〈50代で漫画家デビュー〉アルコール依存の父、精神不安定な母、不仲な妹弟、高校時代の挫折…唯一の救い「漫画家になりたい」という夢を高3で封印した女性の黒歴史
〈50代で漫画家デビュー〉アルコール依存の父、精神不安定な母、不仲な妹弟、高校時代の挫折…唯一の救い「漫画家になりたい」という夢を高3で封印した女性の黒歴史

人を取り巻く環境は、ライフステージの変化とともに大きく変わっていく。特に女性の場合、結婚や出産、配偶者の転勤などをきっかけに、生活やキャリアが突如として変化することも少なくない。

 

今回は、かつて諦めかけた漫画家の道に50歳で再び挑み、商業漫画家としてデビューを果たした深謝(ミシャ)さんの事例を紹介する。彼女の経験から、年齢や環境の変化と向き合いながら“人生の壁”をのりこえるためのヒントを探っていく。(前後編の前編)

「あなたがいたから離婚できない」不仲な家族関係

深謝さんは、石油系の会社に勤める父と、高卒で事務の仕事に就いていた母との間に生まれ、3人兄弟の長女として関西で育った。

「父は、良くも悪くも『素朴な田舎のおっちゃん』で、対外的には外交的で面倒見がいい人でしたが、仕事人間でほとんど家にいなかったので、家庭ではほぼ会話がありませんでした。他人の感情を理解するのが苦手で、無神経な言動を繰り返し、アルコールが入ると人格が豹変。父に関していい思い出はありません」(深謝さん、以下同)

一方、母親は高校生の頃から鶏卵を売る仕事をして弟の学費を稼ぎ、家計を助けていたという苦労人。結婚後は専業主婦となったが、義母に尽くすも「長男の嫁だから当たり前」と冷遇されたが、一度も味方になってくれなかったことなどから、今でも父親を恨んでいる。

「母は嫁姑や夫婦関係への不信感からくるストレスを抱え、子どもを殴ることはしませんでしたが、年に数回、大切にしていた皿を叩き割る人でした。小学校低学年の頃には『あなたたちがいたから離婚できなかった』と言われ、『子どもを言い訳に使うな。お母さんみたいな人生は絶対に嫌だ』と反面教師になりました」

そして、妹との関係も「最悪だった」。

「物心ついた時には両親の膝は妹の場所だったので、嫉妬心があったのだと思います。姉妹喧嘩でキレた私が、石を投げつけたこともあります。妹はとにかく独立心が強く、自力更生主義者のため、長女の私を見て、『あんないい加減な人間になってはいけない』と思って生きてきたそうです」

さらに、6歳違いの弟との関係も良くなかった。

「弟は、初男孫ということで甘やかされて育ちました。弟が生まれる時、姑や親族との関係が悪く、誰にも頼れなくなっていた母は、私の世話まで手が回らず、見知らぬ他人宅(母親の親友の家)に突然私を預けました。『親から捨てられた』と感じた私は、性格が歪むきっかけになりました」

「漫画家になりたい」という夢を封印した理由

家族仲が良くなく、外での集団生活にも馴染めなかった深謝さんを救ったのは漫画だった。

「小学校1年生の頃に『キャンディキャンディ』を読んでから、漠然と漫画家になりたいと思いました。2年生の時、同じクラスに漫画を描いている子がいたので、私も漫画をジャポニカ学習帳に描き始めると、クラスで回し読みされるようになったのが嬉しくて、休み時間はずっと漫画を描いていました」

その後、11歳で転校した先でも大好きな漫画を描き続け、中学高校と少女漫画雑誌『なかよし』に作品を投稿したものの、入選することはなかった。高校時には、漫画アニメ研究部で部長を務めたが、高3の時にすでに中学で漫画家デビューを果たしている1年生が入部してきた。

「画力、キャラ、ストーリー、背景など、すべてが完成されていて、私が一番憧れていた雑誌にも作品が掲載されていました。私はその後輩のレベルの高さに打ちのめされ、高校卒業の日に漫画道具を全て捨ててしまったんです」

深謝さんはお小遣いでコツコツと買い貯めた丸ペンやGペン、インクなどを全て処分し、漫画を描くことを完全に封印。漫画を見ることも辛くなり、書店の漫画コーナーに行くことすら避けるようになった。

22歳で大学を卒業後は首都圏の社会福祉法人に就職。大学時代から家族と折り合いが悪かったため、就職後はほとんど実家に帰ることはなかった。

“2次創作沼”にハマり気付いた「描かないと生きられない自分」

31歳の頃、学生時代に知り合った5歳上の公務員の男性と交際を始め、36歳で結婚した。一人っ子の夫は、両親が先回りして立てた二世帯住宅を所有していたが、1年ほど同棲していたアパートで引き続き暮らすことにした。

ところが翌年、夫が退職することに。住宅ローンは代わりに深謝さんが払うことになり、家賃との二重負担が苦しくなったため、二世帯住宅の義実家へ移る決断をした。

高校を卒業すると同時に漫画を封印してきた深謝さんだったが、彼女を“2次創作沼”にハマらせたのは、2018年に放映されたBLドラマがきっかけだった。

「ひと目見てハマり、ファンが集うSNS上で、年齢も経歴も関係なくファンアートや2次創作を表現する人たちやファンの方々と出会い、背中を押されて、創作を再開しました」

この時、深謝さんは48歳。30年ぶりに封印を解いた深謝さんは、気付けば38ページの漫画を描きあげていた。

「それまでのストーリー漫画歴は高校時代の16Pが最長でしたが、勢いのままイベント参加し、90ページ近い同人誌を発行。約30年ぶりに漫画と向き合って、『描かないと生きられない自分』を痛感させられました」

描けば描くほど「毎日漫画だけ描いて生きていきたい」という欲望を抑えられなくなった深謝さんの目標は、いつしか「オリジナルの漫画を描いて、商業デビューすること」になっていく。

ところが49歳になった深謝さんに、次々に試練が襲いかかった――。

#後編へつづく

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