米国では火葬率が6割を超え、韓国では9割に達した。かつては土葬が当然だった国々で、いま火葬が主流になりつつある。
新刊『火葬秘史 骨になるまで』(小学館)より一部抜粋・再構成してお届けする。
世界で火葬率が上昇する理由
日本の葬儀と墓の簡素化は、家族も地域も分断された無縁化、葬式頼りの仏教が形骸化した無宗教化、新自由主義経済を追求していったあげくの二極化などから発生している。この傾向は日本だけでなく世界的現象といっていい。2025年1月のトランプ米大統領の誕生とそれに呼応するような欧州各国での右派勢力の伸長は、無縁社会と二極化をもたらしたグローバリズムへの反発から始まっており、世界各国の自由民主主義体制の退潮とナショナリズムの勃興につながった。
同じく世界に共通するのは、精神的、政治的には保守回帰に流れながらも、宗教の退潮には歯止めがかからないことだ。人工中絶に反対する保守派中核のキリスト教福音派はトランプ支持で固まっているのだが、福音派と自認する有権者は2020年の28%から2024年には22%に低下している。信仰心は希薄化し、貧困層の増大で葬儀にカネをかけたくてもかけられない。それを象徴するのが各国で上昇している火葬率である。
親族や知人が、墓地に集まって牧師とともに祈りの言葉を捧げ、花を添えた立派な棺を土の中に安置する―ハリウッド映画や海外ドラマで描写される弔いの多くが土葬だ。国民の多くがキリスト教徒の米国では、死者の魂は「最後の審判」を経て肉体に戻り復活するとさており、そうした宗教観から土葬が選択されてきた。
しかし近年、その米国の風習は急速に変わりつつある。
20世紀の初めには米国民の100%近くがキリスト教徒だった。ところがワシントンに拠点を置くシンクタンクのピュー研究所が2023年~2024年にかけて行った宗教調査で、キリスト教徒と自認する人は約6割となり、約3割が無宗教だと回答した。
キリスト教徒であっても教会に通うのは4人にひとり。同時期にコネティカット州のハートフォード宗教研究所は、「約38万の全米教会の約3割が、今後、存続できなくなる」というレポートを発表した。
火葬率が高いことで知られるラスベガスの老舗葬儀社の価格表(2023年)によれば、最も標準的な土葬サービスの価格が約1万6000ドル(1ドル140円換算で約224万円)で、標準的な火葬サービスの価格は3470ドル(同約49万円)だ。焼却するだけの日本でいう「直葬」は2600ドル(約36万円)である。この価格差は大きい。土葬の場合はマホガニー、ヒノキなどの木製の棺だが、火葬の場合はほぼ段ボール製だ。「シューズボックス」と呼ばれ、燃焼効率がいいので好まれており、価格は約200ドルである。
国策によって火葬率が飛躍的に伸びた韓国
日本では火葬の間、待機していた遺族が、焼却が終わると火葬炉の前のホールに集まって、職員に骨の状態などについて説明を受け、箸渡しをして骨壺に納めて持ち帰る。だが米国はもっとシンプルで、火葬炉で焼かれた遺骨はすぐに施設内の粉骨室でパウダー状にされ、ビニール袋に包まれて依頼元の葬祭ホールに送られる。
火葬傾向は米国以外のキリスト教圏にも及んでおり、イギリス火葬協会の2021年の発表データによれば、デンマークの85.7%を筆頭に、チェコ(84.6%)、スロベニア(84.5%)、スウェーデン(84.3%)、スイス(80.3%)と続き、イギリスが79.8%、カナダが74.8%、ドイツが73%と軒並み高い火葬率である。
保守的なカトリック教徒が多く、1960年代の第2バチカン公会議によって火葬が許可されてからも土葬が主流だったフランスでも、火葬が増えて39%となった。原因は、まず宗教離れが進んでいること。
