〈胃が9割ないのに毎日焼酎1.5L〉肝硬変で生死をさまよったブル中野が初めて「死にたくない」と思ったワケ「お酒をやめて世界が変わった」
〈胃が9割ないのに毎日焼酎1.5L〉肝硬変で生死をさまよったブル中野が初めて「死にたくない」と思ったワケ「お酒をやめて世界が変わった」

2015年、古傷のひざのケガによる歩行困難のため、胃の90%を切除するスリーブ手術を決意。その結果、現役時代から50キロの減量に成功した元女子プロレスラーのブル中野さん。

食べられる量が限定されたことで食生活は量より質へと変化したが、現役時代から大好きなお酒はやめられず、病魔は彼女の体を蝕み続け……。〈前後編の後編〉

胃の9割切除も毎日焼酎1.5リットルを飲み…

ブルさんは胃のスリーブ手術後、限られた食事量の中で担当医師から「肉や魚などタンパク質優先で、その後にできれば糖質を摂って、サラダは一番最後。むしろお腹いっぱいだったら野菜は無理して食べなくもいい」と指導されていた。

「復食後は卵豆腐を少しだけ食べるなどしてタンパク質を摂りつつ、ビタミンはサプリなどで補っていましたね。糖質? 糖質はお酒を飲めばいいかなって(笑)」(ブル中野。以下同)

現役時代は毎日焼酎750mLボトルを3本も空けていたというブルさん。胃の9割を失っても、同じボトルを毎日2本空ける生活を送っていた。

「後輩女子レスラーが接客するガールズバーを経営してお店にも立っていたから、お酒が目の前にある環境だったのがいけなかったのかな。大好きなお酒で糖質が摂れるんだから、こんないい話はないじゃないと思って(笑)。

ところが、そのうちいくら飲んでも酔えなくなってきて、おかしいなと」

食には細心の注意を払いながらも、アルコールによる肝臓の負担は度外視。

「術後、胃の手術をしてもらった病院で定期的に血液検査してもらってましたが、飲み過ぎを指摘されつつ無視してたんです。で、ある年末に『このまま入院してください』と言われたのに『年末年始は忙しいからそれが終わってから』とか言って、3年くらい逃げ回っていました」

当然、体の不調は如実に表れ始める。肌荒れ、抜け毛、目には黄疸、そして腹水でお腹は大きく膨れあがった。

それを見た元ムエタイ選手で15歳年下の夫、青木大輔さんに半ば強引に病院へ連れていかれそうになるも……。

「『明日必ず行くから、今日だけは飲ませて』って(笑)。最後の晩酌になるかもしれませんからね」

と、お酒への思いは断ち切れていなかった。

お酒をやめたら意欲が湧いてきた

病院ではアルコール性肝硬変と診断されて即入院。いろいろ検査をしてみると悪いところは肝臓だけではなく、大腸に大量のポリープが見つかった。うち3つはがんになる可能性があるため、ポリープの切除手術を行うことに。

しかし、血小板をつくる肝機能が働かないため、大腸の創部から出血が止まらなくなってしまった。そのため、術後2週間は一切動けず、食事もとれない寝たきり生活に。

「強制断酒ですね。でも不思議とそんなに飲みたい気持ちにならなかった。それまでは常に目がチカチカ、耳鳴りもしていて体は重く、何もする気がおきなかったんですが、寝たきり生活を1週間も続けていると、だんだんと意識がクリアになっていくことに気がつくんです」

こうしてブルさんは2カ月間の入院生活ですっかりお酒を断つことに成功。アルコール性肝硬変は、一度なってしまうと元の状態に戻すことは難しいが、段階によっては徹底禁酒することで肝機能は安定化する。

退院して5年以上が経過した今も、ブルさんはお酒を飲みたくなることはないという。

「だって、お酒を断ってからはいいことしかありませんから。仕事への意欲も満ちてきて、アメリカの女子プロレス団体『SUKEBAN』のコミッショナーやブッカーをやらせてもらったりといいこと尽くめです。

以前はずっと家の中にいて電話も取りたくないし、メールもしたくない。外部と遮断して自分だけの世界にいて、なんて無駄な時間を過ごしていたんだろうと思います」

そしてもうひとつ、お酒をやめてよかったと思うことについて「自分の心で言葉を発せられるようになったこと」だとブルさんは話す

「旦那や両親といった家族に『ありがとう』や『ごめんね』って言葉を、以前は恥ずかしかったからお酒の力を借りてしか言えなかった。友達や仕事仲間だとシラフでも言えるんだけど、家族だとどうしても照れくさくて。

入院して家族にはめちゃくちゃ迷惑をかけたから、退院したときに『ありがとう』と本心から感謝の気持ちを伝えられたのが、お酒をやめて一番よかったことですね。まぁ、ここ(取材場所となった現役時代の盟友が経営する居酒屋「かおちゃん家deめしくい亭」)で言うことではないんですけど(笑)」

現在、摂取できる塩分は1日7グラム

また、肝硬変を患ったことで1日に摂取できる塩分は7グラムまでと決められている。おおよそ小さじ1杯という少量だ。

「普通の食生活をしていたら絶対に超えてしまうので、そこはかなり気をつけてます。食事はほとんど自炊ですが、どれもすごく薄味。旦那にも同じものを出しているので、好みで醤油をかけてもらってます。

ゴルフで汗かいても塩分は摂れないので、どうしても足がつっちゃいますね。

そういうときはミネラルで補ったりと工夫が必要なんです」

いくら生活に気をつけても、以前のような体に戻れるものではない。それくらい病気は恐ろしい。それでもブルさんは「病気になってよかった」と繰り返す。

「病気になったことで自分を見直すいい機会になったと思います。

食べることだって、以前は会話をせずに体を大きくするためだけに食べていたけど、食事ってじつはコミュニケーションの場なんですよね。ビジネスにおいても食事を通じてすべてがつながることもありますし。そのことに胃を切除するまで気がつきませんでした」

また、病気を経て死生観についても大きな変化があったという。

「プロレスだったりゴルフだったり、昔から好きなことだけをやってきたので『いつ死んでもいい』と思ってましたが、肝硬変になって死を意識したときに、初めて『死にたくない』と思ったんです。

それまでは家族や仲間、ファンのためにと思って生きてきた。でも、実はそれってすべて自分の健康ありき。私が元気じゃなければ、みんなのためにならない。だから自分自身も守るべき大切な存在であることに気づいたんです」

「胃のスリーブ手術」と「アルコール性肝硬変」というふたつの大きな転機で、ブルさんは食べること、生きることの喜びを再認識した。

健康に越したことはないが、前向きに病気と向き合うという気持ちもまた、生きるうえで大事だと彼女が証明している。

取材・文/武松佑季
撮影/下城英悟

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