日本の恋愛はいつから「推しへの課金」に乗っ取られたのか? リアルな恋愛がコスパ・タイパが悪いと敬遠されるようになった2020年代の若者事情
日本の恋愛はいつから「推しへの課金」に乗っ取られたのか? リアルな恋愛がコスパ・タイパが悪いと敬遠されるようになった2020年代の若者事情

景気悪化で、バブル時代に恋愛を支えた「土台」が揺らぐと、自身の魅力とコミュ力だけで相手を探す自己責任の90年代が始まった。そこからの2000年代の萌え文化と草食化、2010年代のSNS可視化、2020年代の推し課金まで、若者の恋愛関係の変遷を読む。



新刊『モテない中年 恋愛格差と孤独を超えて』より一部抜粋・再構成してお届けする。

1990年代…コミュ力と自己責任の時代

1990年代に入り、性愛コミュニケーションから撤退して趣味に没頭する若者が「オタク」として認識されるようになった。「若者であれば、誰もが恋愛やセックスに興味を持ってしかるべきである」という暗黙の前提が存在していたからこそ、みんなが興味関心を持ち、参入したがっているであろう恋愛の世界から撤退する若者は、異質な存在として注目されたわけだ。

こうした中で、恋愛の自由市場に参入し、そこでパートナーを得られるかどうか、つまり「モテるか/モテないか」が、自分や他人をジャッジする基準として使われるようになる。若者の間では、学歴や収入、社会的地位よりも「モテるか/モテないか」の方に価値を置く傾向も生まれる。

1990年代は、日本の経済状況が悪化し、高度経済成長期やバブル経済の陰で隠されてきた様々な社会の歪みや疲弊が顕在化した時代でもあった。少年犯罪、援助交際、ひきこもり、不登校など、現在でも問題になっている若者に関する社会課題の多くが顕在化するようになったのも、この頃であった。

社会から経済的な余裕がなくなるにつれて、恋愛や結婚の成立を陰ながら支えてきた「土台」や「型」が徐々に失われていき、「自己決定」「価値観の多様化」の名の下、剝き出しの個人同士が、自己の責任において、自身の魅力やコミュニケーション・スキルだけを頼りに相手を見つけ出さなければならない時代へと突入していく。

2000年…萌えとリア充の時代

2000年代に入ると、インターネットの普及により、アニメや漫画などのポップカルチャーが幅広い世代に視聴・消費されるようになった。その中で「萌え文化」が注目されるようになる。アニメや漫画のキャラクターに対して抱く特有の好意を表す言葉として、一部のオタクの間で使われるスラングだった「萌え」は、2005年のユーキャン新語・流行語大賞に選出された。

2000年代後半には、現実世界で活発な恋愛を行う若者が「リア充」と呼ばれるようになる。この言葉は、肯定的な文脈と否定的な文脈、両方で使われていた。リアルの世界で、恋愛を通して充実した日々を送っている人たちというイメージもあれば、恋愛至上主義にとらわれて強迫観念的に動いている哀れな人たち、というイメージもあった。



現実で恋愛を楽しむ人たち(楽しまなければいけないと思い込んでいる人たち)と、ネットや萌え文化へと退却し、その中で充足する人たち、という分化が進んだ時代だったと言える。こうした中で、若者の性行動は徐々に不活発化していく。大学生の性行動経験率(キス・性交)は2005年をピークに減少に転じ、以後低下を続けることになる。

「草食系男子」という言葉が社会に広まったのもこの時期だ。この言葉には様々な定義があるが、おおむね「女性との恋愛やセックスを積極的に求めない男子」という意味合いで、人口に膾炙していった。

目の前に女性と恋愛・セックスできる機会があるにもかかわらず、なぜ彼らはしないのか。草食系男子に投げかけられるこうした問いの背景には、「若い男性は、誰もが女性と恋愛やセックスをしたがっているはずだ」という前提があるわけだが、これはあくまで旧世代の男性観である。恋愛や結婚の成立を陰ながら支えてきた「土台」や「型」が失われれば、恋愛やセックスに興味を示さない若者が出てくることは必然である。

若者の恋愛や性に対する関わりは、全面的な関与か全面的な撤退しかないと考えられていたが、こうした二元論を相対化する存在として、草食系男子の存在が注目されたと言えるのかもしれない。

 2010年代…SNSとマッチングアプリの時代

2010年、結婚における恋愛結婚の比率は、87・9%まで上昇した。スマートフォンの登場、それに伴うSNSとマッチングアプリの普及に伴い、パートナーを見つけるためのコストは大幅に低下した。インプレッションやフォロワー数などで「モテ」の度合いが数字で可視化されるようになったことも大きな変化だろう。

出会いの流動性が高まる中で、非モテから脱却するために、科学的なアプローチで恋愛を捉え、女性とより良い恋愛関係を築けるようになることを目指す「恋愛工学」が流行した。

えげつないテクニックの数々が様々な賛否を巻き起こしながらも、一定の男性たちから熱い支持を集めた。

その一方で、若者の恋愛離れが語られるようになる。若者の恋愛離れについては、それまでの時代でも度々語られてきたが、2010年代以降の特徴を端的に表すとするならば、「恋愛至上主義離れ」である。すなわち、恋愛の優先順位の低下だ。

