小5で不登校になり、「人生の半分はひきこもっていた」という40代男性。両親はアルコール依存症で夫婦喧嘩ばかりしており、男性はコンプレックスの塊だった。
シェアハウスでも“いい子の仮面”は外せず
33歳で2度目のひきこもりを脱したケイさん(46)が、ネットで調べて身を寄せたのは、ある自助団体のシェアハウスだ。
「アルバイトが続かなかったことで、コミュニケーションの問題があることは自分でも自覚していたので、共同生活で他人との受け答えも学べるかなと。費用は親が出してくれました。俺の学費は一切払ってないので、いいよって」
シェアハウスでは毎日日記を書いて、他の入居者やスタッフと話をする時間がある。だが、そこでも“いい子の仮面”は外せなかった。
「本当に思っていることは日記に一切書かず、上っ面のいいことばっかり書いていました。向こうの望む答えを書くっていう。子どものころから処世術としてやっているので、仮面をつけているっていう自覚がないんです」
スーパーでアルバイトを始め、1年経つと正社員にならないかと声をかけられた。最初は普通に働いていたのだが、魚売り場に配属されると、異常な激務が待っていた。
ブラック職場でうつになり、3度目のひきこもり
朝4時に起床。5時に職場に着いて働き始めるが、出勤のタイムカードを押すのは7時だ。17時に退勤のタイムカードを押すと、上司に「明日の仕込みやっといて」と言われて閉店の23時まで働く。
「最終的にはサブチーフまで行って、商品のレイアウトとかいろいろ学ぶ機会があって、仕事はためになると思いました。でも、昔ながらのブラックな職人世界で、特訓のつもりなんです。上司も前の人から同じやり方をされていたので。
『早く結婚しろ』とか勧められるのも嫌でした。そのスーパーでは6年働きましたが、最後は精神的に参ってしまい……変なところでミスするし、うつだったんだと思います」
誰かに相談できれば違ったのかもしれないが、それも無理だった。
「シェアハウスでは、正社員で働いていることをくり返しほめてもらえたし、自助団体のトップからは、『君はひきこもっていた期間が長いから、その分、人一倍頑張らなきゃね』と言われて、余計に仮面を外せなくなり、ツラいとは吐露できなくて……」
最後のひと押しは、仲のよかった年下の同僚にかけられた言葉だ。
「俺も年内で辞めるし、もう辞めちゃいなよ」
退職する少し前にシェアハウスを出て1人暮らしを始めていたので、そのまま力尽きるようにアパートにひきこもった。39歳のときだ。
自分のせいで周りの人を不幸にしている
3度目のひきこもりは4年間続いた。以前ひきこもったときのようにゲームに逃げたかったが、貯金を取り崩しながらの生活で不安がつのる。ゲームにものめり込めず、ひたすら自問自答を続けたという。
「自分は子どものころから自己肯定感が皆無で、親がアル中なのも、家の中が最悪なのも、全部自分が引き起こしている、自分が周りの人を不幸にしているんだと思っていました。家を出た後も、自分の人間性が悪いから人とコミュニケーションを取れないんだとか、自分が弱いから仕事を辞めたんだとか、ずっと自分を責め続けたんです。
眠いのに眠れないとき、自分を責めていると、もうダウナーになるしかないから眠れるんですよ。逆に、前向きなことを考えようとすると、焦りも出てくるし頭がグルグルして眠れなくなる。だから自分にとって楽なほうに流れただけなんです」
泥沼のような状態から助け出してくれたのは兄だ。1~2か月に1度、電話で話を聞いてくれた。
「兄がくり返し言ってくれたのは、親があんな風だから子どもがこうなったんだ。自分のせいだと思わなくていいんだと。あんな親でも憎んだり、嫌いになるのはいけないことだと思っていたけど、『憎んでてもいいんだ』とも言ってくれて。
自分を責める悪癖を止めないと好転しないと気づいて、すぐにすべてをひっくり返せたわけじゃないけど、ちょっとずつ、ちょっとずつ考え方を変えて。
