山田五郎さんと東えりかさんの夫が直面した「原発不明がん」の恐怖 検査してもがんが発生した部位がわからない…希少がん専門医が語る医療格差の現実
山田五郎さんと東えりかさんの夫が直面した「原発不明がん」の恐怖 検査してもがんが発生した部位がわからない…希少がん専門医が語る医療格差の現実

評論家・編集者として活躍している山田五郎さんが、「原発不明がん」への罹患を公表してから1年以上が経った。書評家の東えりかさんは、夫を同じ「原発不明がん」で亡くしたが、経緯は山田さんとは対照的だった。

その闘病と看取りまでの記録は、新刊『見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録』で克明に綴られている。
そこで今回、同書の医学監修者で、東京都立駒込病院腫瘍内科部長・希少がんセンター長の下山達医師にも同席いただき、診断も治療も難しい「原発不明がん」の正体と、医療格差の問題について3人に語ってもらった。〈前後編の前編〉

診断が難しく進行が早い「原発不明がん」

山田 最初に僕の話からしますと、2024年6月の終わりに腰がピキッときて、ぎっくり腰だと思って近所の整形外科に行ったら、「骨折の疑いがあるからMRI(注1)を撮りに行ってください」と言われまして。でも仕事が忙しかったので、「骨折じゃないだろう。痛いのは筋肉だぞ」と自己判断して、痛み止めを飲んで放っておいたんです。

注1  MRI検査(Magnetic Resonance Imaging:磁気共鳴画像法)は、強力な磁石と電波を用いて、体の内部を詳しく画像化する検査です。CT検査では評価が難しい骨や脳、神経などの病変の診断に適しています。

その後、7月になってから、咳をした瞬間に肋骨がパキッといきまして。肋骨が折れたことは以前もあったので、またそのままにして7月の終わりに人間ドックを受けたら、そこの医師も「すぐにMRIを撮ってください!」と。その剣幕からただごとじゃないと思って、8月に入ってすぐに人間ドックと提携している大学病院でMRIとPET検査(注2)をしたら、後者の画像が真っ赤だったんです。

注2  PET検査(ポジトロンエミッショントモグラフィー)は、がん細胞の“活動量(代謝)”を画像として捉える検査です。CT画像ではわかりにくいがんの活動性や広がりを診断することができます。

骨とリンパと、あと肝臓にも、パチンコ玉をぶちまけたように「がん」だとわかる赤い斑点がいっぱいあって。

でも、その5ヶ月前に人間ドックを受けたときは、MRI検査でも何の問題もなかったんですよ。

 私の夫もずっと健康だったんですが、「お腹が変」だと言い出して。その3週間後、いつものようにスポーツクラブで運動した直後、腹部に激痛が走って、そのまま動けなくなったんです。

すぐに病院で検査してもらうと腸閉塞と診断されて即入院となり、2~3週間で治るだろうと思っていたのに全然良くならなかった。腫瘍マーカーや生検(患部の一部を切り取り顕微鏡などで調べる検査)もしたようですが、「がんじゃありません」と言われ続けていました。その言葉に私はすがっていたんです。

けれども、当時はコロナ禍だったため、LINEのビデオ通話で毎日話をしていた夫がどんどん弱っていくのが画面越しでもわかりました。3週間に1回、診察室で本人と会う度に容態が悪化して、入院から2ヶ月半後に、腹水の細胞診からクラスⅤのがん細胞が見つかったんです。その時はじめて、「原発不明がんの可能性がある」と医師から知らされましたが、いったい何が起こっているんだろう?という恐怖しかありませんでしたね。

山田 僕も東さんのご著書を拝読し、ご主人の症状が悪化していく速さに驚きました。僕は十数年前に、食道がんにも罹ったんですよ。その時は、人間ドックの胃カメラで早期発見できたので、「内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)」という手術で、お腹も切らずにきれいに取れたんです。



でも今回はそう簡単にはいかないだろうと素人目にもはっきりわかりましたし、わずか5ヶ月でがんがあんなに広がっていた早さにも恐怖を覚えました。さらに「原発不明がん」という聞き慣れない診断が下ったときには、もはや観念するしかありませんでした。

下山 「原発不明がん」そのものを知らない方がほとんどですから、驚かれるのも無理はないでしょう。「原発」というのは医学用語で「がんの発生元の部位」のことで、それがわからないから「原発不明がん」なのです。たまに、「原子力発電所と関係があるんですか?」と訊かれる方もいますが、まったく何の関係もありません。

