小5で不登校になり、「人生の半分はひきこもっていた」という40代男性。両親はアルコール依存症で夫婦喧嘩ばかりしており、男性自身はコンプレックスの塊だった。
アルコール依存症の両親が毎晩のように喧嘩
「家は地獄でしたね。正直、どこかに逃げられたらよかったけど、子どもなんで逃げる場所も知らないし」
その穏やかな口調とは裏腹に、ケイさん(46)が育った環境は過酷だ。病院勤めだった父親と専業主婦の母親はアルコール依存症で、毎晩、焼酎を流し込むように飲んでいたという。
「2人とも精神的に弱くて、人生の生きづらさを忘れたいからお酒を飲むという感じです。特に母親は被害妄想の塊みたいなところがあって、飲んでいる間中、愚痴を言うんですね。誰々がどうした、あの人は嫌いだとか。
父親は寡黙だけど結構、亭主関白なタイプで、母親に『お前が悪いんだ』とか言って手を出す。母親も勝ち気な人なので反撃するから、殴り合い、物の投げ合いになる。夫婦喧嘩が始まると危ないんで、俺と兄は別の部屋に逃げ出して。そんなことが日常茶飯事で、恐怖でしたよ」
ケイさんはどうにかして酒をやめさせようと、子どもなりに知恵を絞った。思いついたのは、“いい子の仮面”をつけること。
「自分は何のために生きているんだろうとか、人生哲学みたいなことを考えてしまう子どもだったんです。親が喧嘩する理由を考えて、機嫌がよかったら飲まないんじゃないかと思って、親におべっか使うみたいな感じで、いい子の仮面をつけたまま接していました。まあ、それでも両親は飲んじゃうんですけどね」
自己肯定感が皆無で早く死にたかった
学校も安らげる場ではなかった。人見知りのケイさんは人と関わるのが苦手。誰とも話さず、学校でも仮面をかぶったまま「存在を消して」過ごしていたそうだ。
3歳上の兄が中学2年で不登校になり、ケイさんも後を追うように行かなくなった。小学5年生のときだ。
「兄が学校に行かなくなった理由は知らないけど、そんな選択肢があるんだ、おお、素晴らしいと(笑)。母親は体裁を気にして、力づくで学校に引っ張って行かされたけど、1週間くらいで『もう勝手にしなさい』と。
2人でひきこもった後は、母親が家事をしなくなりまして。カップ麺やパン、お弁当を買ってきて、置いてある。狭い団地暮らしなので、誰もいないなと感じたら、食べ物をあさりに行くって感じでした」
そして、少しためらいながら、ケイさんが打ち明けてくれたのは、ある事実。
「実は自分、性自認が女性なんですよ。
中学は1日も行かないまま卒業。高校にも進学せず、家でひたすらゲームをしていた。
「ファミコン、スーパーファミコン、携帯ゲーム機など、なぜかゲームは買ってもらえたので。将来のこととか何も考えてなかったです。自己肯定感が皆無で、生きててすみませんみたいな感じ。だから早いとこ死にたい。想像では何度も自殺したけど実行に移す勇気は持てないから、何かの病気で死なないかなと思ってました」
心は小5のまま体だけ大人になっていて衝撃
20歳のとき9年ぶりに外に出た。きっかけは、ゲームだった。そのころインターネットに接続できるゲーム機が発売され、オンラインゲームに熱中。ネット上の相手とはチャットでやりとりをしていたのだが、ケイさんは自分がひきこもりだとは言えず、フリーターだと称していた。
「例えば、『カラオケでバイトしてる』と言うと『どんなことするの?』と聞かれるけど、具体的には何も話せない。『大したことしてないよ』と逃げるけど、どんどん居心地が悪くなってきて、ウソにウソを重ねていくのがキツくなってくるんですね。
で、せめて自分が作り上げたフリーター像に追いつきたい。そのために、外へ出たいっていう気持ちが、ちょっとずつ湧いてきたんです」
だが、本当に大変だったのはそこからだ。外に出ようと決めて、初めて姿見鏡で全身を見たときのこと。
