加熱する一方の中学受験。東京都文京区など教育熱心な地域では小学6年生の半分近くが私立中学に進学するという。
教育ママたちがこぞって入れたがる謎の進学塾、「鉄緑会」とは
2月2日~5日、毎年有名中学の合格発表が行われる。
合格者の受験番号が書かれた掲示板の幕を外す瞬間は、どよめきと歓喜の悲鳴、泣き崩れる親子などが入り混じる。合格の感動に浸るのもつかの間、多くの保護者が何かを思い出したようにスマホを取り出し、電話をかける。
電話の先は祖父母でも友人でもない。トップレベル進学塾「鉄緑会」だ。
「桜蔭中に合格した◯◯と申します。◯曜日の枠はまだ空いていますでしょうか」
コロナ禍で掲示板発表がなくなったため、合格発表の場で電話をかけるという光景は過去のものになったが、鉄緑会への入塾説明会への参加手続きを急ぐ親は多い。中学受験でわが子を桜蔭中に合格させた母親は、次のように語る。
「合格発表後に有名校に合格したママ同士で話すと、必ず出るのが『鉄緑会に入った?』という話題です。中学受験で有名校に合格したら、最初に迫られる選択肢だと思います」
「鉄緑会」とは東京・大阪・兵庫・京都に校舎を持つ大学進学塾だ。
進学実績は極めて高い。下記は公式HPに掲載されている東京校舎のみの2025年実績だ。
東京大学理科三類 43 名
東京科学大学(旧・東京医科歯科大学)医学部 56 名
慶應義塾大学医学部 93 名
医学部医学科の定員は100人程度であることを考えると、日本最高峰の大学・学部の合格定員の約半分を鉄緑会が占めていることになる。
関西の3校舎の合格実績を加えれば、実績はさらに高くなる。いかにハイレベルな塾か、この数字だけでもおわかりいただけるはずだ。
これだけ特徴的な塾であるにも関わらず、読者のなかには「聞いたことがない」「知らない」という人も多いだろう。その理由は鉄緑会の強みと密接に繋がっている。
「鉄緑会」がベールに包まれる3つの理由
1つ目の理由は「徹底した非拡大主義」だ。
一般的に学習塾・予備校ビジネスは小規模校からスタートし、進学実績が上がり始めたら蓄積したノウハウをもとに全国展開を進めていくのが定石だ。
駿台、河合塾に代表される大手予備校も、本校で培われた教材開発力や高い指導法をもとに全国各地に校舎を展開していった。
一方、鉄緑会は東京と関西にしか校舎がなく、目立った広告発信も行っていない。近年は「鉄緑会の実態」といった卒業生によるYoutubeでの情報発信もあるため、少しずつ知られるようになってきたが、地方出身者の多くは名前も知らないというのが実態だ。
2つ目の理由は「入学者が限定的」な点だ。
鉄緑会は「指定校制度」をとっており、これらの学校の新入生は、無試験で鉄緑会に入会できる。いずれも中学受験の超トップ校だ。
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開成、桜蔭、筑波大学附属駒場、麻布、海城、駒場東邦、筑波大学附属、豊島岡女子学園、女子学院、雙葉、渋谷教育学園幕張、渋谷教育学園渋谷、早稲田、聖光学院、栄光学園
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男女の御三家に加え、国立の筑附・筑波大附属駒場、千葉のトップ校である渋谷幕張、神奈川県の名門校 聖光学院、栄光学園などが名を連ねる。
これらの学校に進学した子が親族や知り合いにいない限り、鉄緑会について知る機会はほとんどない。
なお、鉄緑会は中高一貫校の生徒を対象としており、上記の学校に高校から入学した生徒や、トップ公立高校からの入塾は極めて難しい。高校受験を経て進学した生徒にとっては、事実上縁のない塾といえる。
指定校に合格しても入学定員に達したら入塾は叶わない。曜日ごとに入学定員が設けられており、基本的には早いものがち。そのため、有名中学に合格した段階で、保護者は電話を急ぐことになる。
3つ目の理由は「圧倒的な進度の速さ」だ。鉄緑会では中学範囲の学習を中1で終え、中2・3で高校の範囲を習得する。
