「頭はしっかりしている。だが…」菅義偉が昨年末、私に語ったこと…“世襲政治への皮肉”と最後に突きつけた「希望」の正体
「頭はしっかりしている。だが…」菅義偉が昨年末、私に語ったこと…“世襲政治への皮肉”と最後に突きつけた「希望」の正体

1月17日、菅義偉元総理が次期衆院選に出馬せず、政界から身を引くことを明らかにした。秋田の農家に生まれ、地盤も看板もない「ゼロ」から総理大臣にまで上り詰めた異色の政治家。

長年、取材を続けてきた経済誌プレジデントの元編集長・小倉健一氏が昨年末に会った時の様子や、その足跡を振り返る。

「何もないゼロからの出発でも、総理大臣までなれる」

「何もないゼロからの出発でも、総理大臣までなれるという、そうしたことを経験する人ばかりであってほしいと思ってます」

かつて官房長官として、そして総理大臣として国を動かしていた頃の威圧感とは少し違う、どこか言葉に晴々としたものが帯びていた。

1月17日。菅義偉という一人の政治家が、次期衆議院選挙に出馬せず、引退することを表明した。

会見の場所は、横浜市内のホテル。ここは、菅氏がまだ何者でもなかった若き日、横浜市議会議員選挙への挑戦を決意し、第一歩を踏み出した「原点」の地であるという。

秋田の農家に生まれ、集団就職で上京し、段ボール工場で働きながら大学を出て、政治の世界へ飛び込んだ。地盤も看板もカバンもない。あるのは己の身一つ。そんな青年が、文字通り「ゼロ」から這い上がり、国の頂点に立った。

その旅路の幕を引くにあたり、始まりの場所を選んだことに、菅義偉という人間の美学を感じずにはいられない。

「頭はしっかりしている。ときどき体が思うように動かない」

長年、菅氏を追いかけ、取材を重ねてきた私は、会見の映像を見つめながら、昨年末にお会いした時のことを思い出していた。

少し痩せた背中。歩みは以前よりも慎重になっていた。菅氏は、私の目を見て、静かに、しかしはっきりとした口調で語ってくれた。

頭脳は驚くほど明晰だ。日本の現状、政治の課題、数字の一つひとつに至るまで、その記憶と分析に曇りはない。だが、他の報道にもあるように、ふとした瞬間に自分の体が思うように反応しない、そんなことへのもどかしさを滲ませることがあった。

「頭はしっかりしている。ときどき体が思うように動かないことがある……」

国を背負い、激務に激務を重ねてきた鋼のような肉体も、老いという自然の摂理には抗えない。その現実を誰よりも冷静に受け止めているからこそ、彼は「引き際」を悟ったのだろう。77歳。喜寿を迎えての決断は、後進に道を譲るための、最後の「実行」であったといえる。

「国民にとっての当たり前を変える」

多くのメディアは、菅氏の人生を「叩き上げの物語」として報じる。

世襲議員ばかりが幅を利かせる永田町・自民党政治において、一般家庭出身者が実力だけで総理になる。

それは確かに美しいサクセスストーリーだ。だが、私はあえて言いたい。「菅義偉」の凄みは、そのような立身出世の物語にあるのではない。

「菅義偉」が称賛されるべき理由は、政治家として「何になったか」ではなく、「何をしたか」にある。

政治とは何か。多くの政治家にとって、それは予算を分捕り、地元に利益を誘導し、あるいは国民に新たな規制をかけて縛り付けることと同義になってしまっている。派閥の論理で動き、前例を踏襲し、波風を立てずに過ごす。それが「賢い立ち回り」とされる世界だ。

しかし、菅氏は違った。政治の本質を「国民にとっての当たり前を変えること」と定義し、それを具体的な形にし続けた稀有な存在だった。

わかりやすい例が、携帯電話料金の値下げだ。

数年前まで、日本の携帯料金は高止まりしていた。

大手3社による寡占状態。競争原理が働かず、国民は選択肢のないまま高い通信費を払い続けていた。誰もが「おかしい」と思いながら、強固な既得権益を前に、誰も手を出せなかった聖域。

菅氏は、官房長官時代からこの問題に執拗に取り組んだ。「4割下げる余地がある」と断言し、あらゆる圧力を跳ね除けて競争環境を整備した。結果はどうだ。今、私たちは以前では考えられないほど安価なプランを選べるようになった。

毎月の支払いが数千円浮く。それは、家計にとって給料が上がるのと同じ意味を持つ。派手な給付金を一度だけ配るよりも、生活の基盤となるコストを恒久的に下げる。これこそが、生活者の目線に立った政治の「仕事」である。

菅義偉がメスをいれたダム行政

そして、私が菅氏の功績の中で最も高く評価し、後世に語り継ぐべきだと考えているのが、「ダム」にまつわる大改革だ。

日本は水害の国だ。

毎年のように豪雨が襲い、川が氾濫し、多くの命と財産が失われてきた。川の氾濫を防ぐにはダムが有効だが、新しいダムを造るには莫大な金と、数十年という長い時間がかかる。それでもコンクリートの塊を新造することだけが解決策だと思われていた。

