〈FIFA内部崩壊〉トランプ大統領に「平和賞」授与の迷走…人権と反差別を掲げてきた組織に何が起きているのか? 国際プロサッカー選手会理事が読み解く
〈FIFA内部崩壊〉トランプ大統領に「平和賞」授与の迷走…人権と反差別を掲げてきた組織に何が起きているのか? 国際プロサッカー選手会理事が読み解く

今年6月に開催されるサッカーW杯北中米大会。しかし、主催するFIFAの腐敗は留まるところを知らない。

スポーツの裏側を取材するジャーナリストの木村元彦氏が警鐘を鳴らす、国際サッカーの未来とは?

人種差別を厳罰化するFIFAの矛盾

驚愕を禁じえないニュースだった。昨年12月5日、FIFAのジャンニ・インファンティ―ノ会長が、米国大統領のドナルド・トランプにFIFA平和賞を授与したのである。

他の候補者も存在しない中、選出のプロセスは公開されず、まさにトランプに授与するためだけに新設された平和賞であった。世界中が注目するW杯北中米3ヶ国大会の組み合わせ抽選会に組み込んだこの授賞式は、FIFAが米国大統領にすり寄るために演じられた茶番であると批判を集めた。

サッカーの母国イギリスの人権団体フェアスクエアは、それまでもインファンティーノがトランプの大統領就任式に出席するなど、現在の米国の政策を支持する言動を繰り返していたことを問題視し、「インファンティーノは(FIFAの内規にある)政治的中立を無視し、スポーツの利益を損なう動きをしている。これはFIFAの不合理な統治構造によってもたらされた」と指摘している。

他にも矛盾は隠しきれない。これまでFIFAは「Say No To Racism(差別にNoと言おう) キャンペーン」など人種差別を厳罰化した対策を打ち出しており、インファンティ―二もまた2024年に「人種差別をするサポーターのいるチームの試合は没収すべきだ」と公式Xで声明を発信している。

しかし、平和賞を与えたトランプは「不法移民が住民のペットを食べている」という根拠の無い移民差別の発言を繰り返したり、トランスジェンダーの存在を否定する「性別は男女だけ」という大統領令に署名している。

不条理に満ちたFIFAは今どうなっているのか。断続的な報道に接しているだけでは、その実相を知るのは、困難である。そこで長きに渡り、業務としてFIFAにも直接関わり、現在はFIFPRO(国際プロサッカー選手会)の理事としてそのステークホルダー(利害関係者)の立場から業務に携わる山崎卓也弁護士に話を聞いた。

山崎弁護士は元日本代表の中田英寿氏の弁護士や、日本プロ野球選手会、日本プロサッカー選手会などの顧問弁護士を務め、2004年には古田敦也会長を支え、日本プロ野球界初のストライキを完遂させ、球団減を阻止している。

IF(国際競技連盟)としてのFIFA、選手に対する使用者としてのFIFAを語ってもらう上で恰好の人物である。

――かつてFIFAは日本のスポーツジャーナリズム界隈でポジティブなイメージで捉えられていました。プロ野球界で紛争が起きると、渡辺恒雄読売グループ総帥が、「ジャイアンツをNPB(日本野球機構)から脱退させて新リーグ設立だ」という揺さぶりをかけてきた、その都度、野球界にも世界的に統一されたIF(国際競技連盟)があれば、こういう剛腕オーナーの横暴も阻止できるのに、という論評が流通していました。

FIFAは2015年にW杯招致活動に関する巨額な贈賄事件と脱税が露見しましたが、問題役員は逮捕され、差別撤廃に向けての動きも加速したように見受けられました。新たなガバナンス体制の下で自浄作用に期待する声も大きかったのですが、今この組織はいったいどうなっているのでしょうか。

山崎「確かに国際競技連盟がピラミッド型のエンフォースメントシステム(取り締まり)を持って、横紙破りの分裂運動などを是正して競技を公正に統一して利益を分配するという美しい理念を体現しているのならば、これは素晴らしいものです。

ただそれを運営する人材に問題があれば、独裁に堕してしまうんです。仰るとおり、2015年に大きなスキャンダル、FIFAゲート(汚職)事件 がありました。そこから立ち返って見てみるとよく分かります」

トップ交代も自浄作用は働かず…

2015年にFIFAの巨額汚職が米国司法当局によって摘発された。

一説にはアメリカが2018年のW杯開催権をロシアに取られたことの意趣返しとも言われるが、捜査の結果、FIFAの幹部たちは、大手広告代理店などから国際大会の放映権やスポンサー権などを獲得する見返りとして、巨額の賄賂を約24年間に渡って受け取っていたことが判明した。

