横綱に勝って年収アップする「金星」となるのは平幕力士だけ…「差し違え」「ひとり相撲」「勇み足」…暮らしに溶け込む相撲用語の正しい使い方
横綱に勝って年収アップする「金星」となるのは平幕力士だけ…「差し違え」「ひとり相撲」「勇み足」…暮らしに溶け込む相撲用語の正しい使い方

「序の口」「ひとり相撲」など、340年余りの歴史を持つ大相撲には私たちの日常生活にまで染み込んだ「相撲用語」が山のようにある。「金星」もその一つだ。

だが、この「金星」、しばしば誤った使われ方をしているというのだが…。

 

今回は、「金星」にまつわる相撲界の裏話を『白鵬はなぜ嫌われなければならなかったのか だれも知らない角界不思議話』より一部抜粋、再構成してお届けする。

いまも繰り返される「金星」の誤用

ブラジルは常に、サッカーの世界ランキングの上位に位置している。国際試合で格下相手に辛勝したとしよう。

《ブラジル、あわや金星献上》

これは日本語としておかしい。

金星は相撲用語だ。江戸時代から庶民の生活に根ざしてきた大相撲。「同じ土俵に上がる」「ひとのふんどしで相撲を取る」など、日本人の生活の中で普通に使われている言葉がたくさんある。金星もその一つだ。

本来は平幕力士が横綱に勝つことであり、小結以上の役力士が横綱に勝っても金星にはならない。また、横綱が「まげつかみ」などの反則で負けた場合も、相手力士の金星にはならない。横綱の反則負けは2014年秋場所4日目に横綱日馬富士が平幕の嘉風(現中村親方)のまげをつかんだ例がある。

では、横綱に勝って金星をあげた力士には何か特典があるのだろうか。

実は、金星一つで年収が24万円アップする。

「給金相撲」という言葉を聞いたことがあるだろうか。勝ち越しをかけた取組を指すのだが、力士が勝ち越すと「給金」が加算される。8勝7敗なら「勝ち越し1点」で0.5円、10勝5敗なら「勝ち越し5点」で2.5円の加算だ。こうして積み上げていった総額を力士個人の「持ち給金」という。年6度の本場所ごとに、持ち給金の4000倍の額が月給とは別に引退まで支給される。

金星の給金は10円という別格の評価を受ける。1個で場所ごとに4万円、年24万円がもらえる。史上最多金星は安芸乃島(現高田川親方)の16個。金星だけで年384万円もらえる計算だ。

大相撲の報道には1世紀以上の歴史があり、先人たちが練り上げた様々な用語や言い回しがある。

たとえば、土俵際で相手を投げたと思ったら、投げて勝ったはずなのに自分のまげが土俵の外周に盛ってある砂に先に触れていた―という場合。

「まげのはけ先が蛇の目を掃いていた」なんて表現をする。土俵外周に盛った砂を「蛇の目」という。

相撲担当記者は、まずこれら膨大な言葉遣いを覚えるのに苦労する。

金星にもルールがある。金星は横綱が平幕に与えるものなので、「金星を配給」と書くのが朝日新聞の決まりだ。ありがちなミスが「金星を献上」と書いてしまう。その昔、私も先輩からすいぶん叱られたもんです。

「勇み足」は金星か…記者を悩ませた一番

もう少し、金星にまつわる話を続けたい。

2014年九州場所3日目。結びの一番が終わり、原稿の執筆に入った私は、パソコン画面を前に固まってしまった。この日の結び。横綱日馬富士に「勇み足」があり、平幕の高安が勝った。これを「金星」と書いていいのか―。

「横綱を破った力士=金星」ではない。金星となるのは平幕が横綱を破った時だ。ところが、平幕が勝ったのに金星にならないケースがある。この2ヵ月前の秋場所で、平幕の嘉風が日馬富士から白星を挙げた。だが、これは日馬富士の「まげつかみ」による反則負けで、嘉風の金星ではなかった。

今回は「勇み足」という、いわば日馬富士の自滅だ。これは高安の金星になるのか。

悩んだ時は相撲協会の広報部に尋ねるのだが、この時はよくわからないとのことだった。こうなると自力で何とかするしかない。まずは、横綱が平幕に「勇み足」で負けたケースの抽出だ。

