在宅時間が増えたコロナ禍をきっかけにVTuberを見はじめ、気づけば「投げ銭」が日常になっていた――。マンガ編集者の「リョウ」は、スパチャは「推しにお疲れ様を伝えるチップ」だと語る。
さまざまな「推し活」の形に当事者取材を通じて迫った『「推し」という病』(文春新書)より一部抜粋、再編集してお届けする。〈全3回のうち3回目〉
“実在”しない「VTuber」を「推す」
二次元の「推し活」はアニメやゲームだけが対象ではない。近年ではYouTuberも「推し」の対象となっている。
そんなYouTuberの「推し活」で注目されるのが「投げ銭」である。ライブ配信中に配信者に金銭を送る機能であり、正式名称は「スーパーチャット(スパチャ)」という。2017年に導入された機能で、まだ歴史は浅いものの、この機能を利用して高額のスパチャを獲得する配信者も多く、YouTuberの収入源のひとつだ。
そんなYouTuberの中でも特異なのが、VTuberと呼ばれる配信者だ。VTuberとは「バーチャルYouTuber」の略である。2Dや3Dのアバターと呼ばれるキャラクターモデルを利用して(多くは簡単なアニメーションも可能)動画配信やライブ配信を行う配信者のことを指す。
アバターを介して動画配信活動をするため、顔出しは行われず、配信者はキャラになりきって配信を行うことが多く、現在、国内のVTuberは6万人以上とも言われている。
VTuber事務所「ホロライブプロダクション」に所属していたVTuber「潤羽るしあ」(現在は活動終了)は、累計スパチャ金額が3億7000万円に達した。
同事務所の所属VTuberでは、「兎田ぺこら」「桐生ココ」(活動終了)「宝鐘マリン」らも3億円を超えており、1億円以上を獲得したVTuberは50人以上にのぼる。
VTuberは顔出しをしていない。それどころか、少女キャラのアバターを中年男性がボイスチェンジャーを使って演じている可能性すらある。“中の人”の素性はわからないし、握手のような接触があるわけでもない。にもかかわらず、VTuberのオタクたちは多額のスパチャを投じる。視聴者は何を求めて投げ銭をしているのだろうか。
そうした事情を探るために、実際にVTuberへの投げ銭を定期的に行っている男性に話を聞いた。都内の出版社に勤務する【リョウ】(32、仮名)は、月刊連載作品を10本以上も抱えるマンガ編集者だ。多忙な時間を縫って取材に応じてくれた。彼はどのようにして、バーチャルな存在に投げ銭をするようになったのだろうか。
「最初のきっかけはコロナ禍でした。在宅勤務の時間が増えた時、やっぱりYouTubeの視聴時間が長くなっちゃったんですよね。
観てすぐにハマりました。僕がハマったのは男性VTuberで、バラエティ番組のような企画をやるチャンネルでした。あの時代、世間全体が鬱々としていたので、馬鹿騒ぎしている動画はありがたかったんですよ」
YouTubeにスパチャの機能が導入されたのは、前述のとおり2017年。VTuber最大手の事務所である「ホロライブ」と「にじさんじ」は、どちらも2018年から活動を開始しているので、2020年から視聴している【リョウ】は古参ユーザーの部類に入る。職業柄、二次元への理解度は高く、キャラクターがしゃべる動画を観ることに対して抵抗はなかった。
彼が推しているのは「ジョー・力一」という男性VTuberだ。話の内容がおもしろく、それこそ「オールナイトニッポン」(ニッポン放送)や「JUNK」(TBSラジオ)を聞くような、ラジオ感覚で視聴しているという。
上限は1回5万円
はじめてスパチャを投げる時には、心理的な葛藤はなかったのだろうか。
「最初は1000円くらいだったと思います。もともとソシャゲの『FGO』を10年ほど前からプレイしていて、合計で200万円くらいはガチャに課金しているので、投げ銭には抵抗感がありませんでした。そもそもガチャやスパチャは現金を直接支払わないので、お金を払っているという実感が乏しいんですよね」
課金はカードなどからの支払いが中心で、「身銭を切っている」感覚が誤魔化されている。
「1回投げると、次からは抵抗がなくなるんです。
「覚悟」とは?
