うどん天下統一を果たした讃岐うどんを擁するコシ派信仰の常識を破壊する、究極の“やわうどん”の正体
うどん天下統一を果たした讃岐うどんを擁するコシ派信仰の常識を破壊する、究極の“やわうどん”の正体

日本全国で親しまれ、誰にとってもごく身近な食べ物「うどん」。しかしその姿や味わいは、地域によって驚くほど多様であり、そこにはその土地の歴史や暮らし、価値観が色濃く映し出されている。



今回は全国に広がるうどん文化の現在地を『東西の味』より一部抜粋、再構成してお届けする。

うどん戦国時代、最初の天下統一した「讃岐うどん」

うどんというのは元々、極めてローカル色の強い食べ物でした。地方ごとに様々なうどんがあり、地元の人々は基本的にそれを食べていたわけです。

そんな中で乾麵の「稲庭うどん」は、高級日本料理店におけるうどんの定番として全国の割烹などに広がりました。しかしそれは少なくとも、庶民が日常的に食べるようなものではありませんでした。

日本全国で同じようなうどんが食べられ始めたのは、おそらく戦後、袋入りの「ゆでうどん」が最初なのではないでしょうか。これは「白玉うどん」と呼ばれることもあります。

戦中戦後の食糧難の時代、小麦粉不足から米粉(白玉粉)が配合されたものがルーツだからだとも聞いたことがあります。今ではもちろん小麦粉が原料となり、地域やメーカーにより多少の差はあるのかもしれませんが、だいたい同様のものがスーパーなどで販売されています。

このゆでうどんは現在でも、生産量としてはうどんの中で一番多いそうですが、1990年代以降急激に普及した冷凍うどんは、概ねこのチルドゆでうどんの上位互換と認識されているのではないかと思います。

つまり冷凍うどんは文句無しにおいしいうどんで、チルドゆでうどん(白玉うどん)は極めて安価で手軽なうどん、という立ち位置。そしてその冷凍うどんの中の圧倒的な主流が「冷凍讃岐うどん」ということになります。

外食分野では現在〔丸亀製麺〕を始めとする讃岐うどんチェーンが圧倒的な地位を保っています。

つまり讃岐うどんは、元々はローカルフード、言うなれば地方豪族だった者が、初めて天下統一を成し遂げたような存在と言えるでしょう。うどん戦国時代を、ほぼ独走の形で勝ち抜いたのが讃岐うどんです。

チルドうどんに起きた、静かな変質

今から10年以上前の話ですが、知人でチルドゆでうどんを製造している製麵メーカーの社長さんが、こんなことをおっしゃっていました。

「最近では冷凍讃岐うどんに押されっぱなしだけど、実はその陰でチルドゆでうどんもずいぶん改良が進んでおいしくなってるんだよね」

その話を聞いた時、僕には思い当たる節がありました。確かにおいしくなっている実感があったのです。初めて食べた冷凍讃岐うどんは、麵そのものに香りがあっておいしいのに驚いた、という話を書きました。それと同種の風味を、チルドゆでうどんにも感じ始めていたのです。

さらに最近では、かつてなかったコシのようなものも感じます。もちろんそれは讃岐うどんのようなはっきりとした強靭なコシともまた違いますが、変化してきているのは確かでしょう。

つい先日、ある料理家さんとお話ししている時、まさにそのことが話題になりました。関西出身であるその料理家さんは、こんなことをおっしゃっていました。

「最近のチルドゆでうどんは、煮ても煮てもなかなか柔らかくならないのよね。コシの無いふわふわしたうどんが食べたくて買ってるのに、なんだか納得いかない」

これにもまた、僕は完全に同意でした。

鍋の締めとしてあえてゆでうどんを買ってきて、ふわふわした優しい口当たりを期待していたのに、それがなかなか柔らかくなってくれないということが、ある時期から急に増えた実感があります。

つまり、ゆでうどんも進化しており、その進化は基本的に讃岐うどんを追いかけるような形で進行しているのではないか、というのが僕の仮説です。そういう意味で、讃岐うどんはこんな形でも全国支配を盤石なものにせんとしている。

そしてそれは確かに進化なのかもしれないけれど、その料理家さんや僕のように、それを素直に歓迎できないレジスタンスもまた存在する、ということです。

讃岐うどんの天下統一が進む陰で、実はうどん界に再び群雄割拠の時代が到来しつつあるのではないか、というのが僕の(いささかの希望的観測も含む)現状認識です。

福岡県民は讃岐うどんの一党支配を最も快く思っていない?

