40年ぶりの大インフレをなぜ世界は予想できなかったのか…FRBですら見誤った“歴史的誤算”の正体
40年ぶりの大インフレをなぜ世界は予想できなかったのか…FRBですら見誤った“歴史的誤算”の正体

長引く世界的なインフレ。世界で最も洗練された経済分析集団であるはずのアメリカの中央銀行、FRB(連邦準備制度理事会)ですら今回のインフレを「一時的な現象だ」と見誤り、予想できなかったのはなぜなのか。

YouTubeチャンネル「大人の学び直しTV」の登録者数が100万人を超える「すあし社長」が、この歴史的な大インフレの正体を解説する。(本稿は、すあし社長『あの国の「なぜ?」が見えてくる世界経済地図』(かんき出版)の一部を再編集したものです。また、2025年9月時点の世界経済、情勢に基づいて制作しています)

なぜ、コロナ後に高インフレが起こったのか

2020年代初頭、アメリカ、そして世界は、まるで眠れる巨人が目を覚ましたかのような、猛烈なインフレの渦に巻き込まれました。スーパーマーケットの値札は毎週のように書き換えられ、ガソリンスタンドの表示価格は天井知らずに上昇し、人々の生活を根底から揺るがしました。

その勢いは実に40年ぶりの歴史的なレベルに達し、多くの専門家が「もはやインフレは起こらない」としていた予測を覆しました。

この物価高騰は、なぜ起きたのでしょうか。そして、なぜ世界で最も洗練された経済分析集団であるはずのアメリカの中央銀行、FRB(連邦準備制度理事会)ですら、その本質を見誤ってしまったのでしょうか。

ここでは、この歴史的な大インフレの正体を、その原因から社会への影響、そして私たちの未来がどう変わっていくのかまで、深く、そして多角的に解き明かしていきます。

最悪のタイミングで噛み合ってしまった歯車

2022年6月、アメリカの消費者物価指数(CPI)は前年同月比で9.1%という衝撃的な数字を記録しました。これは、オイルショックの記憶も生々しい80年代初頭以来の、異常な高水準です。

この歴史的な物価高騰は、「需要」「供給」、そして「人々の心理」という、経済を動かす複数の歯車が、最悪のタイミングで噛み合ってしまった「パーフェクト・ストーム(完璧な)」だったのです。

嵐の震源地は、20年に世界を襲った新型コロナウイルスのパンデミックでした。この未曾有の危機に対し、アメリカ政府とFRBは、経済が完全に停止するのを防ぐため、歴史上例のない規模の対応を取りました。

その対応とは、「政府による未曾有の財政出動」と「FRBによる強力な金融緩和」という二本の柱からなります。



政府は全国民への現金給付や失業保険給付の大幅な上乗せといった、国民の懐に直接お金を届ける政策を次々と実行しました。それと並行してFRBは政策金利を実質ゼロまで引き下げ、市場から大量の国債などを買い入れる「量的緩和(QE)」で経済を後押ししたのです。

しかし、その善意の政策が、後にインフレという怪物を育てる土壌となってしまったのです。具体的には、次の三つの巨大な力が同時に経済に作用しました。

一つ目は、「過剰な需要」。
二つ目は、「供給網の破壊」。
そして三つ目が、「労働市場の激変」。

「欲しい」という力(需要)は有り余るほど強いのに、「作る・運ぶ」という力(供給)はズタズタに破壊されている。この需要と供給の巨大なミスマッチが、40年ぶりの物価高騰を引き起こした根本的な構図でした。

それは、アクセルを全開で踏み込みながら同時にブレーキが壊れてしまった車のような状態だったのです。しかし、当時のFRBは事態を楽観視していたのです。

FRBはなぜ、「一時的」と見誤ったのか

大インフレが迫っているにもかかわらず、FRBのジェローム・パウエル議長をはじめとする政策担当者たちは、2021年を通じて「インフレは一時的(transitory)な現象だ」と繰り返し、事態を楽観視していました。なぜ、世界最高峰の頭脳集団がこれほど重大な見誤りをしたのでしょうか。



背景には、FRBが陥っていた一種の「成功体験の罠」があります。パンデミック以前の約30年間、世界経済は「大いなる安定(Great Moderation)」と呼ばれる、低インフレ・安定成長の時代を享受していました。

この頃のFRBの最大の敵は、高インフレではなく、むしろ物価が上がらない「デフレ」の圧力。FRBの思考の枠組みや経済モデルは、全てこの「デフレとの戦い」に最適化されていたのです。

