「終活より、仕事をしたい」原発不明がんの自覚症状がなく元気そうに見える山田五郎さんに希少がん専門医が伝えた治療のカギ
「終活より、仕事をしたい」原発不明がんの自覚症状がなく元気そうに見える山田五郎さんに希少がん専門医が伝えた治療のカギ

原発不明がんの公表から1年以上が経つ山田五郎さんは、現在も抗がん剤治療を続けながら、テレビ出演やYouTube動画「大人の教養講座」の配信など精力的にこなしている。おしゃれなスーツを着こなし、よく通る声で語る山田さんは、とてもステージⅣのがん患者には見えない。

一方、腹部の激痛から即入院となった東えりかさんの夫は、同じ原発不明がんの闘病からわずか160日で帰らぬ人となった。その違いは何なのか。
後編では、山田さんと東さん、東京都立駒込病院腫瘍内科部長・希少がんセンター長の下山達さんの3人に、がん治療の実態について語り合ってもらった。〈前後編の後編〉

「がんと闘う」というより「薬と闘う」日々

山田 僕は、がんそのものの自覚症状は今でもほぼないんですよ。痛いとか、苦しいとかはない。最初に痛かった腰も、腰椎転移に対する放射線治療が魔法のように効いて痛みがとれ、骨自体が回復するまで半年くらいコルセット生活を強いられましたが、抗がん剤の副作用に比べたらさほど苦ではありませんでした。

そうなると、「俺は一体、何と闘っているんだろう?」と疑問になってきます。がんと闘っているんじゃなく、抗がん剤の副作用と闘ってるだけじゃないかって。しかもその抗がん剤が効かなかった時は、本当に虚しくなりました。

 薬の副作用というのは、気持ちが悪いとか身体がだるいとかですか?

山田 抗がん剤にもよりますが、以前打っていた薬は点滴後2~3日ぐらいにドーンと落ちるんです。階段を上るのも座っているのもしんどくて、月の半分くらいは使い物にならなくなっていました。今やっている抗がん剤は最初は吐き気が強くて、ご飯を炊く匂いとかが全然ダメになって、娘に言わせると「つわりと同じ」症状が出ていました。

今は制吐剤を同時に点滴してもらっているので、そこまでひどくはありません。

でも、外見には現れないけど実はいちばん辛いのは、手足の指の末梢神経障害です。指の第一関節から先の感覚が全くないので、原稿を打つにもミスタッチが増え、趣味の時計いじりやギターもできなくなってしまいました。

そんな感じで、副作用のせいで仕事にならない日もありますが、それ以外の日は気合いでなんとか乗り切れています。

 その体力と精神力がすごいです。夫は、腸閉塞で絶食が続いたこともあり、本人も気がつかないうちにどんどん症状が悪化していったので、仕事どころではありませんでした。

山田 僕は最初にやった抗がん剤(カルボプラチンとパクリタキセル)が割と効果があって、腫瘍がだいぶ小さくなったんですよ。だけど、6ヶ月やったところで、CA19-9(膵臓・胆道系のがんの診断補助や治療経過の観察に用いられる腫瘍マーカー)の数値が上がり、抗がん剤を変更するか、治療を中止するか、という話になって。主治医と相談して、休薬するより保険適用になった「オプジーボ」を試してみることにしました。

実は、その前にゲノム検査(注)をやって、オプジーボが効きにくいという結果が出ていたんですが、試しにやってみようと。最初は副作用も軽くて、「いいな」と思っていたんですが、39度ぐらいの謎の高熱が頻繁に出るようになった上に、画像診断をしたら全然効いていなかったので、結局やめました。

注 ゲノム検査(がん遺伝子パネル検査)は、数十から数百個の遺伝子の変化を一度に調べることでがん細胞の特徴を知り、患者さんに適した治療法を検討するための検査です。

下山 オプジーボなどの免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞の遺伝子変異の数が多い人に効きやすい傾向があるので、 事前に遺伝子検査を行って、効果が期待できそうかを予測できます。

山田さんの場合、遺伝子変異の数を調べて効きにくいという結果が出ていたわけですね。

そこは、医師としても悩みどころなんです。遺伝子検査では効きにくいとわかっていても、一部の患者さんには効くことがわかっています。その可能性を捨てていいのか、という判断で投与に踏み切ることはあります。予測検査は万能ではないため、効くか効かないかはやってみないとわからないのが現状です。

 夫はオプジーボよりも先に抗がん剤をやって、1クール目はまあまあ良かったんですけど、2クール目の途中で感染症になってしまったので、治療はそこでストップせざるをえませんでした。

