「あんな真っ黒けなうどん」「薄いけど塩分が濃いでしょ」…関東VS関西うどんの“黒いつゆ”問題のすれ違い
「あんな真っ黒けなうどん」「薄いけど塩分が濃いでしょ」…関東VS関西うどんの“黒いつゆ”問題のすれ違い

関東のうどんつゆは「真っ黒でしょっぱい」、関西のうどんつゆは「薄くて物足りない」…そんな東西定番の掛け合いを聞いたことは一度はあるだろう。関東と関西で大きく異なるつゆ文化の真偽をひもとく。



『東西の味』より一部抜粋、再構成してお届けする。

関東のうどんつゆが「真っ黒け」と評される理由

「あんな真っ黒けなうどん、からいばっかりでよう食わんわ」

これは、関西人が東京の食文化に不満を述べる台詞の古典中の古典です。皆さんもかつて何度となく耳にしたことがあるのではないでしょうか。

もううんざりってとこでしょうし、こと最近では、よその食文化を安易にディスるのは良くないこと、という良識がかなり一般化しつつあるので、今となっては炎上案件です。

個人的には、(それがあくまで個人の嗜好に基づく一意見であることをはっきりさせた上でなら)みんなもっと自由闊達に嫌いな食べ物のことを語った方が面白いんじゃないかと思っていますが、それはさておき、この「暴論」にはこんな反論がなされるのもよく見てきました。

「黒いからってしょっぱいとは限らない。そもそも関西の薄口醬油の方が塩分濃度が高いのだ」

これは一見もっともらしい反論に見えますが、残念ながら実は反論の体をなしていません。

確かに標準的な濃口醬油の塩分濃度が約16%であるのに対して、薄口醬油は約18%です。しかし問題は、醬油そのものの塩分濃度よりも、その希釈割合です。醬油とだしの混合比率と言い換えてもいいでしょう。

関東のうどんつゆは、かけ蕎麦のつゆと兼用されるのが基本です。であるがゆえに「真っ黒け」と評されたりもするのですが、では関西のつゆと関東のつゆは、具体的にどう違うのでしょうか。

関東と関西で違う明らかな味付けの「方針」

先に関西のつゆから解説していきましょう。関西のつゆは薄口醬油で味付けされます。

塩が併用されることもありますが、ここでは単純化するために、それも薄口醬油の塩分量に換算して説明します。

もちろん醬油だけだとしょっぱい(関西弁で言うなら「からい」)ので、そこにはみりんも加えられます。みりんの量は様々ではあるのですが、基本は醬油と同量。その場合、だし・薄口醬油・みりんの標準的な割合は12:1:1です。塩分濃度を計算すると、約1.3%。

ただしこれは概ね最も濃い、庶民的とも言える(つまりかつてうどんが「ご飯のおかず」にもなっていたような)パターンで、関西にはもっと薄味のうどんつゆもあります。

僕がかつて京料理の板前さんに教わった割合は16:1:1でした。これはお吸い物よりは少し濃い味付けで、塩分濃度約1%。これ以上薄味のものは、無いわけではありませんが少なくとも外食では稀なはずなので、関西のつゆの塩分濃度はだいたい1~1.3%と言っていいのではないかと思います。

対して江戸前のかけ蕎麦のつゆは、ご存知の通り濃口醬油が使われ、もちろんそこにみりんも加わり、8:1:1が標準とされます。塩分濃度で言うと約1.6%。

ただしこれもまた様々なパターンがあります。

ざっくりとした傾向としては、チェーン店や新しめの店ではこれより薄く、老舗ではこれよりさらに濃い店も散見される印象です。

ある有名な老舗のかけ蕎麦は、びっくりするほど濃く、僕の推定では6:1:1くらいです。つまり2%。その分つゆの量自体は少なく、蕎麦はそこに半分くらいしか浸っていません。ざる蕎麦のつゆを少しだけ薄めて温めたものとも言えるでしょう。

このように関東と関西では、醬油の種類や色だけではない、明らかな味付けの「方針」の違いがあります。その違いはいったいどこから生まれたのでしょうか。

うどんつゆはsoupだが、かけ蕎麦のつゆはsauce

まず前提として、関西ではうどんのつゆが蕎麦にも転用され、関東ではそれが逆になります。(実は歴史を遡ると一概にそうとも言えない部分があるのですが、話が果てしなくややこしくなるので、ここではいったん無視します。)