かつての恋愛は、簡単にできるものではなかった。相手も簡単に見つかるものではなかった。それゆえに価値がある、と考えられてきたが、テクノロジーの発展によって、その気になれば、誰でも・いつでも・どこでも、自分にあった相手を見つけられるようになった。

そうなれば、恋愛の価値は相対的に低下する。勉強や趣味、仕事や家族と過ごす時間などの日常的な活動が恋愛に優先するようになっていき、恋愛は「後回し」にされる対象になった。若者が恋愛に求めるものは「激しい情熱的な関係」から「穏やかで安定的な関係」へと変化していった。こうした変化の中で「至上の恋愛」から「無理のない恋愛」へという流れも強まっていった。

1970年代の若者たちにとって、「命がけのもの」「至上のもの」であった恋愛の価値は、約半世紀後の若者たちにとっては、せいぜい「あればあったで良いもの」程度に目減りしている。
恋愛は人生におけるデフォルトではなくなり、実行するかどうかの時点から自分で選択するオプションのような存在になっていると言える。

2020年代…推しと課金の時代

自分の「推し」(他人にすすめたいほど気に入っているアイドル、俳優、アニメキャラ、スポーツ選手、動物など)を応援する活動を指す「推し活」は、2010年代からSNSの普及に伴って広まっていったが、2020年代に入り「推し文化」として社会的に根付くことになる。世代を超えて、ライブやイベントへの参加、グッズ購入、SNSでの情報発信や交流、聖地巡礼など、様々な方法で「推し」に対して応援・課金することが一般化する。

一見すると、「推し」は恋愛に近い行為に思えるが、実際は似て非なるものである。「推し」は偶像崇拝に近い、一方通行の好意である。現実にデートできる相手や、LINEをやり取りできるような相手は、「推し」の対象にはなり得ない。

推す側と推される側の間には、相互的なコミュニケーションがないのだ。ある意味で型にはまった関係性であり、関係性を維持する手段も「課金」というシンプルかつ明瞭な方法なので、現実の恋愛や結婚に比べれば、圧倒的にコスパが良い。言うなれば、恋愛や結婚の美味しいところだけを課金して味わえるようなものだ。

こうした推し文化が広まる中で、恋愛や結婚の立ち位置はどんどん危うくなっていく。恋愛関係は、友人関係や家族関係とはまた異なる関係性であり、それを形成し維持するためには、独特の知識や作法、そして弛まぬ努力や気遣いが求められる。推し活とは異なり、「せっかくだからやっておこう」程度の意識で参入しても、その果実を十分に味わうことは難しい。

恋愛をする力は、語学力やスポーツと同じような特殊技能であり、実際に生身の相手と経験を積むという方法でしか会得できない。

1980年代に隆盛を誇ったデート情報誌や若者向けファッション誌で紹介されていた知識やマニュアル、2010年代に話題になった恋愛工学のようなノウハウを学んだうえで、実際にパートナーを見つけて、関係性を育んでいく努力が必要になる。

また恋愛や結婚は、近年の社会の中では珍しく「男性らしく振る舞うこと」「女性らしく振る舞うこと」が求められる場でもある。日常的に男性らしく振る舞うこと、女性らしく振る舞うことが求められていない社会の中では、「男性らしく」「女性らしく」振る舞うことは、意外と難しい。

かつて恋愛や結婚でしか得られなかった体験の多くが推し活などの他の手段で代替できるようになった今、コスパやタイパの観点から考えれば、わざわざ恋愛や結婚にコミットする必要性は乏しい。

文/坂爪真吾

『モテない中年 恋愛格差と孤独を超えて』(PHP研究所)

坂爪真吾
日本の恋愛はいつから「推しへの課金」に乗っ取られたのか? リアルな恋愛がコスパ・タイパが悪いと敬遠されるようになった2020年代の若者事情
『モテない中年 恋愛格差と孤独を超えて』(PHP研究所)
2026年2月17日1,210円(税込)256ページISBN: 978-4569860879

中年はつらいよ!
なぜ私たちは何歳になっても「モテる/モテない」の呪縛から逃れられないのか。
異性と関わることができない苦しみ、独身を謳歌していても訪れる寂しさ、既婚者の脳裏をよぎる不倫やパパ活への欲求。
そうした呪いに縛られるのはあなたのせいではない。
性と孤独をめぐる問題に最前線で向き合い続けてきた著者による、5人の中年男性へのインタビューを通して浮かび上がってきたリアルとは。

【本書の要点】
●「モテる/モテない」の呪いは何歳になっても残る
●未婚男性がマジョリティになる時代の到来?
●婚活で「年齢の壁」は越えられない
●「人の話を聞く力」がますます大切になる
●「モテる力」よりも必要な「同居力」
●自分が選べない不自由なものを探す

【目次】
はじめに
第1章:なぜ私たちは「モテる/モテない」に踊らされるのか
第2章:日本の恋愛をめぐる150年史
第3章:バツイチのシングルファザーの孤独
第4章:孤独だった少年が孤独を楽しめる大人になるまで
第5章:ギャンブル依存と満たされない性
第6章:結婚相談所代表が離婚した理由
終 章:「モテる/モテない」という呪縛からの解放
おわりに

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