日本のうどんは、言うなれば、コシ派とやわ派に大別されます。

現在覇権を握っているのは讃岐うどんを擁するコシ派であり、讃岐以上の強靭さを誇る「武蔵野うどん」もその脇を固めています。

特にローカル色を打ち出すわけではない回転寿司やファミレスで供されるような業務用うどんも、明らかにコシ志向ですし、スーパーのゆでうどんさえも可能な限りそこを目指そうとしているのは前述の通り。

それに対して、最近やわ派の新拠点となっているのは、福岡なのではないでしょうか。おそらくですが、讃岐うどんの一党支配を最も快く思っていないのは、福岡県民なのではないかと思います。

福岡の麵料理として最初に全国進出を果たしたのは「博多ラーメン」なのでしょうが、福岡の人々からは「福岡県民はもちろん豚骨ラーメンを心から愛しとるっちゃけど、それと同じくらいうどんも愛しとうとよ」という話をよく聞きます。

そんな福岡うどんは、もちろん麵のコシにはあまりこだわりません。つゆのベースはいりこと昆布のだしで、関西系のうどん同様、あっさりとした淡い色で味付けされています。

丸天と呼ばれる魚のすり身を揚げたものや、牛蒡の天ぷら、甘く煮た牛肉などが定番のトッピングである点は、日本有数の「油脂好き民族」である九州人らしい特徴だと思います。

この福岡うどんは、あくまで僕から見ると、ずばり「懐かしいうどん」です。つまり、僕が故郷の鹿児島で昔から食べていたうどんと、ほぼ同じものなのです。九州南部と北部の食文化は、もちろん、同じ九州でも大きく違う要素もありますが、共通する部分も多い。うどんに関しては、後者であると感じています。

「懐かしい」というのは嬉しいことでもあるのですが、それは同時に「あまり特別感を感じない」ということでもあります。福岡に旅行する機会は昔から結構あったのですが、僕は(やわうどん好きであるにもかかわらず)あまりうどん屋さんに足が向きませんでした。

しかし、それを見事なまでに覆してくれた福岡うどんがありました。知る人ぞ知る福岡うどんの雄にして特異点である、〔牧のうどん〕がそれです。

究極のやわうどん体験

牧のうどんの麵は、少なくとも僕が知る限り、福岡で最も太くて柔らかいです。全国的に見ても、三重県の伊勢うどんに匹敵するトップクラスの柔らかさなのではないでしょうか。

あまりに柔らかくてふわふわなので、その麵は、つゆをあっという間に吸い込んで、ますます柔らかくなります。気が付けば、つゆはいつの間にかなくなっているのです。

なので牧のうどんでは、小さなヤカンに入ったつゆが別途添えられます。つゆがうどんに吸い込まれてしまったら、そのヤカンのつゆを適宜足してください、というわけですね。

牧のうどんに実際行ったことがない人は、おそらくその状況を想像することすら困難だと思います。……百聞は一見に如かず。

読者の皆様には(その中には「うどんはコシ」派も大勢いらっしゃるとは思いますが)(ぜひ一度、騙されたと思って)、この究極のやわうどんを体験してみていただきたいと願います。

数年前の二泊三日の福岡旅行で、僕は二日続けて牧のうどんを訪れました。その次の訪問時に至っては、仕事の移動中の一泊二日の滞在だったにもかかわらず、3回しかなかった食事の機会のうち、なんと2回を牧のうどんに捧げてしまいました。

前節で僕は「強いて日本一のうどんを決めるなら」というテーマにおいて、「京都のきつねうどん」を挙げました。その上であえて2位を指定するならば、「牧のうどんの肉うどん」を挙げるでしょう。

いや、2位と言うよりは、むしろ互角かもしれません。

ちなみに牧のうどんの肉うどんを最高においしく食べるために、僕は僕なりのちょっとしたコツを確立しています。

それについても語っておきたいのは山々ではあるのですが、それは単に、限界オタクによる少々気持ち悪い「推し語り」になってしまいそうです。

なのでいったんやめておきましょう。

文/稲田俊輔

東西の味

稲田俊輔
うどん天下統一を果たした讃岐うどんを擁するコシ派信仰の常識を破壊する、究極の“やわうどん”の正体
東西の味
2026年1月26日発売1,870円(税込)四六判/240ページISBN: 978-4-08-788140-0

分け入っても分け入ってもうまい味!
博覧強記の料理人・イナダシュンスケが、うどん・蕎麦・餃子・から揚げ・ラーメン・すき焼き・お好み焼きなどの王道人気メニューから、日本の味の「東西差」を考えるエッセイ。

・おいしさの基準は「関西化」している?
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・広島VS大阪 仁義なき「お好み焼き論争」の行方
・日本料理店では「醤油」をなんと呼ぶ?
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身近すぎて誰もが膝打ちする全10章

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