〈グラミーでかました伝説のライブ〉ダフト・パンクがデジタルを捨て「生演奏」で掴んだ最大の賞賛…一度は“売れなかった”2人組が、世界を変えたパフォーマンス
〈グラミーでかました伝説のライブ〉ダフト・パンクがデジタルを捨て「生演奏」で掴んだ最大の賞賛…一度は“売れなかった”2人組が、世界を変えたパフォーマンス

2021年に解散した、エレクトロニック・ミュージックのデュオのダフト・パンク。ダンスミュージ史上最も影響力のあるアーティストの1組としても有名な2人組だが、12年前の1月26日に彼らが伝説的な存在となったパフォーマンスが行なわれた。

ダフト・パンク、はじまりはロックバンド!?

2014年1月26日。世界最大級の音楽の祭典『第56回グラミー賞授賞式』が催された。

ポール・マッカートニーとリンゴ・スターによる共演や、17歳にして最優秀楽曲賞を受賞した注目の新人アーティストのロードによるステージなど、グラミーの舞台にふさわしいパフォーマンスが次々と披露された。

そんな豪華絢爛なアーティストたちを差し置いて、最大の称賛を浴びたのが2人組のユニット、ダフト・パンクだ。

パリで暮らす学生、トーマ・バンガルテルとギ=マニュエル・ド・オメン=クリストが出会ったのは1987年。

2人は流行の音楽よりも、1960~70年代のロックやソウルが好きだったことから意気投合し、1990年にはロックバンドを結成する。しかし残念ながら、そのバンドが花開くことはなかった。

しかし、シンセサイザーやドラムマシンを導入して、「ハウス・ミュージック」と呼ばれる、ソウルに根ざしたエレクトロな音楽を作り始めると、1995年に念願のレコード・デビューを果たす。

続く2ndシングル『ダ・ファンク』がヨーロッパ全土で大ヒット、ダフト・パンクは瞬く間にクラブ/ハウス・シーンを牽引する存在となった。

それ以来、4~5年に1枚というスローペースながらも、細部まで作りこまれたハイレベルな作品を発表し続けて、ダフト・パンクは世界を代表するデュオになる。

5年かかった大胆な路線変更

そんな彼らが、新たなコンセプトのアルバム制作に取り掛かったのは2008年。それまでサンプリングやループといったデジタルな手法で作ってきた音楽を、人間の手による生の演奏で再現したいと考えた。

プロダクションはその方向性に難色を示したが、2人は一歩も譲らず、彼らがサンプリングで使ってきたドラムやベース、ギターを実際に鳴らせるプレーヤーたちを集結させた。

結果としてソウルやファンク、ディスコ、フュージョンなど様々なジャンルで時代を牽引してきた世界最高峰のミュージシャンたちによる、夢のようなセッションバンドが実現した。

制作に取り掛かってから5年後の2013年5月。ようやくリリースされた4枚目のアルバム『ランダム・アクセス・メモリーズ』は、デジタルの手法を排除して、1970年代のソウルやディスコ、ファンクを前面に押し出すという大胆な路線変更で、ファンを驚かせながらも世界中で大ヒットする。

中でも、ファレル・ウィリアムズがボーカルで参加した『ゲット・ラッキー』は、スポティファイで1億回以上再生され、史上最もストリーミングされた楽曲として認定された。

『ランダム・アクセス・メモリーズ』は懐古主義的にも捉えられかねないが、彼らにとっては意味のある挑戦だったという。

世界から切り離されたスタジオ。そんなカプセルの中にいるようなイメージにしたかったという。その時代の音楽を現在と未来へ持って行ったらどうなるのか。時代が変わっても伝わるのか。

そしてグラミーのステージでは、その“世界から切り離されたスタジオ”が見事に再現されることになった。

そこには『ランダム・アクセス・メモリーズ』にも参加したナイル・ロジャースをはじめ、時代を牽引してきた凄腕のプレーヤーたちが集まって、レコーディングを始めようとしている。観客たちは、現代からタイムスリップしてその歴史的瞬間を目撃できるという演出だ。

ゲストとしてスティーヴィー・ワンダーも加わり、その年の最優秀レコード賞を受賞した『ゲット・ラッキー』の演奏が始まった。

曲の途中で、それまで閉ざされていたミキシング・ブースのシャッターが上がり、ダフト・パンクの2人が登場すると、会場の盛り上がりは最高潮に達した。

過去と現在、そして未来を1つにつないだこのパフォーマンスは、ダンス・ミュージックのみならず、その先の音楽の可能性を指し示した。

文/佐藤輝 編集/TAP the POP

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