またロシア大会、カタール大会などの開催についても投票権を持つ、各国のサッカー協会会長、FIFA副会長たちが億単位の賄賂で買収されていたことが露見する。大きな腐敗が暴かれたことで、ゼップ・ブラッター会長以下、幹部たちは退陣に追い込まれた。

そして新しく2016年に会長に就いたのが、弁護士であり、UEFAでミシェル・プラティニの下で事務局長をしていたインファンティーノだった。

インファンティーノは地に落ちたFIFAの信頼を回復させるため、プロサッカーのステークホルダーとのやりとりを専門に行う部署をあらたに設置した。

山崎「FIFAゲート事件が起きて、世界中からのパブリックプレッシャーがあった中、信頼回復のためにFIFAが打ち出した失地回復キャンペーンは素晴らしいものがありました。

まずプロサッカー部門という選手を含めたステークホルダーとの関係を重視するセクションを作り、更にはFIFA人権政策というのを採択して、『全世界のあらゆる人権問題をサッカーの枠組みで解決していく』ということを発信したんです。

こんなにも高尚で意欲的なアジェンダ(課題)が登場したことに私自身もすごくロマンを感じてFIFA の仲間といろんなプロジェクトをやりました。

ところが、今、こうして振り返ってみると、それは結局、確たる理念に基づくものというよりは、スキャンダルがあったあとの火消しという要素がかなり強かったように思います。

アジェンダ遂行は、しっかりと根付いた理念と結びついていれば強力なんですけど、要はスキャンダルで刺されたから、それが次は起きないように当面はステークホルダーと良い関係を保とうとしたに過ぎなかったともいえると思います。

そもそも、FIFAゲートが起きた原因は、トップに君臨する人たちが「票を買う」ことができるというガバナンスの構造にあったので、それを変えない限りは同じことが繰り返されることは予想されていたのに、結局、その構造は変わらなかった。

なので、FIFAゲートから時間が経って、また会長に権限が集中する構造の問題点が顕在化したのです。FIFAゲート直後も今も、会長がインファンティーノであるということは変わっていないのに、今は、ステークホルダーとの関係は全く変わっています。つまり会長の独裁を牽制する仕組みがないのです。

結果的にインファンティ―ノの発言はポジショントークに過ぎなかった。FIFAゲート事件からほぼ10年が経った。

何と言う皮肉か。先述したイギリスの人権団体フェアスクエアによってこのFIFA倫理委員会に「中立義務違反」で異議申し立てをされたのが、当の設立者インファンティ―ノであった。

金のためにW杯を2度開催にしようと画策

山崎「2016年の動きは、疑獄事件の後に大きな危機感を感じていたからそうなったわけですが、結局、FIFAの決定に関与する権利については、その後も選手やリーグに与えられることなく、本質的な改革が行われずに徐々に薄れて行きました。

今、FIFAはガナバンス改革において世界の選手会であるFIFPROや欧州リーグから、歴史上最大の複数訴訟を受けています。FIFAは一見、民主的に運営されているように見えて決してそうではないのです」

ここで山崎は問題は構造的に2つあると指摘した。

山崎「それは、一つのスポーツに一つの競技団体ということで、他の大会が主催されずに独占に陥るということ。もう一つは限られたステークホルダーにしか、決定に関与する機会が設けられていないということ。

FIFAはいわゆる制限民主制なのです。競技人口もビジネスで動くお金もこれだけ大きな規模になっているのに議決権を持っているのは、いまだに各国のサッカー協会だけで、選手や各国リーグの意見が届かないのです」

2021年には、4年周期で行われていたW杯を2年に一度に開催するという提案がFIFAから提出された。2年開催という周期ならばFIFAの収入は劇的に増える。

しかし、年間70試合以上のゲームに出続けている選手のコンディションを考えれば、たまったものではない。W杯予選が加われば、超過密日程になることは自明であり、また大会の価値も低下する。

当然ながら、各国リーグもFIFPROも反発して実現には至らなかった。

しかし、荒唐無稽に見えるこのような案がいきなり出てくることからもFIFAのトップダウンが見て取れる。

 山崎「実際に選手に年俸を払っている各クラブや当事者である選手たちの声を聞かずに、FIFAが独断専行で決めて行こうという姿勢にまず大きな問題があります」

――FIFAにおいては、サッカー選手は労働者であるという観点が抜けていますね。

山崎「そうです。選手に給料を払う立場にないFIFAが自分たちの営利活動のために新しい大会を定めてコストも払わずに選手を招集していく。これは明確な利益相反です。

それでも現在のFIFAのガバナンスでは、FIFPROや各国のリーグに相談せずとも全世界211のサッカー協会の賛同さえ取れれば実施できてしまうんです。そこで、FIFPROと世界リーグ団体=WLA(World League Association)が動きました」