下山 原発不明がんに対する効果を考えると、最初に行う抗がん剤治療の効果が3割ぐらいで、オプジーボは2割ぐらいと言われているので、抗がん剤の方が効く人が多いわけです。ですから、山田さんも治療の順番はそれで良かったのだと思います。

治療できるかどうか? 医師が判断するポイント

山田 昔からある抗がん剤以外の治療法として、オプジーボの他に注目されているものはありますか。

下山 今はまだ保険適応の範囲でできる治療はありませんが、今後、血液腫瘍で行われている免疫療法が固形癌にも使えるようになることが期待されています。

実は、私たちの体の中では毎日がん細胞が生まれているんですが、免疫がそれを退治しているからがんにならないんですね。逆に言えば、がんになってしまった人は、免疫のスイッチが入らなくなっている状態とも言えます。もし、このような状態の免疫細胞のスイッチを入れることができれば、風邪と同じようにがんも治ることになります。



こうした免疫のスイッチをいれる治療として、「カーティー(CAR-T細胞療法)」や「二重特異性抗体」があります。これらの治療によって、従来の抗がん剤では治らなかった悪性リンパ腫の方でも治るケースが出るようになりました。CAR-T細胞療法は強い副作用がおきる可能性があるため、5年前は限られた施設でしかできませんでしたが、現在は全国100施設以上でできるようになっています。

山田 スイッチさえ入れば、自分の免疫ががんをやっつけてくれる可能性があるわけですね。

下山 このような免疫療法がうまくいくかどうかの決め手は、やはり体力です。体力があるということは、免疫力があるということですから。

先日、ある学会で海外の有名なCAR-T細胞療法の先生が、「高齢者は何歳までCAR-T療法ができるのか?」という質問を受けたんです。すると、いくつかデータ的な説明をした後、「一番の決め手は、患者さんが診察室に入ってきて、椅子にパッと座ってパッと立ち上がれること。それができれば80歳でも治療します」と答えて会場が沸きました。

実際、免疫療法がうまくいくかどうかの指標に、歩行スピードが関係しているという論文もあるのです。

山田 僕は歩行速度がだいぶ落ちたんですよ。

下山 先ほど、山田さんが部屋に入って来られた時の動きを見ましたが、抗がん剤治療を続けているとは思えないほど、見た目が病気に負けていません。

この「見た目の元気さ」というのは、医学的にも非常に重要なのです。かなり強い抗がん剤治療をしながら、お仕事もされているのもすごいことですから、ベースの体力が相当あるのだと思います。

山田 体力はともかく食欲は旺盛ですね。がんになって最初の頃は倦怠感や吐き気といった抗がん剤の副作用で食が細って少し痩せましたが、その後、食欲が回復して、今ではむしろ発症前より太りはじめているくらいです。

下山 食べられるということは、体力を維持するうえで非常に大切です。東さんのご主人は、腸閉塞で食べられない状態からスタートして、体力を奪われてしまいましたから。

 うちの夫は、もともと細かったんですけど、入院する1年ぐらい前から「食べても食べても痩せるんだよね」と言っていて。それで体力をつけるために激しい運動をしていたので、筋肉はすごくついていたんです。細いのにマッチョで、本人は体力に自信を持っていました。でも体重が落ちて痩せていったのは、がんの影響だったんですよね。

免疫力はどうすれば上がるのか?

下山 「笑えば免疫が上がる」「ストレスがあると免疫が下がる」という方もいますが、私は以前、そのようなエビデンスがない話は嘘くさいと思っていました。ところが、最新の免疫療法に実際に携わってみると、そういう話が一周まわって本当に影響あるかもしれないなと思うようになりましたね。

山田 ほう、一周まわって。



下山 先ほどのCAR-T細胞療法では、治療してから免疫が回復するのに1~2年かかります。その間、免疫状態を細かくチェックしているのですが、ストレスが免疫に影響しているのではと感じることがあります。

免疫が戻っていないのに「元気だから」と無理して仕事を再開したり、過剰なトレーニングを始めたりした途端に、数値が悪化した例もあります。ですから、しっかり睡眠をとって、笑顔で毎日をストレスなく過ごすというのは、やはり免疫に影響があると今では思っています。

山田 僕は、がんを公表してから仕事が減ったのがストレスですね(笑)。「何かあったらどうするんだ」と敬遠されるんです。糖尿病や透析の人にはそんなこと言わないのに、なぜかがんは、「明日にも死ぬんじゃないか」と思われてしまう。芸能人ががんを公表しない理由がよくわかりました。

がんは2人に1人が罹る病気ですし、がん患者でも普通に働いている方は世の中にたくさんいらっしゃると思うんですよ。

 いっぱいいますよ。私が本を出して一番驚いたのは、読んでくださった方の中に「実は自分も」とおっしゃる方がたくさんいたことです。みなさん、周りに言っていないだけなんですね。

