2026年の全豪オープン。大坂なおみは入場時の独創的なファッションで注目を集めたほか、2回戦ではサーブ間の「カモン」という発声をめぐって対戦相手との間に緊張が生じ、SNSでも是非を問う議論が拡散した。
「カモン」騒動の詳細
テニスの全豪オープンは、オーストラリアのメルボルン市で開催される、シーズン最初の四大大会だ。
“移民の国”を反映するように、大会会場には多種多様な人々が集う。各国のファンたちが、熱狂的な応援合戦を繰り広げるのも、真夏のメルボルンの風物詩。『グランドスラム・オブ・アジア/パシフィック』を謳っていることもあり、アジア圏の観客が多いのも、この大会の特色だ。
その全豪オープンで2019年と2021年に優勝している大坂は、まさに大会理念を体現するチャンピオンだと言える。カリブ海の小さな国ハイチと日本にルーツを持ち、活動拠点はアメリカ。2023年に第一子を出産した、2歳になる娘の母でもある。それらカラフルな要素を備える彼女は、玉虫のように、その時々で異なる輝きを放つ。見る人によって“大坂なおみ像”が異なるのも、恐らくはそのためだ。
そんな大坂が最初に今大会の話題をさらったのは、開幕3日目のセンターコート最終試合。アリーナに姿を現した彼女の、独創的なファッションが理由だった。
試合勝利後のオンコートインタビューでは、「クラゲと、蝶がモチーフ」だと明かした。蝶をデザインに用いたのは、5年前のこの大会で、試合中に顔に蝶がとまった“アクシデント”に由来するという。
そしてクラゲは、娘に読み聞かせた絵本がインスピレーションの源泉だ。「海中などの未知なる世界」に、深く感銘を受けたためだという。
このファッションはネット界隈を賑わせたが、好意的な反応が多かった。2日後の大坂の2回戦時には、ベール付きのハットや傘を身に着けた“コスプレ”ファンも登場したほどだ。
実は大坂サイドは、2か月前には全豪オープン首脳陣に新ファッションの意向を伝え、相談を重ねてきたという。大会側が、そのお披露目の舞台に1万5千人収容のメインアリーナを用意したのは、大坂の話題性や存在価値を認めているからに他ならない。
初戦の話題が試合開始前に集中したのに対し、2回戦のソラナ・チルステア戦では、試合終了直後の出来事が論争を呼んだ。ことの発端は、最終セットのゲームカウント4-2の場面だ。
チルステアのファーストサーブとセカンドサーブの間に、大坂が自分を鼓舞すべく「カモン」と声を出したことだった。
両者の間に緊張が走ったのは、試合後の握手の時。笑みや言葉を交わすことなく、握手と同時に足早に去るチルステアに、大坂が何か声を掛けた。踵を返したチルステアは、険しい表情で言葉を返す。テレビ中継のマイクは、「あなたは、フェアプレーが何たるかを知らない!」というチルステアの声を拾っていた。
続々と参戦する外野たち
試合後の会見で、大坂にこの件について尋ねた米国人記者の質問は、次のようなものだ。
「テニスでは、試合後の握手でのドラマが時々ありますが、あなたの試合では見た覚えがありません。初めての経験で、どんなことを感じましたか?」
この質問の意味するところは、大坂の過去の試合では、緊迫の握手シーンがほとんどなかったということだ。試合後の握手は、互いの健闘を称える行為ではあるが、両選手ともに極限状態で戦った直後のことだ。小競り合いが生まれることも、決して珍しくはない。
そのような“時折見る光景”であるはずの一件が、ソーシャルメディアを大いに賑わしたのは、外野の声が原因だった。
一つは、米国の放送局『テニスチャンネル』で、元世界1位のマルチナ・ナブラチロワが「サーブ間に、相手に聞こえるような声を出すのは良くない」と言ったこと。
さらには、ノバク・ジョコビッチの伴侶のエレナ氏も、ソーシャルメディアで「あれが“妨害行為”とみなされなかったのは驚き」と発信した。
これらの著名人のコメントが、火に油を注いだ感は否めない。なお、ナブラチロワと共に解説者として『テニスチャンネル』に出演していた元世界1位のリンジー・ダベンポートは、「サーブ間に声は出すべきではない」と規定した上で、次のように語っている。
「あれは大坂が、これまでも悪気なくやってきたことで、今回はシルステアが指摘しただけ。一回戦の時にもやっていたし、その時は誰も何も言わなかった。大坂が、嫌がらせをするような人ではないことは、誰もが知っている。これからは、やらなくなると思う」
冒頭に記した通り、大坂は3回戦の直前に、左脇腹のケガのために棄権を表明した。突然の報に観客たちは落胆したが、思えば予兆はあった。それは2回戦の第3セットで、メディカルタイムアウトを取っていたこと。試合後の会見で理由を問われた大坂は、「古傷の再発。私の負傷歴を知っている人なら、想像がつくのでは?」と答えている。
昨年のこの時期も腹筋を痛めていたこと、そして治療のためロッカールームに引き上げたことを考慮すれば、同じ個所であろうことは予想できた。
一回戦では苦戦していたが、第二戦では試合感を取り戻しているように見えただけに残念だ。コンディション的にはランキング一桁代の選手とも互角にやり合えそうな状態に戻りつつあり、出産前の、あの強い大坂なおみが戻ってきている。
そしてプロアスリートの本分が、競技上のパフォーマンスにあるのは間違いない。それと同時に、プロアスリートは表現者であり発信者であるのも、また事実だ。
とりわけ、1970年代のウーマン・リヴを追い風に発足したWTA(女子テニス協会)には、選手は人々のロールモデルとなり、手にした発信力を生かすべきとの理念がある。セリーナ・ウイリアムズやマリア・シャラポワ、リー・ナら時代の寵児に憧憬を募らせた大坂が、その精神を継承しているのは必然だろう。
ちなみに日本ではあまり話題に上がっていないが、25年の10月に日本でも公開された映画『ジュリーは沈黙したままで』ではプロデューサーを務め、年末には自身が立ち上げたエージェント会社を離脱するなど、全豪オープンの前から多くの話題を振りまいていた。
そしてコートに立ったわずか4時間22分で、彼女は多くの話題をさらった。それは多様性を体現するこの国で、矛盾も含め種々の要素を内包する大坂が、多くの人々の心の琴線に触れたからに他ならない。
取材・文/内田暁
写真/マノヒロマサ

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