WLAは2016年に設立された国際団体で、プレミア(イングランド)、セリアA(イタリア)、ブンデス(ドイツ)、ラ・リーガ(スペイン)、そしてJリーグ(日本)など世界中の48のリーグが加盟している。

目的はリーグ同士を繋げてサッカー界のガバナンス構造の改善を図り、選手の円滑な労使関係を支援することである。そのWLAとFIFPROが協調したという。

山崎「FIFPROとWLAは、選手の労働に関することは、労使交渉で決められるべきだとして、ILOの関与の下で労使協定を締結しました。これにFIFAも加えての三者合意にしたかったのですが、FIFAは参加を拒否しました」

対価なく「国のために戦え」はやりがい搾取

ILO=国際労働機関は1919年に設立された世界の労働者の労働条件の改善を目指す国連の専門機関である。このILOが2020年に「スポーツ界におけるディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)対話フォーラム」を催し、会議の席上で全世界のプロスポーツ選手は労働者であるとの合意形成を成し遂げた。

そして2022年9月にスイス・ジュネーブのILO本部においてグローバル労働協約が結ばれたのである。

これで選手の労働組合としての団体交渉権が世界的な規模で認められたが、FIFAはこの労使協約には加わらなかった。

山崎「ILO が全世界のスポーツ選手は労働者であるという定義をしたのは、すごく画期的でそれがスタートラインでした。密なスケジュールの中で国際大会に出れば、ケガのリスクも大きい。

しかし、FIFAは選手の労働によって資産を増やしているにも関わらず、選手に給料を払っている人たちや実際に働いている選手に意見を聞こうとしていない。その構造に慣れてしまっていたからかもしれませんが、おかしなことです。

W杯はFIFAが主催している大会であり、選手の労働を使ってお金を稼いでいるわけですから、その大会については雇い主、つまり使用者の立場になります。それは、ILOの条約の解釈からしても明らかです。しかし、IOC (国際オリンピック委員会)やFIFAは我々はあくまでもレギュレーター(規制者、管理者、運営者)であって使用者ではない、と主張し続けています。明らかに選手の労働を使ってお金を稼いでいる立場にもかかわらず、です。

FIFAは昨年に、リーグやFIFPROとの協議交渉もなく、大規模なクラブワールドカップを行いました。これはいわば労働者と交渉せずに、お前の夏休みは今年からない、働け、と言ってるようなものですし、ましてやそれを選手に給料を払っているクラブをまとめるリーグとの交渉もなく行ったわけです。だからリーグとFIFPROはこれはおかしいだろうということでFIFAを訴えているわけです。

――特にW杯などは、国を背負って戦うのだから、報酬は二の次だと言うカルチャーが根付いていましたね。

山崎「特にヨーロッパにそれは顕著にありましたね。逆にアメリカなどは、例えば野球のメジャーリーグの選手がアメリカ野球連盟に一方的に招集されて国際試合に出なきゃいけないなんていうことは当然ないわけで、クラブや選手の承諾なく、勝手に招集するなんてことはできない仕組みになっています。それはバスケやアイスホッケーも同じで、そう考えると、いかにサッカーが特殊かがよく分かります。

かつては、どの競技もアマチュアスポーツだったわけですが、時代は変わり、プロスポーツの選手を呼んで大きなお金が動くようになった。プロアスリートを使えばそれは労働を使うことで、そこの部分に配慮したま修正が必要となるのは当然の流れです」

プロへの対価を認めずにただ「国のために戦え」というのは、明らかなやりがい搾取である。労使協議、労使合意がない中でFIFAがAマッチデーなど、試合カレンダーも含めてサッカー界の全てを決めていくというのは、明らかに不合理である。

この独占にFIFAの構造的な病巣が見て取れる。W杯出場国は肥大し続け、ついに48ヶ国になった。

――そこで昨年行われたインファンティ―のによるトランプへの平和賞授与ですが、これはFIFA内部ではどのように見られているのでしょう。トランプが親イスラエル政府であることは、知られていますが、FIFAにはムスリムのボードメンバーも多々いるわけですし、トランプに高圧的に恫喝されているイランのみならず中東諸国のNF(国内競技連盟)にすれば、度し難い暴挙です。