その上で、うどんと蕎麦では、同じ麵類とはいえ食材としては完全に別物ということはあるでしょう。

うどんは言うなれば「クセの無い淡白な食材」です。濃い味付けでも薄い味付けでもだいたい万能です。またうどんは蕎麦と違って麵自体に少し塩分が含まれます。

つゆをお吸い物並みに薄くしてもおいしく食べられるのは、この要因もあるのではないでしょうか。

対して蕎麦は、うどんよりずっと風味の強い食材で、むしろその独特な風味こそが蕎麦の魅力。概してこういう食材は、濃いめの味付けが合うものです。麵自体に塩分を含まないこともあって、味付けが薄いと素材に負けてしまうんですね。

地域的な嗜好は確かにあると思います。関東の人は濃口醬油が好きで、それを主体にしたはっきりとした味付けを好む傾向があるのは間違いないでしょう。少なくとも関西の嗜好とは全く違います。

近年は「味覚の関西化」により、その特徴も若干薄れつつあるようですが、伝統的な嗜好がそう簡単に失われるわけでもないはずです。

こういったことを背景にしつつ、関西~西日本のうどんのつゆと関東のかけ蕎麦のつゆは、その概念そのものが違うのではないかと僕は捉えています。その違いを簡単に説明すると、うどんつゆはsoupだが、かけ蕎麦のつゆはsauceであるということになります。

ソースと書きましたがもちろんウスターソースや中濃ソースのようなものではありません。あれは分類としてはsauceではなくseasoningです。

この場合のソースとは、イタリアのパスタにおけるサルサポモドーロ、つまりトマトソースなんかをイメージしていただけるとわかりやすいかもしれません。

関東は麺を見る、関西は汁を見る

近畿や九州のうどんはあくまでつゆ=だし=“soup”が主役であり、うどんの麵はそれをおいしく食べるためのもの、みたいなところがあります。対して蕎麦は、あくまで蕎麦ありきであり、それにおいしく味付けするのがつゆに与えられた使命です。

関西にももちろん蕎麦文化はありますが、歴史的には、もり蕎麦のような「つけ蕎麦」ではなく、あくまで温かい汁に浸ったかけ蕎麦を中心に発展したそうです。

それに対して江戸では、つけ蕎麦が中心でした。注意深い方は気付いているかもしれませんが、僕はここまでうどんのつゆは「うどんつゆ」、蕎麦は「蕎麦つゆ」ではなく「かけ蕎麦のつゆ」と書いてきました。どうしてかはすぐにおわかりですよね。「蕎麦つゆ」だとつける方のつゆになってしまうからです。

何せそんなつけ蕎麦から派生したかけ蕎麦は、先に例に出した老舗もそうでしょうが、つけ蕎麦用と同じ「かえし(醬油やみりんをあらかじめ合わせて寝かせたもの)」を、つけ蕎麦の時より薄めに伸ばして、温め直した蕎麦にかけた“sauce”なのです。

だから関東の人の多くは、蕎麦でもうどんでもつゆが絡んだ麵を啜った時にそれがおいしいかどうかを判断し、関西の人はつゆそのものをズズッと啜った時点でおいしさを判断する、みたいな無意識の行動があったりもするのかもしれません。

その結果として、思わず冒頭のような不満が生じるのではないでしょうか。

ここに来て言いますが、西日本の民である僕も、最初はそういう不満を心中で抱いたのは事実です。でもその違和感の成り立ちを理解して、僕はいつしか両方を楽しめるようになりました。

最後に少しだけ、どうでもいいようでいて実は大事かもしれない話をします。

関西人の日々のうどんライフに欠かせないアイテムのひとつである「ヒガシマルうどんスープ」は、最近では関東のスーパーでも定番になりつつあると言います。(これも「味覚の関西化」現象でしょうか?)

しかしこれ、西日本のスーパーでは「だし」のコーナーに、東日本では「つゆ」のコーナーに置かれているのだとか。

もうひとつ、今回、蕎麦つゆ、蕎麦つゆと何回も言っていますが、江戸以来の伝統的な呼び名は「つゆ」ではなく「汁」です。もりの汁は「辛汁」で、かけのつゆは「甘汁」。ツウを気取ってみたい時にはぜひご活用ください。

何せ、「だし」「つゆ」「汁」、全て共通語ですが、その概念は少なくとも関東と関西では微妙に異なる、というオマケの話でした。この件は、いつかまた深掘りするかもしれません。

文/稲田俊輔

東西の味

稲田俊輔
「あんな真っ黒けなうどん」「薄いけど塩分が濃いでしょ」…関東VS関西うどんの“黒いつゆ”問題のすれ違い
東西の味
2026年1月26日発売1,870円(税込)四六判/240ページISBN: 978-4-08-788140-0

分け入っても分け入ってもうまい味!
博覧強記の料理人・イナダシュンスケが、うどん・蕎麦・餃子・から揚げ・ラーメン・すき焼き・お好み焼きなどの王道人気メニューから、日本の味の「東西差」を考えるエッセイ。

・おいしさの基準は「関西化」している?
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