20歳で靴紐の結び方もわからなかった46歳ひきこもり男性「心は小5のままなのに、体が大人になっていて」9年ぶりに部屋を出た“意外なきっかけ”
20歳で靴紐の結び方もわからなかった46歳ひきこもり男性「心は小5のままなのに、体が大人になっていて」9年ぶりに部屋を出た“意外なきっかけ”

小5で不登校になり、「人生の半分はひきこもっていた」という40代男性。両親はアルコール依存症で夫婦喧嘩ばかりしており、男性自身はコンプレックスの塊だった。

20歳で一度外に出たが、人間関係がうまくいかず、再びひきこもった。絶望感を抱えて自分を責めてばかりいた男性がひきこもりを脱することができた理由とは――。(前後編の前編)

アルコール依存症の両親が毎晩のように喧嘩

「家は地獄でしたね。正直、どこかに逃げられたらよかったけど、子どもなんで逃げる場所も知らないし」

その穏やかな口調とは裏腹に、ケイさん(46)が育った環境は過酷だ。病院勤めだった父親と専業主婦の母親はアルコール依存症で、毎晩、焼酎を流し込むように飲んでいたという。

「2人とも精神的に弱くて、人生の生きづらさを忘れたいからお酒を飲むという感じです。特に母親は被害妄想の塊みたいなところがあって、飲んでいる間中、愚痴を言うんですね。誰々がどうした、あの人は嫌いだとか。

父親は寡黙だけど結構、亭主関白なタイプで、母親に『お前が悪いんだ』とか言って手を出す。母親も勝ち気な人なので反撃するから、殴り合い、物の投げ合いになる。夫婦喧嘩が始まると危ないんで、俺と兄は別の部屋に逃げ出して。そんなことが日常茶飯事で、恐怖でしたよ」

ケイさんはどうにかして酒をやめさせようと、子どもなりに知恵を絞った。思いついたのは、“いい子の仮面”をつけること。

「自分は何のために生きているんだろうとか、人生哲学みたいなことを考えてしまう子どもだったんです。親が喧嘩する理由を考えて、機嫌がよかったら飲まないんじゃないかと思って、親におべっか使うみたいな感じで、いい子の仮面をつけたまま接していました。まあ、それでも両親は飲んじゃうんですけどね」

自己肯定感が皆無で早く死にたかった

学校も安らげる場ではなかった。人見知りのケイさんは人と関わるのが苦手。誰とも話さず、学校でも仮面をかぶったまま「存在を消して」過ごしていたそうだ。

3歳上の兄が中学2年で不登校になり、ケイさんも後を追うように行かなくなった。小学5年生のときだ。

「兄が学校に行かなくなった理由は知らないけど、そんな選択肢があるんだ、おお、素晴らしいと(笑)。母親は体裁を気にして、力づくで学校に引っ張って行かされたけど、1週間くらいで『もう勝手にしなさい』と。

2人でひきこもった後は、母親が家事をしなくなりまして。カップ麺やパン、お弁当を買ってきて、置いてある。狭い団地暮らしなので、誰もいないなと感じたら、食べ物をあさりに行くって感じでした」

そして、少しためらいながら、ケイさんが打ち明けてくれたのは、ある事実。

「実は自分、性自認が女性なんですよ。

10代のころから自覚があって、最初は男性として男性が好きなのかなと思ったけど、女性として男性が好きだと気づいて。本当は女性に生まれたかった。不登校とは直接関係ないけど、それが、どんどん自分を追い詰めてしまう理由にはなっていましたね。叶わない願いを想ってしまって」

中学は1日も行かないまま卒業。高校にも進学せず、家でひたすらゲームをしていた。

「ファミコン、スーパーファミコン、携帯ゲーム機など、なぜかゲームは買ってもらえたので。将来のこととか何も考えてなかったです。自己肯定感が皆無で、生きててすみませんみたいな感じ。だから早いとこ死にたい。想像では何度も自殺したけど実行に移す勇気は持てないから、何かの病気で死なないかなと思ってました」

心は小5のまま体だけ大人になっていて衝撃

20歳のとき9年ぶりに外に出た。きっかけは、ゲームだった。そのころインターネットに接続できるゲーム機が発売され、オンラインゲームに熱中。ネット上の相手とはチャットでやりとりをしていたのだが、ケイさんは自分がひきこもりだとは言えず、フリーターだと称していた。