朝日新聞の身内ともいえる日刊スポーツの記者が、「たしか……」と教えてくれた。

1972年春場所7日目。

横綱北の富士が平幕だった貴ノ花(のちに大関。若貴兄弟の実父)に敗れた一番が勇み足だった。

手がかりをつかんだ。この情報の確認だ。当時の紙面を朝日新聞データベースで閲覧。たしかに、勇み足で横綱が負けたことが確認できた。しかし、紙面のどこにも金星とは書いていない。「勇み足」は金星ではないのだろうか。

そこで、朝日新聞の相撲班が常に手元に置いている歴代横綱の記録台帳を確認した。その貴ノ花戦での北の富士の成績表には黒丸に二重丸が付されていた。金星配給の印だ。横綱が勇み足で平幕に負けた時は金星になるのだ。

72年の記事で「金星」と書いていないのは、金星になるのかどうか、当時の記者が締め切り時間までに確認できなかったのだろう。

こうして翌朝刊の記事に書いたのが、

《日馬富士が勇み足で高安に金星を配給》

「金星を配給」という、たった5文字。活字で残る新聞報道の苦労を少しでもご理解いただけると幸甚です。

「差し違え」が連続した名勝負

で。この貴ノ花戦を北の富士さんに尋ねたことがある。

コロナ前の夏場所中のことだった。

「おお、懐かしいねえ」

テレビの解説席に入る直前、和服姿の北の富士さんが1枚の写真をのぞき込んだ。

1972年初場所中日、のちに大関に昇進する貴ノ花との一番だ。土俵中央で、北の富士が右足を相手の左足にかけ、体を浴びせた。貴ノ花は弓なりにのけぞりながら振ろうとする。この時、北の富士が伸ばした右手が、崩れ落ちる貴ノ花より先に土俵についた。

2人が折り重なって落ちる時、上の力士が先に手をついたら、その力士の負け―になる時と、ならない時がある。

自分が顔から落ちるのが怖くて手を伸ばしたのなら、「つき手」で負けになる。

だが、下の力士を押し潰してけがをさせないよう手を伸ばしたのなら、「かばい手」として負けにはならない。

行司軍配は貴ノ花。北の富士の右手を「かばい手」ではなく、「つき手」とみたのだ。しかし、物言いがつき5分に及ぶ協議の末、一転、北の富士の勝ちとなった。

軍配を差し違えた25代木村庄之助が引退に追い込まれたこの一番は、ファンも巻き込む「つき手・かばい手論争」に発展した。
2ヵ月後。春場所7日目に両者が再び顔を合わせた。

「相手は当代きっての人気力士でしょ。応援は貴ノ花一色。完全にアウェーだったよ」

北の富士さんは生前、そう語っていた。

その一番。北の富士が再び左外掛けで寄っていき、浴びせ倒した。軍配は北の富士。だが―。再び物言いの末、今度は北の富士の「勇み足」で貴ノ花の勝ちとなった。先述の金星の一番だ。

私が驚いたのは、翌日の朝日新聞の見出しだ。

《貴花“足”でお返し/また差違え、北富士破る》

とある。

「足でお返し」と書くだけで、2ヵ月前の一番まで読者に伝わったのだ。そして、繰り返された行司軍配差し違えを「また」と書いても通じたこの見出しが、当時の大相撲人気を物語っている。

「いい時代に土俵を務めさせてもらったよ。でも、あれはかばい手だよ」と北の富士さん。一方、元貴ノ花の二子山親方も生前、「ワシはまだ横に振れるという感覚を持っていた」と著書に記し、一歩も譲らなかった。真後ろに落ちる体勢から、まだ技を出せたというのだ。

伝説の一番から、半世紀が過ぎた。そして、貴ノ花も北の富士も、もういない。

文/抜井規泰

『白鵬はなぜ嫌われなければならなかったのか だれも知らない角界不思議話』(講談社+α新書)

抜井 規泰
横綱に勝って年収アップする「金星」となるのは平幕力士だけ…「差し違え」「ひとり相撲」「勇み足」…暮らしに溶け込む相撲用語の正しい使い方
『白鵬はなぜ嫌われなければならなかったのか だれも知らない角界不思議話』(講談社+α新書)
2026/1/81,210円(税込)240ページISBN: 978-4065423196

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