がんは、人によって症状も経過もまったく異なりますが、特に原発不明がんは、がんの発生元がわからないために判明や診断が遅くなることも少なくないのです。山田さんのように、症状が出てすぐに画像検査で診断がついたことは、不幸中の幸いでした。

一方で、東さんの場合は腸閉塞から始まっているので、主治医は消化器の病気としてアプローチしていたはずです。最初は、腫瘍マーカーや生検でもがんが見つからなかったようですので、がんを前提とした検査には進みにくかったのだと思います。

なぜ「がんが発生した部位(原発巣)」が見つからないのか

 私が驚いたのは、主が入院していた総合病院にPET検査の装置がなかったことです。もし最初にPET検査を行っていたら、もっと早くがんが見つかった可能性はあるのでしょうか?

下山 そこが難しいところなのですが、保険診療上、PET検査は「がんが疑われた場合や診断がついているもの」に対して、広がりを見るために行う検査なのです。健康診断のようにがんを見つけ出すためのスクリーニングとして使うことは、保険では認められていないんですね。また、入院で行うことは保険診療上難しいという制度上の問題もあります。



東さんのご主人の場合、腹膜の病変が強かったようなので、最初にPET検査で異常を発見できた可能性はゼロではありません。ただ、通常の消化器内科の診療手順として、生検や内視鏡などで病変が見つからなければ「がんではない」と判断せざるを得なかったのでしょう。

山田 僕は、画像ですぐがんだとわかったものの、そこから「原発(がんの発生元の部位)」がどこかを調べるのに1ヶ月かかりました。あの1ヶ月がメンタル的に一番きつかった。検査自体も苦痛でしたが、何よりつらかったのは結果が出ないことです。

検査してがんが見つからなかったら普通は喜ぶべきなんですが、この場合は「また原発が見つからなかった」と悲観しなければなりませんでしたしね。結局、「原発不明がん」と最終診断が下って治療が開始されたのは、8月も終わりになる頃でした。

下山 原発がわからない理由としては、主に2つの可能性があります。1つは、原発巣があったけれど、小さすぎて現代の画像診断能力(CTや内視鏡)では検出できない場合。もう1つは、免疫などの働きで原発巣自体が消えてしまった場合です。

ごく稀にですが、感染症などにかかった後で免疫が活性化して、がんが小さくなる現象があることが知られています。それと同じように、原発巣は何らかの理由で消えてしまったけれど、そこから既に飛び出した転移巣(原発巣から別の臓器にがん細胞が転移した病変)だけが残って増殖している、というケースが考えられます。



こうなると、転移先の細胞を採取して特徴を調べるしかありません。しかし、採取した細胞が原発臓器の特徴を失っていたり、そもそもがん細胞自体が未分化(成長途中のまま)すぎたりすると、結局「どこの臓器から発生したがんなのかわからない」となり、診断は困難を極めるのです。

山田 僕の場合もそうでした。生検で採った細胞は元の臓器の特徴を示していない「未分化がん」で、壊死している細胞も結構あったそうです。

下山 細胞が特徴を失うと、どの臓器から来たがんなのか区別がつかなくなります。そのため、治療方針の決定までに時間がかかってしまうのです。

患者の運命を左右する医療格差

 私は「原発不明がん」とはいったい何なのかまったくわからなかったので、とにかく情報がほしかったんですね。ですから、夫が亡くなってから、その理由を正しく理解するため医療従事者に取材して、原発不明がんや希少がんの情報を本の最後に書きました。そうしたら、「あの情報部分が一番勉強になった」という読者がたくさんいたんです。
    
山田 僕もすごく勉強になったので、東さんのご著書の最後のほうは付箋だらけですよ。

下山 希少がんというのは、年間発生数が人口10万人あたり6例未満のがんで、1つ1つのがんは確かに珍しいのですが、種類が多く、日本の国立がん研究センターのデータだと400種類ぐらいあると言われています。それらを全部足し合わせると、全がん患者の約5分の1(約20%)を占めることになるんですね。

それほどありふれた病気なんですが、種類が多すぎて個々のデータが集まらないことが最大の問題点なのです。



 数多くの希少がんを見てきた経験も知識も豊富な下山先生のような医師は少なくて、ほとんどの医師は希少がんのことをよく知らないんですよね。

下山 私自身、専門分野以外の希少がんの診療経験は少ないのが実情です。今、医学の進歩はとても早くて、我々のような腫瘍内科専門医であっても、専門臓器ごとのリーダーが各自で知識をアップデートしてサポートし合わないと追い付かないような状況です。ましてや腫瘍内科じゃない医師は、なおさら情報をキャッチアップするのは厳しいでしょう。