「例えば、『カラオケでバイトしてる』と言うと『どんなことするの?』と聞かれるけど、具体的には何も話せない。『大したことしてないよ』と逃げるけど、どんどん居心地が悪くなってきて、ウソにウソを重ねていくのがキツくなってくるんですね。

で、せめて自分が作り上げたフリーター像に追いつきたい。そのために、外へ出たいっていう気持ちが、ちょっとずつ湧いてきたんです」

だが、本当に大変だったのはそこからだ。外に出ようと決めて、初めて姿見鏡で全身を見たときのこと。

「ホント、衝撃的でした。心は小5のままなのに、体が大人になっていて、『誰だ、こいつは?』みたいな感じで。ビックリしましたね。名探偵コナン君と逆パターンです(笑)」

ずっと与えられたジャージやスエットで過ごしていたので、外に出るための洋服も靴もない。ケイさんが頼ったのは1人暮らしをしていた兄だ。お下がりをもらったが、スニーカーも自分1人で履けなかった。

「子どものときはベリベリって留める靴を履いてたんで、靴紐が結べなくて泣いたんです。

誰かに見られるのが怖くて、深夜に散歩から始めました。1歩を踏み出したとき、コンクリートから跳ね返ってくる衝撃がすごくでかかったのが、新鮮でしたね」

実家から離れたほうがいいと言われ兄と一緒の部屋で同居したが、何もかもが初めてで最初は買い物すら怖かった。髪を切りに行ったときも、床屋の前で尻込みして帰ってきてしまい、家で泣きじゃくったという。

「電車も1人では乗ったことがないから、まず切符をどうやって買うのか、わからない。改札では、以前は駅員が鋏をチャンチャン鳴らして切符を切っていたのに、切符を通すと自動で出てきたので、『なんだ、これ?』って(笑)。兄に事細かに全部聞かないと不安で飛び込めなかったので、そのころは兄も相当負担だったと思いますね」

人間関係のトラブルでアルバイトが続かない

初めてのアルバイトはスポーツクラブの清掃。新聞の折り込みチラシで見つけた。

「何もできないと思っていたので、自分にもできることがあったと、うれしくはありました。ようやくフリーターへの一歩が踏み出せたなと」

1、2年後に1人暮らしを始めた。兄に「そろそろ別で暮らそう」と言われたのだが、自分の稼ぎだけでは足りず親に家賃を半分払ってもらった。その後もファストフード、カラオケなどいろいろなアルバイトをしたが、どこも人間関係のトラブルが原因で続かない――。

「普通に働けることに、ちょっとずつ自信を重ねていくと、子どもらしく調子に乗ってしまうんです。例えば、『俺はできるけど、君はこれできないんだ』とか、言葉の節々から棘が出てしまう。

ウソを交えて誇張する癖も抜けない。

自分は学もなければ、人付き合いの経験もない。コンプレックスの塊だったので、自分のほうができているぞと言いたくなっちゃう。自己防衛の一種なんですけど」

データ入力のバイトをしているとき、ある社員からこう言われた。

「例えで出してるけど、これ、君のことだと気づいてないよね」

そのときは真意がわからなかった。だが、自分がよく思われていないということは感じて、その職場も辞めた。

「いつもそうなんです。自分が招いてることなんですけど、段々と居心地が悪くなって。後になって『ああ、あれは自分に対して言ってたのか』と気付く。それが積み重なって苦手が増えていって、どんどん追い詰められていっている自覚はありました」

外の世界で生きられないと絶望して再びひきこもる

26歳で実家に戻った。最後のほうはまともに働けず、生活費を全部親に負担してもらっていたので、「戻って来い」と言われたのだ。

「もう自分は外の世界で生きていけないと絶望して……。

現実を忘れたくて、没頭できるゲームをひたすらやっていました。ゲーム依存に近い。親のお酒と一緒かもしれないですね」

2度目のひきこもりは7年に及んだ。33歳で脱した理由を聞くと、少し考えて、「単純に時間がダメージを和らげてくれた気がします」と答える。

「両親は相変わらず飲んだくれで、実家の状況が最悪っていうのは変わらなくて。自分の3畳の部屋は襖で仕切られているだけなので、酔った母親が愚痴を聞いて欲しくて勝手に開けてくるのも、ホントに嫌で。だから、実家から出たい欲はあるんです。それが勝ったってだけの話ですね」

今度はやり方を変えて、自助団体に頼ることにしたが、そこでも苦難の日々が待っていた――。

〈後編へつづく『人生の半分、3度もひきこもった46歳男性がようやく“生きていていい”と思えた瞬間』〉

取材・文/萩原絹代

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