山田 そのことをもっと多くの人に知ってほしいです。僕はがん患者だからと変に気を遣わないで普通に扱ってほしいし、特別なことをしたいとも思いません。だから家族にも今までと同じ感じで接してほしいし、自分の時間を犠牲にしてほしくないんです。

下山 私も、患者さんやご家族には、あえて同情しすぎないスタイルをとっています。最初に、治らないものは治らないと正直に言いますし、緩和ケアの話も普通にしますが、ちゃんと患者さんの目を見て、隠さず伝えています。

ご家族や周りの人は想いがありますから、どうしても悲嘆に暮れて、別世界に行った人のように特別扱いになってしまいます。当たり前なことではありますが、逆に患者さんにとってはそれが一番つらいことだと思うので。なので、医者の立場としては、上でも下でもなく、一緒にこの病気と戦うために必要なことは何かを感情を挟まないで説明していく。そのほうが信頼されることもわかってきました。

山田 僕も、主治医に「完治はしないだろう」と言われました。たとえ寛解しても、再発する可能性が高いがんであると。こういう話をすると、本人はがんの自覚症状がないのにも関わらず、周りに甘やかされるんです。甘やかされつつ、仕事が減っていく。

下山 医学は日進月歩で、今は治らないとされているがんでも、数年後には新しい治療法が出てくる可能性があります。それまで粘ることが大切です。

終活するより、日常を普通に生きたい

山田 セカンドオピニオンを受けに行ったがん研の先生にも、「がん治療はどんどん進歩している。粘り勝ちだから、粘りましょう」と言われました。それから1年以上粘ってきて、がんの自覚症状がないせいか、もう日常みたいになっているんですよね。ちょっとうまく言えないんですけど、死ぬ気がしないっていうか。このままずっといけるんじゃないか、みたいな気持ちになっちゃっていて。

下山 それが一番理想で、その状態をつくっていくのが治療の目的ですから、今の状態をできる限り継続させていくことが大事です。

山田 僕は、中尾彬さんが体調を崩されてから身辺をきれいに整理して亡くなったと聞いていたので、自分もそうありたいと最初は思ったんですが、本を整理しはじめた時点でイヤになっちゃって。自宅と事務所と倉庫にどのくらい本があるかもわからないから、「もういいや、家族に恨まれてもいいから放ったらかして死んでやろう」と開き直ることで気が楽になりました。

今の僕のように通いで抗がん剤治療を受けながら普通に生きていけるなら、なにも終活を急ぐ必要もありませんしね。粘り勝ちを目指して、終活する暇があるなら仕事を続けていきたいと思います。



構成/樺山美夏 写真/野﨑慧嗣 山田五郎氏スタイリング/土屋大樹

見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録

東 えりか
「終活より、仕事をしたい」原発不明がんの自覚症状がなく元気そうに見える山田五郎さんに希少がん専門医が伝えた治療のカギ
見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録
2025/10/242,200円(税込)336ページISBN: 978-4087817683

夫の突然の腹痛、そして入院。検査を繰り返すが、原因は不明。
ようやく診断がついたときには、余命わずか数週間。
「原発不明がん」とは、いったい何なのか?

第22回開高健ノンフィクション賞最終候補作

【各界から絶賛の声、続々!】
理不尽極まりない、まさに「見えない死神」。明日は我が身。震え上がりながら一気に読んだ。
――成毛眞氏(「HONZ」代表)

哀しみの底に沈みながらも、決して諦めない。検証し続ける。その圧倒的な想いの強さに胸うたれる。
――小池真理子氏(作家)

著者は、愛する人を「希少がん」で亡くすという個人的な体験を病の普遍的な記録にまで昇華させた。苦しみを同じくする人々や医療難民にとって必見の情報と知見がここにある。
――加藤陽子氏(歴史学者)

【本書の内容】
ある休日、夫が原因不明の激しい腹痛に襲われた。入院して検査を繰り返すが、なかなか原因が特定できない。ただ時間ばかりが過ぎ、その間にも夫はどんどん衰弱していく。
入院から3ヶ月後、ようやく告げられたのは「原発不明がん」の可能性、そして夫の余命はわずか数週間ではないか、というあまりにも非情な事実だった。

この「原発不明がん」とは、一体いかなる病気なのか?
治療とその断念、退院と緩和ケアの開始、自宅での看取り……。発症から夫が亡くなるまでの約160日間を克明に綴るとともに、医療関係者への取材も行い、治療の最前線に迫ったノンフィクション。

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