『大奥』(白泉社)、『きのう何食べた?』(講談社)など、数多くのヒット作を生み出してきた漫画家・よしながふみの最新作『Talent―タレント―』(集英社)のコミックス1巻が、2月20日に発売された。本作は芸能界を舞台に、2000年代初頭から現在まで、四半世紀にわたる時間軸で「才能」の行方を描く物語だ。
インターネットで「眼差し」が可視化されはじめた2000年代初頭
—『Talent―タレント―』では「容姿」をどのような価値として捉えていますか?
よしながふみ(以下、同) 容姿は、才能にとってひとつの要素にすぎないと思っています。主人公の一人であるミコトは、幼い頃から「容姿に恵まれている」と言われ続けてきた存在ですが、それが必ずしも生きやすさにつながっているわけではない。
—主人公の一人、ミコトが友だちから「調子に乗らないほうがいい」と言われるシーンはとてもリアルでした。
少女同士の世界って、褒め言葉と牽制がすごく近い場所にあると思うんです。「あの子、男子と話すとき、態度が違うよね」とか言うじゃないですか(笑)。ミコトの息苦しさは、そういう無自覚さの積み重ねから来ているのかな、と。『きのう何食べた?』では描けないシーンなので新鮮でした。
まだ描いていないのでなんとも言えませんが、今回は容姿を「時間とともに揺らいでいくもの」として位置づけようと思っています。若いときに「可愛い」と評価された人ほど、それを失ったときの喪失感は大きいはず。
今は歳を重ねた人の美しさを評価する動きもありますけど、「若く見える点」にフォーカスしているように感じるので……。「容姿」以外の武器に重心を移していかざるをえないミコトが、歳を重ねてどうやって変化していくのか。私自身とても楽しみです。
—若さと結びついた容姿が揺らぐ、という点では、現時点では麻生くんも「容姿に恵まれている」存在です。でも、それが強みになっていない。
彼は容姿がいいからこそ、逆に大衆が共感しやすい「疲れた会社員」や「パッとしない中年男性の役」が馴染まない。若いときは「イケメンキャラ」にハマると思うのですが、30代になってもそれを突き通せるのか。容姿はプラスにもなれば、足かせにもなり得る。男女ともに通じる話だと思います。
—役柄やキャリアの話とは別に、もうひとつ印象的だったのが、ベッドシーンをめぐる掲示板の書き込みです。2000年代のヒリヒリ感を思い出しつつ、容姿が「消費」されていく瞬間のようにも感じました。
2000年代は、性的な眼差しが、インターネットを通じて表出された時代だったと思います。「映画の中の表現」とは別に、俳優本人に対して、直接的な眼差しを向ける人たちも存在していた。それが可視化されてしまったタイミングだったのだと思います。誰が悪いのかはっきりしないまま、書き込みが独り歩きして「仕事が減った」結果だけが残ってしまう。
ただ、仕事が減ることが、必ずしも不幸だったとも限らない。当の本人にとっては、「ようやく腰を据えて、自分のやりたい仕事ができる」と感じられたケースもあったはずです。
「一緒に食べる」のは、口の中の粘膜を見せる行為
—物語には「24時間、好きな相手のことばかり考えてしまう」キャラクターが登場します。これまでよしながさんは「恋愛は人生の一部にすぎない」ことを描いてきた印象があったので、あえてこの設定を選んだ理由が気になりました。
恋愛模様は描いていますが、2人を繋いでいる前提は「芝居」があるので、仕事に対する向上心も混ざっている。一応、「初恋」の位置づけです。
男女関係なく「尊敬している先輩」と仲良くなったり、仕事を褒めてもらったりすると、舞い上がるじゃないですか(笑)。恋愛なのか、尊敬なのか、自分でもわからなくなる。恋愛って、全能感を与えてくれるでしょう? 自分の実力かもしれないのに、「この人と一緒にいると、いいことしか起きない」と錯覚してしまうような。
ただ、恋愛するにあたって「同業者」の場合、別の嫉妬心が湧いてきてしまうと思うんです。長いタームで見たときに「若かりしときの勢い」が永久に続くわけではありません。強いと思っていた人が転落したり、追い抜かされたりすることだってありえる。そういう不安定な中で、お互いが気持ちよくいられる均衡は、偶然というか、いろんな事情とタイミングが噛み合って生まれるものですからね。
—作中ではそんな2人の食事のシーンも印象的です。
食事シーンは描いていて安心するんです。
「一緒に食べる」のは、口の中の粘膜を見せる行為。なので、誰かと一段階仲良くなれる時間だと思っています。
ひとつの言葉が名付けられ、認知されるまで10年単位の時間がかかる
—「オカマって言われんだぞ世間では!」という台詞が出てきますよね。あの一言は、恋愛だけでなく、当時の世間の目を象徴しているようにも感じました。
2000年代初頭は、セクシュアリティをどう受け止めていいのか、多くの人がまだ手探りだった時代だったと思います。今は認知されてきたと思いたいですが、感じ方にはいろいろな層がある、というのが現代でも正直なところかもしれません。
でも、芸能界の人たちは、そういう「自分とは価値観が違う層」も含めた「世間様」を相手にしている職業。見てもらって、お金を払ってもらって、生きている。自由に生きているようで、不自由な部分が多い世界だと思っています。
—世間の眼差しが変わっていく様子も描く予定ですか?
あの頃だって「セクシュアリティについて誰も考えていなかった」わけではないんですよね。考えていた人は当時もいました。
自分の実体験で言うと、「BL」という言葉が認知されるまで10年ほど歳月がかかったと感じています。新しい概念や単語が認知されるまでには、大なり小なり10年単位の時間がかかることなのかなと。
2000年代初頭の生きづらさから、少しずつ状況が変わっていく。そういう変化も含めて長いタームの物語にしたいと思っています。
—社会が変わり、個人も変わり……。才能もまた、年齢とは関係なく、後から光が当たることがありますよね。
この物語でも、時代が変わって歳を重ねることで脚光を浴びるキャラクターも描きたいなと思っています。その時代によって光る才能も違いますから。歳を取るといわゆる「容姿」は失われていくかもしれませんが、才能はそれだけではない。
—加齢はネガティブなイメージを抱かれがちだと思うのですが、よしながさんは前向きなんですね。
人間関係の距離感は積み重ねがあるから、今のほうが友だちとの関わりは楽しい。若いときに悩んでいたことも、今は「取るに足らないことだった」と思えることがありますし。
70代でも揉めるときは揉めるし、落ち込むのでしょうけど、それはそれで面白い。ただ「前にも似たことを経験したな」と思えるだけで、気は楽になるんじゃないでしょうか。長く生きていると、誰かの人生や仕事を長い時間、見届けられる。それって、すごく贅沢なことだと思うんです。推しの活躍を見守ったり、新しい推しやオタク友だちと出会えたりすることも含めて。
私個人でいうと90歳を超えると多幸感が高まる、という話もあるので、「その域に達してみたい!」とも思っています。
取材・文/嘉島唯
Talent―タレント―
よしながふみ
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