1990年に人口の8割を占めていたカトリック教徒は、5割前後まで減ったといわれており、そのうち日常的に教会に通うのは1割程度だという。次に格差拡大による二極化の進展。安定した雇用を得られない層が拡大して収入が減り、二つの仕事をかけもちする人も増えた。それだけに葬儀にカネをかける余裕がない。
一方、国策によって火葬率が飛躍的に伸びたのが韓国だ。国民の約3割がキリスト教、約2割が仏教を信仰し、約5割が無宗教といわれる韓国では、祖先を敬い年長者を重んじる儒教精神が浸透していることから、「遺体を焼く」という行為に対する忌避感が強かった。
火葬は「孝」に反するという考えである。そのため1990年代までは土葬が一般的で、1991年の時点で火葬率は約18%。
そこには儒教的価値観の後退や、死亡の場所が自宅から病院となり、火葬場に隣接している病院も登場するなど火葬環境が整ったこともあげられる。火葬率は2005年に50%を超え、2021年には90%に達している。
土着の葬法を変えた毛沢東
中国の場合は、社会主義国家の方針として火葬が選択された。だが、農村と都会の間ではまだまだ差があり、農村部では土葬、都市部では火葬が一般的だ。それでも、しだいに農村部でも火葬が普及し始めており、中国民生省は2021年末時点で国内の火葬率が59%であることを明らかにしている。
中国の葬儀は韓国同様、儒教の影響を長年受けてきた。故人を華やかに送り出すのが伝統で、親類縁者に近所の人など大勢の人間を集めて酒と料理を振る舞う。特徴的なのは「紙し銭 せん」に何枚も火を付けて弔うこと。
正式名称を「冥府紙幣」というが、あの世で豊かな暮らしを送れるように、一束100枚の紙銭が数元(1元約20円)で売られており、それに火を付けて燃やし、「地獄の沙汰もカネ次第」とあの世の故人にカネを送るのである。土葬、爆竹、悲しみを代弁する「泣き女」、長々と続く酒席の通夜、そして紙銭……中国共産党はこうした土着の葬法を、毛沢東主席の指示で変えたのだ。
中国共産党の幹部は、1956年、「自ら望んで火葬し、死後に遺体を残さず、墳墓を作らない」という『唱儀書』にサインをし、新しい葬儀スタイルの確立を目指した。
当日の式典は弔事から始まり、関係者の挨拶の後、献花をもって故人に別れを告げる。この間、長くても40分程度で、火葬炉に運ばれて焼却される。火葬が終わると遺骨は「骨こっ灰 ぱい盒ごう」と呼ばれる骨壺に移され殯儀館に一時、預かってもらった後、墓地へ納める。一切の宗教色を排し、システマティックに葬送が行われる。
文/伊藤博敏
『火葬秘史 骨になるまで』(小学館)
伊藤博俊
語られざる「火葬」のタブーに迫る渾身作
日本中が将来の右肩上がりの成長を信じていた昭和の時代、葬儀は、参列者の数を競うような壮大なスタイルで行われていた。しかしバブル経済の崩壊、そしてそこから続く「失われた30年」を経て、人の尊厳を守り、生きてきた証を残すはずの弔いは、急速に簡素化が進んでいる。
《そんな傾向に抗する気持ちが、私は年々、強くなった。人間だけが行う「葬送」という文化が失われていいのか。
筆者の問いは、ここから始まる。
本書では日本人が「死」と「弔い」にどう向き合ってきたのか、その歴史と変遷を振り返る。さらに、そのダイナミックな時代の動きの中で暗躍した人々の生き様をたどる。
古代から続く「ケガレ」の思想と、「キヨメ」を担った人々。
「肉」と「火葬」という二大タブーを逆手に取って富と権力を手にした、明治の政商。
戦後の混乱と復興を象徴する、昭和の怪商。
争奪戦を制した、中国人経営者――
圧倒的な取材力を持つ筆者が、語られざる“タブー”に迫る。

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