20年8月には、この考え方をさらに推し進めた「柔軟な平均インフレ目標(FAIT)」という新しい方針を導入したばかりでした。これは、「過去にインフレ率が目標を下回っていた分を取り戻すため、一時的に2%を超えるインフレを許容する」というもので、FRBの政策判断に、より金融緩和を続けやすい方向へのバイアスを組み込むものでした。

そんな中、パンデミックという全く新しいタイプの危機が発生します。FRBはこの未知の事態にもかかわらず、供給網の混乱を「いずれ解消される一時的な摩擦」と捉え、労働市場が完全に回復するまでは、金融緩和を続けることが正義だと信じていました。

長年の低インフレの経験から「高インフレの時代は終わった」という思い込みが強かったため、物価上昇の兆候が見えても、それは「一時的」であるという証拠を探し求めてしまったのです。

しかし、現実は彼らの想定をはるかに超えていました。供給網の混乱は予想以上に長く続き、政府の給付金は人々の消費意欲を爆発させました。

データがインフレの持続性を否定できないほど明確になった21年末、FRBはようやく「一時的」という言葉を撤回し、急激な方針転換を余儀なくされたのです。
この歴史的な誤算は、新しい世界に変わる中、古い地図を使い続けたことが原因だったと言えるでしょう。

なぜ、想像を超えることが起こったのでしょうか。それにはある理由があったのです。

「現金給付」と「金融緩和」が生んだ過剰な需要

今回のインフレを理解する上でまずおさえたいのが、経済を刺激するために投じられた資金が、まさに「桁外れ」の規模だったことです。

2020年から21年にかけて、トランプ前政権とバイデン前政権は、数次にわたる景気対策法を成立させ、合計で数兆ドルという、平時では考えられないほどの資金を経済に注入しました。その中心にあったのが、国民の懐に直接お金を届ける政策です。

全国民への「現金給付(景気刺激策)」や、「失業保険給付の大幅な上乗せ」は、多くの家庭の所得を劇的に増加させました。

その結果、アメリカの個人貯蓄率は20年4月に32%という異常な水準にまで跳ね上がり、家計には「過剰貯蓄」と呼ばれる巨額の待機資金が蓄積されたのです。

この「32%」という数字がいかに異常かというと、パンデミック以前の平時、アメリカの個人貯蓄率は平均して7~8%前後で推移していました。つまり人々は、税金を引かれた所得のうち、通常であれば100万円のうち7~8万円を貯蓄に回していたのです。

それが32%にまで跳ね上がったということは、政府からの現金給付があった一方で、ロックダウンで旅行や外食といったお金の使い道が制限された結果、所得の約3分の1を消費せずに、そのまま貯蓄に回していたことを意味します。

いわば「使い道がなく、行き場を失ったお金」が「過剰貯蓄」の正体です。コロナ後の人々は、「政府からお金がもらえたし、パンデミックで旅行にも行けなかったから、その分、モノを買おう」と考えました。

この潤沢な資金が、後々まで続く旺盛な消費意欲の、巨大な燃料タンクになったのです。

この政府による「財政出動」と並行して、前述の通りFRBも強力な「金融緩和」で経済を後押しし、世の中に出回るお金の量を爆発的に増やしたのです。

この財政と金融という「両輪」による超強力な刺激策は、人々の購買意欲を押し上げました。

これは単に「少なすぎるモノを、多すぎるカネが追いかける」という古典的なインフレの構図に留まらず、供給網が崩壊しつつあった特定の分野に対して、需要が異常なまでに集中したという、深刻なミスマッチにあったのです。

文/すあし社長 写真/shutterstock

あの国の「なぜ?」が見えてくる世界経済地図

すあし社長
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あの国の「なぜ?」が見えてくる世界経済地図
2025/10/81,980円(税込)320ページISBN: 978-4761278304

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ニュースを見ていると、ある国の行動が理不尽で理解不能に思えることがあるかもしれません。しかし、その国の歴史、内政、国民感情といった「火種」を知れば、その行動が彼らにとっての「ロジック」に基づいていることが見えてきます。世界経済を善悪二元論ではない、複眼的で、バイアスのない冷静な視点で読み解いてみてください。

【目次】
1章 〈アメリカ〉 ドルという魔法は、いつまで続くのか
2章 〈中国〉 成長か、安定か、究極の選択に迫られる
3章 〈ロシア〉 「過去の栄光」のために、犠牲にする未来
4章 〈ヨーロッパ〉 「ひとつの家族」の理想と現実
5章 〈日本〉 世界が注目する「豊かなまま縮小」の行く道

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