂いたが、本当に面白かった。事によるとM-1よりも──お世辞ではなく──面白いんじゃないかと思ったほどだ。まあ、後々落ち着いて考えるとやはりM-1の方が面白いんだけど。だけど、一瞬でもそう思えるほど勢いはあった。優勝したのはAマッソ。彼女達の漫才は才気が先走っている。

でね、こんなに面白い芸人が揃っているのになかなか売れない、M-1の決勝にもあまり進むことが出来ないのは何故か? 個々のキャラが薄い。つまりインパクトが薄い。

準決勝の中で江戸川ジャンクジャンクのネタの面白さには舌を巻いた。でも一番覚えているのはちゃんぴおんず。ピンク色のスーツを着てかなりベタな笑いをやる。日本一おもしろい大崎君なんかは「水曜日のダウンタウン」の常連だ。

つまりね、かまいたちの時に感じたような「上手さ」が前面に出てしまっている芸人が多い。ワタナベエンターテインメントのお笑いスクール出身が多いからテクニックを学びすぎちゃったのかなあ。

そもそもお笑いなんて学ぶものじゃありません。落語もそうよ。学んだやつは売れません。感じ取るものです。

「芸は盗むもの」ってことか?

いや、これは違います。談志も言っておりました。

「盗めるものじゃねえぞ」
「盗むにも盗む奴の力量が必要だ」

とね。若いうちは盗む力がないから、感じ取るしかないのです。  

私は弟子に何も教えません。すると彼らは何もしません。感じ取ろうともしない。だから売れない。上手くならない。

弟子だけで20人くらいいる。それだけでも大変なのに、ワタナベエンターテインメントの若手まで手が回りませんよ。もっと売れたら、M-1で最後の決戦まで行ったら書いてやる。偉そうだな。何様だ志らく!

文/立川志らく

『現代お笑い論』(新潮社)

立川志らく
M-1審査員は漫才の何を見ているのか―立川志らくが出会った瞬間に抱いた、ある出場コンビの評価と数年後に訪れた答え合わせを明かす
『現代お笑い論』(新潮社)
2025年12月17日1,034円(税込)240ページISBN: 978-4106111105「なんだかわからないけど、面白い」はなぜ生まれる? 〝全身落語家〟を標榜しながら、若手芸人の登竜門M-1グランプリの審査員を務めた著者は、「ぶっ飛んだ」漫才を高く評価する審査を貫き、いつしか個性派を指す「志らく枠」という言葉まで生まれることに――ランジャタイ、トム・ブラウンを見出した落語家が、超ニッチな若手からレジェンドまで総勢90組を縦横無尽に論評、現代の「お笑い」の真髄に迫る!
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