「重版こわい」の謎…うれしいはずの重版出来が中小出版社を悩ませている金銭的カラクリ
「重版こわい」の謎…うれしいはずの重版出来が中小出版社を悩ませている金銭的カラクリ

多くの書籍編集者にとって一番うれしい言葉は「重版出来」だろう。手がけた本がより広く世の中に広まり、売り上げも上がり、作者には追加印税も支払われる。

だが中小の出版社にとって重版をするかどうかは、実はかなりシビアな問題だ。

書籍『本づくりで世の中を転がす 反ヘイト出版社の闘い方』より一部を抜粋・再構成し、なぜ重版がこわいのか、その理由を解説する。

重版こわい

出版業に関心のある人に松田奈緒子さんのマンガ『重版出来!』(小学館、全20巻、2013~23年)はよく知られているだろう。ストーリーの詳細を知らずとも「重版」の意味は、出版に興味のない人でも多くの人が了解されるはず。

あえて説明すると、刊行時に印刷・製本したもの(初版)が売り切れ、それでもなお書店から注文が続くことが想定される場合、刷り増しすることになる─「そんなこと知ってるよ」という人も、「重版出来」を「じゅうはん・でき」と読むのか「じゅうはん・しゅったい」と読むのかはご存じで?

先述のマンガは「しゅったい」と読ませる。なぜなら小学館だから。一方、ころからでは「でき」と呼ぶ。なぜなら零細出版社だから。

不思議なことに、大手出版社は「しゅったい」、中小では「でき」と読むことが多い。

閑話休題。

いずれにしても「重版」または「増刷」は、なんとも甘美な響きだ。

そこには「売れている=いい本だ」というメッセージも込められている。

実際、出版業界に足を踏み入れたとき「重版しているか、否か」が本の善し悪しをはかる基準のように言われているのを目の当たりにした。

しかも「2刷」ではダメ、「3刷」以上でないと、とも。すなわち「2刷はフロック(まぐれ)ということもあるが、3刷以上となればホンモノだ」ということ。

ところが。

出版社を立ち上げ、数回の重版出来を経験するとどうなるか?

「重版こわい」だ。

落語好きの人なら「饅頭こわい」の「こわい」だね?そうやって、好物の饅頭を独り占めしようって魂胆の……。

そう思われても不思議ではない。しかし、この場合は掛け値なしの「こわい」なのだ。

どういうことか?

重版とは初版部数の見誤り?

仮に3000冊を初版として刊行する。たちまち評判になり1カ月後に重版となった。さて、何冊刷るかが第一の難問。機械的に初版と同じ3000冊と判断する社はまずないだろう。

では、初版より減らして1000冊か、いや、ぐっと増やして5000冊か?

迷いに迷った末に2000冊にしたとする。すると、つぎなる難問は資金をどこから捻出するかだ。

たとえば4月に初版を刊行し、5月に増刷すると、印刷屋さんへの支払いは初版分が6月末、続いて増刷分は7月末となるのだが、じつはこの時点でまだ売上代金が入っていないのだ。

細かく言うといろいろあるが、4月初版分の売上が入金されるのは9月になってから。なのに、初版+重版分の支払いはやってくる。もっと言えば、この重版分が売れるかどうか、はたまた初版分からどれだけ返品があるかは神のみぞ知る。

「いや、そんなこと種々のデータから推測できるでしょ?」との声が聞こえてくるが、営業専門の社員を置いていないわが社では、なかなかそこまではできない。

いま、刊行からすぐに重版となった場合の話をした。

これと同じか、それ以上に「こわい」のが月日が経ってからの重版。

初版在庫はもうない、が書店からの注文はときどき入る、なにより出版社として大事にしたい1冊だ─そんな本の場合、刊行から数年を経ても重版する。

それなら売上代金が入ってきているのだから余裕だろ?との声も聞こえる(いろいろ聞こえてくるのです、脳内に直接)。

しかし、仮に初版分の粗利が200万円だとする。そこから社の人件費や固定費を捻出する。そして、重版分に60万円が必要となると……、目もあてられない。

しかも、その重版分は在庫となるわけで、税務的に言えば資産計上される。1カ月1冊あたり3円程度の倉庫代もかかる。

いやはや、「重版こわい」だ。

かつて、出版業界でこんな名言を言った方がおられる。

「重版とは初版部数の見誤りである」と。

この言葉を嚙みしめる10年だった。

世の人が何冊この本を必要とするか、きちんと目算が立つならその分だけ初版で刷ればよい。が、そうは問屋が卸さないので初版冊数では不足する。よって、出版社はさらに儲からない。悪循環だ。

が、先の名言にはじつは後段がある。

「初版が売れ残るのも部数の見誤りなんだけどね(笑)」

ほんと、その通りだ!

あれ? ということは、多くの初版は部数を見誤ってることになる!?

なんだか論理学のケースみたいだけど、出版社の社員さんはともかく、経営者はずっと「重版こわい」なのだ。

ただ、その宿命を変えようとしているのが電子書籍。売れっ子マンガ家を抱える出版社は電子書籍の隆盛で笑いが止まらないという。

実際、そのおかげで2020年代になって過去最高益を出している出版社もあると聞く。しかし電子書籍ばかりが売れるということは、必然的に書店には1円も儲けが入ってこないことになる。さらには取次も出版社の好況を指をくわえて眺めることになる。

このことを、専修大学教授の植村八潮さんは2022年を回顧するコラムで「出版社・取次・書店の三位一体が崩れた」と書いた(「東京新聞」2022年12月10日)。

出版社だけが儲かるシステム=「重版」のない世界は、いわゆるゼロサムとも違う終末感が漂う「こわさ」だ、というのは言いすぎだろうか。

本づくりで世の中を転がす 反ヘイト出版社の闘い方

木瀬 貴吉
「重版こわい」の謎…うれしいはずの重版出来が中小出版社を悩ませている金銭的カラクリ
本づくりで世の中を転がす 反ヘイト出版社の闘い方
2025年12月17日発売1,100円(税込)新書判/240ページISBN: 978-4-08-721390-4

小さくとも、したたかに、抗っていく――。出版社「ころから」戦記!
近年、小規模で個性的な「ひとり出版社」が注目を集めている。だが、2013年創立の出版社「ころから」にはフォロワー(追随する者)がいないと業界では評判だ。
その独自性の源泉はどこにあるのか。「ころから」の本の制作過程をはじめ、経営の仕方、本を取り巻く環境を伝えるのと同時に、ヘイト本が蔓延する書店とそうした社会の現状をいかに動かし、転がしていくかを考えていく。

社会がヘイトの空気に覆われた2010年代以降、その暗雲を吹き払うために、そしてタフに生き抜くために、知恵を絞った者たちの闘いの記録。

[推薦]
武田砂鉄さん (ライター)「よりどころのない社会で、よりどころとなる本を作る人」
福嶋聡さん (丸善ジュンク堂書店)「木瀬さんたちの『NOヘイト!』が無かったら、ぼくのこの10年の書店人生は、違ったものだったろう。本に携わる幾人もの思いと行動の連鎖が、世界を変える。希望を、諦めない」

◆目次◆
第1章 ヘイトに抗う
第2章 スモール&タフ
第3章 ころからのある社会

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