米国は1月4日に主権国家であるベネズエラに対して侵略戦争まで始めて死者まで出している。さらにトランプはグリーンランド問題で、米国の領有権獲得に反対するヨーロッパ8カ国に関税をかけて、武力行使の奪取もほのめかしている。平和とは対極にいる人物なのに、FIFAは言及もしないし、平和賞について取り下げもしない。

山崎「トップが暴走し始めてしまって誰も止めようがないという状況です。もうステークホルダーとの関係が台無しになるようなことが、次々と会長によって行われているわけですから。私も知っているFIFAの人々はインファンティーノがアンコントローラブルになったことを嘆いています。

平和賞については、政治家の特定の政治的思想に肩入れして、そこを称賛するということをしてしまった。今までも世界中で起きている政治や紛争のイシューについては、FIFが公正中立でいられたのかという議論はあったのですが、ただ今回は具体的に賞を新設して与えたというのが、 1番大きな違いです」

世界のサッカー界における日本の役割

――当然ながら、JFA(日本サッカー協会)もFIFAの傘下です。日本でサッカーを見ている我々からすると、今後は、FIFAおよびそこにアプローチするJFAのどういう部分においてウオッチしていく必要があるでしょうか。

山崎「まずは、問題の根源になっている、ガバナンスの構造を変えることが大切だということを認識することですね。先ほど述べたリーグとFIFPROが起こしてる訴えが認められれば変わっていくと思いますが、それと並行して、FIFAが独占団体で競争が働かない組織であるということが問題だと認識することも重要です。

FIFAがプロサッカーのリーグ・クラブや選手のことを聞かずに暴走するなら、有力なリーグと選手会が、別の国際大会やリーグを作っていく動きを真剣に考えていくことも重要です。欧州では、FIFAがその動きを恣意的に妨げることは違法という判決も出ているので、そうした動きを現実化させてプレッシャーをかけていくことも必要です。

実際、FIFAが関わらない7人制のサッカーの国際大会の新設など新しい動きも出てきています。日本は、国際サッカー界の中心的存在だった欧州、南米とも距離があり、また最近力を持ってきている中東各国や米国とも異なる環境にあるので、より中立的で良心的な立場から、あるべきサッカー界の未来に向けて、積極的に発言や行動をとっていくにふさわしい立ち位置にあると思います」

かつて、1990年代、日本外交は戦後以来の米国に従属する軛は持ちながらもことユーゴスラビア紛争においては、この米国、ロシア、ドイツ、中国などとも距離を置いた公正な立場を貫き、独自のプレゼンスを示すことで、すべての民族からの信頼を得られていた。期待したいが、サッカー界においては現状ではまだなかなかそれが見えて来ない。

また2024年5月にAFC(アジアサッカー連盟)が、「会長の任期制限を撤廃する」というガバナンス的には破綻している意見を出して来た。4年任期制はFIFAゲート事件の反省を踏まえて、利権が固定しないように採用されていたものだが、これが根底からひっくり返る。

しかし、アジアの加盟国47の内、反対をしたのは、ヨルダンとオーストラリアだけで、日本もまた賛成してしまった。勇気を持って異議を唱えることで、アジア圏内で尊敬を集めると思うのだが。

山崎はしかし、若い日本の現役選手たちにこのジャンルにおいても希望を見ている。

山崎「FIFPROが現役選手から直接意見を聞くプレイヤーズカウンシルというセクションに日本からも遠藤航(リヴァプール)、長谷川唯(マンチェスターシティWFC)の二人が選ばれました。今は、選手がこうして欧州トップレベルのピッチ上で活躍するだけでなく、国際サッカー界の未来を創っていく当事者として関わるようになってきています。日本サッカー協会やJリーグ、WEリーグ含めて日本のサッカー関係者ができることはたくさんあると思います」

イビツァ・オシムは、2013年に故郷ボスニアで民族融和のためのスタジアム改修に日本の外務省がODA予算をつけた際、当該部署から「オシムさんもこのプロジェクトの実行委員会に入って欲しい」と言われたことがある。

プロジェクト自体は素晴らしい。しかしオシムはこの誘いにNOと言った。その理由は「日本政府がどれだけ清廉な入札方法を提示してもボスニアでは確実に汚職が起きて誰かの懐にお金が入る。そういう不正に自分の名前が使われて結果的に加担するのは本意ではない」というものであった。

権力は必ず腐敗することを看破していた。オシムが今、存命であればFIFAについてどうコメントしただろうか。

取材・文/木村元彦 写真/shutterstock

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