不動産を使った相続税の節税に対し、日本政府がその対策に本腰を入れている。マンションやオフィスを購入し、実際の価値よりも低い価格で評価させることで相続税を圧縮する手法にメスが入ることが確実となった。
富裕層はあの手この手で相続税を回避している
「相続は3代続くと財産がなくなる――」
日本の相続税の厳しさを伝える言葉として広く知られているものだ。かつて「今太閤」と呼ばれ、目白の一等地に8000㎡を誇った田中角栄邸も子孫が相続税を払えず、大部分が物納されて公園となったエピソードが有名だ。
もっとも、田中角栄の場合、非上場会社の株の評価額を巡る解釈によるものという特殊なケースであり、庶民の溜飲を下げるエピソードとして後世に誇張されて伝わっていることに注意したい。
現代日本において、富裕層が没落する最も大きな理由は親族間の諍いであり、相続税ではない。むしろ、富裕層は相続税をあの手この手で回避しているというのが実情だ。
国税庁が2025年11月に公表した「財産評価を巡る諸問題」という資料は、その実態を如実に示している。
国税庁が事例として持ち出したのが、最高裁まで争われた以下のケースだ。
94歳で亡くなったA氏は、相続が開始する約3年前に銀行から約10億円を借り入れ、杉並区の一棟賃貸マンションと川崎市の分譲マンションを合計13億8000万円で購入した。
賃貸用マンションの市場価格は収益性によって評価されるが、相続の場合、賃貸に出していることで見かけの評価額が低くなるため、これらの不動産を3.3億円と評価された。
また、不動産の取得に関わる借入金の残高10億円を債務として控除し、相続税額を0円として申告したというから驚きだ。
これはあまりにも露骨だったために裁判で争われることになり、最高裁が「租税負担の公平に反する」と指摘したが、ほんの氷山の一角だ。
資料では、22億円を借り入れて千代田区の一棟マンションを21億円で購入し、その物件を相続することで相続税額を12億3000万円から4億4000万円に圧縮したケースなども紹介されている。
社会問題となったタワマン節税
明らかになっているのは、相続税から逃げるために、死ぬ間際に駆け込みで不動産を購入する富裕層の姿だ。
不動産を使った相続税対策が社会問題となったのはこれがはじめてではない。その代表例が、「タワマン節税」だ。
かつて、大規模なマンションは一戸あたりの土地の持ち分が狭くなるため、実際に取引される市場価格に比べて評価額が低くなりやすいという特徴があった。特にタワマンは高層階であれば高層階であるほど市場価格が高くなる傾向があるが、評価額との乖離は大きくなる。
この差をついて、タワマン高層階を購入し、それを相続させることで相続税の支払いを圧縮していたのだ。あまりにも露骨に行われたため、24年にマンションの相続税評価額の算出ルールが改定されたことで是正されたが、長年にわたり市場に大きな影響を与えた。
なりふり構わぬ節税策を正当化するため、「日本は先進国に比べて相続税が重すぎる」という議論が持ち出されることもある。一理あるが、欧米諸国に比べて著しく低い犯罪発生件数などの利点を享受している以上、富裕層にとって都合の良い部分だけを強調しているとのそしりは免れないだろう。
むしろ、富裕層の節税策は不動産市場に本来存在しなかったはずの資金流入を呼び起こし、不動産価格の上昇を招いた。
タワマン節税ではタワマン高層階の部屋に相続対策の需要が集中し、アッパーミドルの実需層が中層階や低層階に押し出されるようになったことでタワマン全体の相場を押し上げたとされる。
前述したような区分マンションへの投資でも、本来現金や株で相続されるべき資産が賃貸不動産のマーケットに流れ込むことで、賃貸マンション相場を下支えし、家賃高騰の一因となっている。
つまり、相続マネーが不動産市場を席巻することで被害を受けるのは不動産価格の高騰に伴い家賃負担が重くなる人々であり、これから不動産を購入しようとする若い世代であり、本来得られるはずの税収を得られなかった社会そのものであるとも言える。
もちろん、絵図を描いているのは富裕層本人ではない。
「相続を得意とする税理士や弁護士は多いし、相続税の圧縮に適した物件を得意とする不動産業者や資金を融資する金融機関がチームを組んで、一大産業を作り上げている」と語るのは、都内で税理士事務所を経営するB氏だ。
国税庁が怒り心頭! 穴が塞がれることは確実
高齢化により大相続時代を迎え、相続関連ビジネスは一大産業となりつつある。
総額500兆円近いともいわれる富裕層のマネーをめがけ、近年、金融機関も相続対策の人員を増強するなど力を入れている。
裁判になっていることからも分かるとおり、なかには素人でもわかるようなグレーに近い融資案件もあるが、「資本力のある富裕層は取りっぱぐれがない上客であり、金融庁から不動産投資への融資を控えるように指導が入る中でも『別枠』としてカウントされている」(全国紙経済部記者)。
国税庁の資料からも分かるとおり、こけにされた形の政府も黙っていない。もともと企業経営者からの支持を母体としており富裕層に甘いとされる自民党だが、政府・与党は26年度の税制改正で不動産を使った節税策にメスを入れる予定だ。
区分マンションに関しても、購入後5年以内の相続の場合は評価額を抑えにくくする方向で調整されている。
また、徹底的に狙われているのが、「不動産小口化商品」とされる。都心一等地のオフィスの所有権を小口化し、「信託受益権」として贈与する手法で、これも取得価格と評価額の差を使って相続税を圧縮する。
近年、一部の不動産事業者が節税策として大々的にアピールしており、富裕層の間で流行の商品となっていた。
国税庁の資料では、68歳の贈与者が3000万円で取得した信託受益権を孫とみられる9歳の受贈者に対して贈与し、贈与後にすぐに売却することで本来1195万円だった贈与税を49万円まで圧縮した様子が「事案」として紹介された。
もはや、不動産取引という体裁すらとらず、節税のためだけに過激化しているというのが実情だった。国税庁側も、「節税と称して種々の相続税対策が喧伝されており、不動産や株式などの評価額を圧縮するスキームが広く利⽤されている状況」と怒り心頭で、穴が塞がれることが確実な状況だ。
もっとも、前述の税理士のB氏は「いくら穴を塞いでも、次の穴は絶対に見つかる」と意に介さない。既に、顧客に対してはまだ元気なうちから時間をかけて生前贈与に取り組むことなどを「指導」しているという。
また、タワマン節税は封じられたものの、依然として戸建てに比べて評価額は低いため、「地方で販売されているような億ションの大半は相続税の圧縮目当てで地場の富裕層が購入している」という。大半の市民のあずかり知らぬところで行われている、富裕層と国のイタチごっこが終わることはなさそうだ。
文/築地コンフィデンシャル

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