「たとえばオンラインサロンに月会費を払ってメンバーになる人なんかは、自分を高めたいとか、ポジティブな目的を持って参加すると思うんですけど、それに比べればVTuberへの投げ銭は、『何かを獲得しよう』みたいな意識はなく、ぼんやりと投げている人が多いと思う。
最初に誰かがスパチャをすると、それが呼び水となって、みんな投げはじめるんですよ。動機としては、配信者に自分のコメントを読んでもらいたい、くらいじゃないですかね?」
【リョウ】自身はどんな動機でスパチャを行うのか。
「僕の場合は、配信者に対して『お疲れ様』ぐらいの感覚ですね」
YouTubeのスパチャは100円から送ることができ、上限は1回5万円、1日5万円となっている。iOS端末からの場合はApp Storeへの手数料が発生するので、そのぶんを上乗せした金額(7万8800円が上限)になるが、ともあれ彼が選んだのは最低金額の100円ではなく、1000円だった。
「スパチャは金額によって入力できるコメントの文字数や固定表示時間が変わるんですよ。100円だとメッセージは送れないし、すぐにチャット欄から消えてしまいます。1000円だと200文字までメッセージを書くことができ、5分間は表示され続けるので、配信者の目に留まりやすい。1万円以上だと投稿が赤色になるので『赤スパ』とも呼ばれています」
スパチャの色は、金額に応じて青、水色、黄緑、黄色、オレンジ、マゼンタ、赤と変化し、人気配信者のチャット欄は色とりどりのスパチャで虹色になる。高額のスパチャほど視認性の高い色が使われており、赤スパならコメントの文字数も表示時間も長いので、配信中に「推し」にコメントを読んでもらえる可能性は高くなる。
1万円なら270文字を1時間、上限の5万円なら350文字を5時間表示できるので、配信のたびに赤スパを投げていれば、間違いなく配信者からは認知されるだろう。
なお、視聴者の投じた金額のうち、約30%がYouTube運営側の取り分とされており、事務所に所属するVTuberは残りの約70%を事務所との契約によって配分する。
たとえば視聴者が1万円の赤スパを投げたとして、VTuberの手元に入るのは3000円から4000円程度だろう。VTuberやYouTuberはスパチャの金額が世間的には注目されがちだが、実際はスパチャだけで生計を立てることは難しく、広告収入、メンバーシップ、グッズ販売を含めた収益がクリエイターの収入となる。
スパチャで「推し」と繋がっている感覚
スパチャを送られた配信者は、その視聴者に感謝を述べ、コメントを読み上げ、質問に対しては返答するなどのリアクションをするのが慣例だ。
VTuberはあくまでコメントを拾うだけであって、視聴者と会話をするわけではない。双方向性のコミュニケーションとしては不完全とも言える。だが、不完全であるがゆえに、ユーザー側はその余白を埋めようと試みる。
「やっぱりコメントが読まれると、『推し』と繋がっている感覚が得られる……ということなんでしょうね。それは間違いなくある。『推し』から認知されたいという、承認欲求が絡んでいると思います」
配信者がユーザーの投稿コメントにリアルタイムで反応する、という行為が特に重要だと【リョウ】は強調する。
「こちらのコメントに反応してくれたら、この世界に『推し』が存在していることが確信できますから。リアルタイム性っていうのが、かなり今のVTuberは大きいです。僕はそんなに赤スパは投げるほうではないんですけど、高額スパチャを投げる人は、一番のファンでいたいという気持ちが相当強いと思います。
『あいつには負けたくない』って。
何も得るものがないのに金を投じる。そのことに対して、疑問を抱くことはないのだろうか。
「そう思ったことはないです。無料で観るのは申し訳ないのでお金を出す、くらいの感覚なので、コメントを読まれなくてもかまわないんです。言ってみればチップのようなものですよ。スパチャの時間は一瞬で終わっちゃいますけど、配信自体は長いので、エンタメとしては、だいぶコストパフォーマンスはいいな、って思っています」
「コスパがいい」──。
これまでの取材対象者も、皆、異口同音に「自分はコスパよく楽しめている」と話す。事実、そう感じているのか、あるいは消費への言い訳なのか。
「でも、まだ新しい界隈でファンも若い子が多いから、そこまでお金が飛び交うような業界ではないです。VTuberが配信中にスパチャを求めるような言動は、まず観たことがありません。スパチャの総額が多い人は、そもそもユーザー数が多いんですよ。上限は5万円と決まっていますし、みんなが少額を投じた結果だと思います」
文/加山竜司 写真/Shutterstock
「推し」という病
加山 竜司
なぜ彼らは苦しくても「推し」続けるのか
AKB、ホスト、VTuber、アニメキャラ、ゲーム、地下アイドル、AV女優、ビジュアル系バンド…
当事者への取材を重ねた「推し活」の現在地
「推し」という言葉は、「好きなものを応援する」ポジティブな言葉として使われることが多い。
だが、アニメグッズを購入したり、アイドルのコンサートに参加したりすることだけでなく、たとえば地下アイドルライブでのチェキの大量購入、ホストクラブやメンズ・コンセプトカフェでの過激な売り掛けなどを表す際にもこの言葉は使われている。
少なくとも、言葉のうえでは、学生のささやかな「推し」と、身を滅ぼすほどの出費をともなう「推し」は地続きだ。
「高田馬場ライバー刺殺事件」をはじめ、「推し」を端緒とした刑事事件も発生している。その精神性の根が同じであるならば、私たちは「推し」とは何かを慎重に見極める必要がある。
実際に「推し」によって人生を大きく変える選択をした人々の言葉に耳を傾けることで、「推し」の何が人々を病的なまでにエスカレートさせていくのかを探る。
第一章 「結婚するなら、もちろんアイドル」
“「推し」のためにマンションを売った”トップオタ
第二章 「ホストはコスパがいい“推し活”」
“ホス狂い”風俗嬢のコスト意識
第三章 「二次元は“恋愛対象”になるか」
アニメ、VTuber、2.5次元、声優…オタクたち「推し活」
第四章 「結婚できなかったのはアノ子のせいじゃない」
女性アイドルを14年間推し続ける中年女性の憂鬱
第五章 「AV女優に求める純潔」
秩序を守るAV女優アイドル・トップオタの女子校教師
第六章 「“運営”は搾取をしているのか」
元ジャニーズJr. 地下アイドル運営の見果てぬ夢
第七章 「推しがいないこの世界に、生きる意味はない」
「推し」の後追いで「自殺未遂」した納棺師
第八章 「オタクとアイドルは運命を捻じ曲げて共に生きる」
オタクでアイドルだった彼女は、今日もSNSで未練を語る

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