兄が教えてくれた認知行動療法も学んで、『 自分 はそうやって生きるしかなかったんだ』と自分を許して、受け入れていく作業は長くて大変だったけど、兄がずっと付き合ってくれたんです。5時間とか話すのがざらでした」
その当時、すでに兄は家庭を持ち看護師として働いていた。
「俺は家族全員から否定されていた子なんですよ。今思えば、家族全員、人生を耐えるために、自分より下のポジションが必要だった。だから、俺がなんかやろうとすると母親から 『余計なことしないで』と散々言われたし、 子どもらしく絵を描いてたときも兄から『下手』と言われて。
肯定されたことがほとんどないから、自己肯定感が皆無になった。それを兄はわかっていて、謝ってくれました。
そして、何より、俺がこのまま人生の楽しさとか喜びとか、何も知らないまま死ぬのはもったいないって」
「父親は憎んでいないけど、母のことは未だに許せない」
ケイさんが変わりつつあったある日、父親が喉頭がんで余命宣告をされた。それでも、変わらず酒を飲み続ける母親に、「俺は死ぬっていうのに、どうしてお前はそうなんだ」と父親が爆発。母親に包丁を突き付けて警察沙汰に。 両親を警察まで迎えに行ったのは、ケイさんだ。
「ひきこもりの自分が警察に行くのは大変でしたけど、兄は夜勤で行けなくて。飲んだくれて保護された母親を迎えに行ったことも何度かありました 」
警察で「事件が再発しないよう兄弟で何とかしてくれ」と言われ 誓約書を書かされた。
「父のことは恨んでも憎んでもいないです。同情するわけじゃないんですけど、父にとっても家が最悪の状況の中で家族のために働き続けた。稼ぎ続けた。いや、正直、すごいなと。でも、母のことは未だに許せてはいないです。だけど、離れていれば、どうでもいいかな」
まもなく父親が逝去。葬儀が終わると、ケイさんと兄は役所関係、銀行や携帯電話の解約など、さまざまな手続きに追われた。
「自分の貯金も尽きかけていたし、父親が死んだら自分も死ぬしかないと思っていました。それが、やったことのない手続きとかハードルを一つ一つクリアしていくと、自分でもいろいろできるんだという実感が持てて、前向きな気持ちが湧いてきたんです。そういう意味では、父がくれたきっかけに感謝しています」
ようやく人生を楽しめるようになった
区役所に仕事の相談に行くと、ひきこもりの相談窓口につないでくれた。
「生活保護には抵抗がありましたが、兄にも『受ける権利がある』と言われて。 明確ではないけど、2年と期限を決めて受けることにしました。ずっと何かに追われているような日々をくり返していたので、人生で初めての安らぎの時間でしたね。
気軽に相談できる窓口を見つけられたのも幸運でした。生活保護という制度や窓口とかの公共サービスを、自分本位で利用してもいいんだっていう気付きも得たし」
ハローワークで相談して清掃の短時間アルバイトから始め、昨年2月に障害者雇用でIT企業に就職。総務の仕事をしている。
「やり直すのに、遅すぎることはないんですね。自分は何でも話せる兄がいて本当に恵まれていると思います。人生の半分をひきこもっていて、恵まれているって何だよと言われるかもしれないけど(笑)、抜け出せない人もいるし。
3度のひきこもりから外に出るたびに『よく抜け出せたね』と言われたけど、本当の意味で抜け出せたのは、今回かなと思う。
最近は食への興味がわいてきた。スーパーで働いていたときは、「お腹がふくれりゃいい」としか思っていなかったが、今は味の追求をするのが楽しい。「魚が好きなので港に行って美味しい海産物を食べたい」と目を輝かせる。
〈前編はこちらから『20歳で靴紐の結び方もわからなかった46歳ひきこもり男性「心は小5のままなのに、体が大人になっていて…」』〉
取材・文/萩原絹代

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