「ホント、衝撃的でした。心は小5のままなのに、体が大人になっていて、『誰だ、こいつは?』みたいな感じで。ビックリしましたね。名探偵コナン君と逆パターンです(笑)」
ずっと与えられたジャージやスエットで過ごしていたので、外に出るための洋服も靴もない。ケイさんが頼ったのは1人暮らしをしていた兄だ。お下がりをもらったが、スニーカーも自分1人で履けなかった。
「子どものときはベリベリって留める靴を履いてたんで、靴紐が結べなくて泣いたんです。
実家から離れたほうがいいと言われ兄と一緒の部屋で同居したが、何もかもが初めてで最初は買い物すら怖かった。髪を切りに行ったときも、床屋の前で尻込みして帰ってきてしまい、家で泣きじゃくったという。
「電車も1人では乗ったことがないから、まず切符をどうやって買うのか、わからない。改札では、以前は駅員が鋏をチャンチャン鳴らして切符を切っていたのに、切符を通すと自動で出てきたので、『なんだ、これ?』って(笑)。兄に事細かに全部聞かないと不安で飛び込めなかったので、そのころは兄も相当負担だったと思いますね」
人間関係のトラブルでアルバイトが続かない
初めてのアルバイトはスポーツクラブの清掃。新聞の折り込みチラシで見つけた。
「何もできないと思っていたので、自分にもできることがあったと、うれしくはありました。ようやくフリーターへの一歩が踏み出せたなと」
1、2年後に1人暮らしを始めた。兄に「そろそろ別で暮らそう」と言われたのだが、自分の稼ぎだけでは足りず親に家賃を半分払ってもらった。その後もファストフード、カラオケなどいろいろなアルバイトをしたが、どこも人間関係のトラブルが原因で続かない――。
「普通に働けることに、ちょっとずつ自信を重ねていくと、子どもらしく調子に乗ってしまうんです。例えば、『俺はできるけど、君はこれできないんだ』とか、言葉の節々から棘が出てしまう。
自分は学もなければ、人付き合いの経験もない。コンプレックスの塊だったので、自分のほうができているぞと言いたくなっちゃう。自己防衛の一種なんですけど」
データ入力のバイトをしているとき、ある社員からこう言われた。
「例えで出してるけど、これ、君のことだと気づいてないよね」
そのときは真意がわからなかった。だが、自分がよく思われていないということは感じて、その職場も辞めた。
「いつもそうなんです。自分が招いてることなんですけど、段々と居心地が悪くなって。後になって『ああ、あれは自分に対して言ってたのか』と気付く。それが積み重なって苦手が増えていって、どんどん追い詰められていっている自覚はありました」
外の世界で生きられないと絶望して再びひきこもる
26歳で実家に戻った。最後のほうはまともに働けず、生活費を全部親に負担してもらっていたので、「戻って来い」と言われたのだ。
「もう自分は外の世界で生きていけないと絶望して……。
2度目のひきこもりは7年に及んだ。33歳で脱した理由を聞くと、少し考えて、「単純に時間がダメージを和らげてくれた気がします」と答える。
「両親は相変わらず飲んだくれで、実家の状況が最悪っていうのは変わらなくて。自分の3畳の部屋は襖で仕切られているだけなので、酔った母親が愚痴を聞いて欲しくて勝手に開けてくるのも、ホントに嫌で。だから、実家から出たい欲はあるんです。それが勝ったってだけの話ですね」
今度はやり方を変えて、自助団体に頼ることにしたが、そこでも苦難の日々が待っていた――。
〈後編へつづく『人生の半分、3度もひきこもった46歳男性がようやく“生きていていい”と思えた瞬間』〉
取材・文/萩原絹代

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