ここに、日本の役所の悪癖である「縦割り行政」の壁が立ちはだかっていたことは、あまり知られていない。日本には多くのダムがある。しかし、それらはバラバラに管理されていた。

空き容量を作っておく「事前放流」。これを徹底させた

国土交通省が管理する「治水ダム」は洪水を防ぐために使われる。一方で、経済産業省が管轄する「発電用ダム」や、農林水産省が管轄する「農業用ダム」は、水を貯めることだけが目的であり、大雨が降って洪水が起きそうになっても、基本的には協力しない。

「それはウチの管轄ではない」

「発電のための水だから、放流して空き容量を作るわけにはいかない」

大雨が予想されても、利水ダムは満水のまま。結果、川の水位調整に協力できず、水害の被害が拡大する。同じ国のダムでありながら、役所の看板が違うだけで連携が取れない。

国民からすれば信じがたい愚行が、何十年もの間、まかり通っていた。

菅氏は、この理不尽な壁を壊した。大雨が降る前に、発電用や農業用のダムも水を放流し、空き容量を作っておく「事前放流」。これを徹底させたのだ。

この改革の効果は凄まじかった。

既存のダムの運用を変えただけで、洪水調節に使える容量は、以前の約3割から6割へと倍増した。この増えた容量は、建設に53年の歳月と5320億円の巨費を投じた巨大ダム「八ッ場(やんば)ダム」の、実に五十個分以上に相当するという。

想像してほしい。新しいダムを一つも造らず、コンクリートも打たず、ただ「仕組み」と「運用」を変えただけで、巨大ダム50個分の治水能力を日本は手に入れたのだ。
これこそが政治の力だ。

官僚機構という巨大なシステムに嫌われるのを恐れなかった

予算をつけて工事を発注することだけが政治ではない。すでにあるリソースを最大限に活用し、省庁の壁を取り払い、国民の利益のために最適化する。知恵と決断力があれば、金を使わなくても国を豊かにし、命を守ることができる。

菅氏はそれを証明してみせた。

近年、線状降水帯による豪雨が頻発しているにもかかわらず、かつてのような壊滅的なダムの緊急放流や下流の氾濫が抑えられている地域があるなら、それは空の上からではなく、永田町の官邸から放たれた「鶴の一声」が守ってくれているのかもしれない。

なぜ、他の政治家にはこれができなかったのか。

それは、官僚機構という巨大なシステムに嫌われることを恐れるからだ。官僚は優秀だが、前例のないことを極端に嫌う。失敗して責任を取らされることを何よりも恐れる。だから「今まで通り」を貫こうとする。

「できない理由を並べるのではなく、どうすればできるかを考えろ」

世襲議員の多くは、そうした官僚機構と持ちつ持たれつの関係を築き、神輿に乗っているだけの存在になりがちだ。親から受け継いだ地盤の上で、あらかじめ用意されたレールを走る彼らには、壁を壊す必要性も、壊した時の痛みもわからないのかもしれない。

ガースーは違った。

「できない理由を並べるのではなく、どうすればできるかを考えろ」

その姿勢が、固く閉ざされていた役所の扉をこじ開けたのだ。

今、日本は深い閉塞感に覆われている。

少子高齢化は止まらず、経済は停滞し、国の借金は膨らむばかり。私たちは「どうせ日本なんて」と、諦めに似た感情を抱いて生きている。「もう成長なんてしない」「政治に期待するだけ無駄だ」と。

しかし、菅義偉という政治家が残した足跡は、そんな絶望に対する静かな、けれど力強い反論になっている。

まだ、政治にもやれることはある。

金をかけなくても、知恵を使えば解決できる課題はある。既得権益の壁は厚いが、決して壊せないものではない。一人の人間が、強い意志を持って行動すれば、国という巨大な船の舵を切ることだってできるのだ。

演説家ではなかった。パフォーマンスも下手だった

彼は雄弁な演説家ではなかった。パフォーマンスも下手だった。無愛想で、言葉足らずで、誤解されることも多かった。それでも、黙々と、実務家として仕事をこなし続けた。
冒頭に記した以下の言葉は、引退会見の最後に彼の口から語られたものだ。

「何もないゼロからの出発でも、総理大臣までなれるという、そうしたことを経験する人ばかりであってほしい」

これは単に「夢を持て」という甘いメッセージではないと思う。「生まれや育ちは関係ない。やる気と能力のある人間が、正当に評価され、活躍できる国であってほしい」という、既得権益と戦い続けた男の、切実な願いではないだろうか。

そしてそれは、世襲と縁故で凝り固まった今の政治に対する、最後にして最大の皮肉であり、警鐘のようにも響く。

菅義偉総理。

あなたは、ボロボロになったこの日本において、「政治にはまだ希望がある」ということを、言葉ではなく、その背中で教えてくれました。あなたの蒔いた種は、携帯電話の請求書を見るたびに、あるいは台風の夜に川の水位を見守るたびに、私たちの生活の中で芽吹き、この国を支え続けています。

派手な花火は打ち上げなかったけれど、土の下で強く根を張るような、そんな政治でした。

長い間、本当にお疲れ様でした。

そして、ありがとうございました。

文/小倉健一

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