特に東大理3や慶應医学部に合格するような生徒は、高2時点で東大の他学部に合格する学力を備えていることも珍しくない。
合格後、帰宅が早くなった子供に不安を抱く親たち
これだけの進学実績があるため、指定校以外の学校から入塾を希望する生徒も一定数存在する。ただ、指定校以外から入塾する場合や、途中入塾をする場合には入塾試験に合格する必要がある。
その際に学習進度の圧倒的な早さが大きな壁になる。入塾テストでは「学校ではまだ習っていない範囲」も出題されるからだ。
「中学入学時であれば鉄緑会入学は無試験ですが、あとから試験で入るのは非常に難易度が高い。みんなそれを知っているから、とりあえず入れておこうと考えがちです」(開成中保護者)
中学受験は小4~6の3年間の長期戦だ。それが合格という形で終わった後に、なぜ次の塾にすぐに入学させるのか。
そこには親子の不安感がある。長年、都内で中学受験の家庭教師を務めるT氏は次のように語る。
「鉄緑会のチラシには『合格おめでとう 次は 東大!』と書かれています。
6年後の東大受験を見据えて鉄緑会に入学させる家庭はごく少数。それよりも、中学受験が終わった後に“受験が終わったことの不安”を感じるが家庭が多いのではないでしょうか。
少し前までSAPIXや早稲田アカデミーに夜遅くまで通っていたのに、合格したら夕方に我が子が家に帰って来る。これに対して、どこかに通わせなければと不安を覚えて鉄緑会に通わせる家庭が多いと思います」
学校側に対する親の不安も大きい。
「有名校ほど建学理念に基づいた指導、自由な雰囲気、教養教育といった魅力を前面に打ち出しています。その一方で大学進学については自主性に任せている学校が多い。
そのため、学習面で細かく指導がないのではないか、トップレベルを目指すなら学校だけでは不十分なのではという心配も通わせている理由です」(麻布中保護者)
無試験で入学できるのは中1の今だけという焦り、指定校に受かったという特権感、周囲も通わせているという安心感が親を鉄緑会に駆り立てているのだ。
現在、受験業界で異彩を放っているのが、中学受験のSAPIXと大学受験の鉄緑会だ。両社ともトップ校の合格を独占している。これは日本の受験制度が民間企業によって「攻略」されていることにほかならない。
もちろん学習塾自体は以前から存在した。しかしながら、いまや自学自習で有名中学や東大理3に合格することも、限りなく不可能になってしまっている。
塾の課題に忙殺され疲れきる子供たち
学歴が能力の証明として機能していたのは、誰もが公平な条件で勝負できるという前提があったからだ。地方の公立校から東大に進み、官僚や研究者として活躍する——そうしたルートが存在したからこそ、受験制度は社会的な正当性を持っていた。
しかし現在、難関大学の合格者は首都圏の中高一貫校出身者に偏っている。優秀な子どもが東京にだけ生まれるわけではない。にもかかわらず、トップ校の椅子は都心の、特定の塾に通える家庭の子どもたちによって占められている。
「能力の高い子どもたちが『まずはSAPIX』『できれば御三家』『とりあえず鉄緑会』『入れるなら医学部』と流れるように進んでいく。でも、その時々の動機は極めて幼稚か、何も考えていない。
そしてこのレールは永遠には続きません。いずれ『次のコース』が用意されていない地点に誰もが到達する。そのとき、自分で道を選んだ経験のない人間は何を頼りに歩くのでしょうか」(教育専門家)
鉄緑会は圧倒的な合格実績を誇り、OB・OGがアルバイト講師として後輩を指導する循環も生まれている。しかし、本当にこれでいいのかという疑問は残る。
「有名中高一貫校の出身者と話すと、もったいないと感じる場面が多い。
受験制度の耐用年数が尽きたと言われて久しい。それでも毎年2月、有名中学の合格発表が終わると、保護者たちは鉄緑会に電話をかける。そのサイクルは当面、変わりそうにない。
文/平河らむ

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