山田 僕が困ったのは、がんを診断された病院の消化器外科の先生からは「外科でできることはない」と言われ、同じ病院の腫瘍内科は再編中で治療体制が整っていなかったことでした。結局、化学療法と緩和ケアもやっている先生がついてくれることになったのですが、病院選びは本当に運や成り行き任せのところがありますよね。

 夫もずっと消化器内科や消化器外科で診てもらっていて、最初はがんだと特定できなかったこともあり、腫瘍内科にたどりつくことさえできませんでした。希少がんセンターがある駒込病院へ転院してからは、検査や手続きの手順が前の病院と比較にならないほどスムーズで、最初からこの病院に入院させたかったと思いました。医療格差があるんだなと痛感しましたね。

下山 その問題の背景には、腫瘍内科は日本では成立しづらいという事情もあります。腫瘍内科は薬物療法が中心ですので、臓器横断的に診療するスタイルとなります。しかし、がん治療は歴史的には外科が中心でしたので、臓器別にがんを診る体制が築かれてきました。

なので、多くの病院では「胃がんは消化器内科」「肺がんは呼吸器内科」という臓器専門性が強く、どこの臓器かわからない患者さんは宙に浮いてしまうことが少なくありません。

かつては腫瘍内科不要論さえあった時代がありましたが、がん治療の制度改革で腫瘍内科は増えてきました。ただ、専門医は十分には増えていませんから、体制は万全とは言えません。そのため腫瘍内科を標榜していても、すべてのがんを診ているわけではありません。

そもそも一人の医者が全ての臓器を担当することは不可能です。そのため特定の臓器のがんしか診ていない病院や、緩和ケアやゲノム検査などに力をいれている腫瘍内科もあります。欧米のように、あらゆるがんを総合的に診られる腫瘍内科は、日本ではまだ成熟していないのが実情です。
    
山田 僕も、たった5ヶ月でがんが広がったのに、検査に1ヶ月もかけていたら、ますますがんが増えるんじゃないかという不安がありました。

 夫も2ヶ月半、検査ばかりして何の治療もされなかったので、どんどん衰弱していきました。結局、希少がんセンターのような場所に早くたどり着けるかどうかが、患者の運命を左右する大きな分かれ道になることを、多くの人に知ってもらいたいですね。

#2に続く

構成/樺山美夏 写真/野﨑慧嗣 山田五郎氏スタイリング/土屋大樹

見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録

東 えりか
山田五郎さんと東えりかさんの夫が直面した「原発不明がん」の恐怖 検査してもがんが発生した部位がわからない…希少がん専門医が語る医療格差の現実
見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録
2025/10/242,200円(税込)336ページISBN: 978-4087817683

夫の突然の腹痛、そして入院。検査を繰り返すが、原因は不明。
ようやく診断がついたときには、余命わずか数週間。
「原発不明がん」とは、いったい何なのか?

第22回開高健ノンフィクション賞最終候補作

【各界から絶賛の声、続々!】
理不尽極まりない、まさに「見えない死神」。明日は我が身。震え上がりながら一気に読んだ。
――成毛眞氏(「HONZ」代表)

哀しみの底に沈みながらも、決して諦めない。検証し続ける。その圧倒的な想いの強さに胸うたれる。
――小池真理子氏(作家)

著者は、愛する人を「希少がん」で亡くすという個人的な体験を病の普遍的な記録にまで昇華させた。苦しみを同じくする人々や医療難民にとって必見の情報と知見がここにある。
――加藤陽子氏(歴史学者)

【本書の内容】
ある休日、夫が原因不明の激しい腹痛に襲われた。入院して検査を繰り返すが、なかなか原因が特定できない。ただ時間ばかりが過ぎ、その間にも夫はどんどん衰弱していく。
入院から3ヶ月後、ようやく告げられたのは「原発不明がん」の可能性、そして夫の余命はわずか数週間ではないか、というあまりにも非情な事実だった。

この「原発不明がん」とは、一体いかなる病気なのか?
治療とその断念、退院と緩和ケアの開始、自宅での看取り……。発症から夫が亡くなるまでの約160日間を克明に綴るとともに、医療関係者への取材も行い、治療の最前線に迫ったノンフィクション。

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