〈ミヤネ屋終了〉「終わって嬉しい」の声の裏側 嫌われ役を引き受けた宮根誠司の炎上と信頼の20年
〈ミヤネ屋終了〉「終わって嬉しい」の声の裏側 嫌われ役を引き受けた宮根誠司の炎上と信頼の20年

テレビはまだまだトガっている。心に“刺さった”番組を語るリレー連載「今週のトガりテレビ」。

今回は、テレビウォッチャーのノブユキが、『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ)の終了について語る。

『ミヤネ屋』終了に世間の反応は?

今年9月末で20年の歴史に幕を閉じることが報じられた午後のワイドショーに対し、SNSでは惜別よりも「終わって嬉しい」「もっと早く終わってほしかった」といった声が目立った。だが、そうした評価は、番組の内側や業界の見方とは大きく食い違っていた。

2月12日に放送された『ミヤネ屋』では、青森の大雪、大阪で起きた殺人事件、兵庫の市民病院での医療事故をめぐる裁判などを報じた。そして、この日最後に伝えたのは、司会の宮根誠司による番組の終了発表だった。

『ミヤネ屋』の放送が始まったのは2006年7月。当初は関西ローカルの夕方の情報番組だったが、2007年10月からは草野仁が司会を務めた『ザ・ワイド』の後を受けて現在の時間帯に進出。半年後には在京の日本テレビでもネットを開始し全国区の番組となった。

朝日放送(ABC)出身の宮根は『ミヤネ屋』開始当初、局アナ時代から担当している関西ローカルの朝の情報番組『おはよう朝日です』も引き続き担当。平日の帯番組を2本掛け持ちしていたことから、“西のみのもんた”の異名が付いた。

軽妙な語り口で関西で高い人気を誇り、さらに『ミヤネ屋』の全国進出をきっかけに全国区の存在となった。2010年からは在京キー局でもレギュラーを獲得している。

『ミヤネ屋』の特徴として、司会者がコメンテーターに「○○さん、いかがですか?」と単に意見を求めるのではなく、宮根が「○○さん」と指名したうえでニュースの視点を提示し、問題提起してからコメントを振る手法を取る点が挙げられる。

これにより番組は円滑に進行し、スタジオに井戸端会議のような空間を生み出すことで、テレビの前の視聴者の共感を呼ぶ──これこそが『ミヤネ屋』が長く続いた秘訣である。

2022年に安倍晋三元首相の銃撃事件が発生してからは、事件の引き金となった旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の問題について連日時間を割いて取り上げた。X(当時はTwitter)では「#ミヤネ屋がんばれ」のハッシュタグがトレンド入りするなど、報道姿勢を評価する声も目立った。

オードリー若林が『ミヤネ屋』批判をしたことも

一方で、宮根の言動が批判を集め、ネット上で炎上したことも。2012年には自身の隠し子の存在が週刊誌で取り沙汰され、2024年には野球のロサンゼルス・ドジャースの開幕戦取材で訪れた韓国での路上喫煙が発覚し番組内で謝罪。2015年からは週刊誌の読者アンケートによる「嫌いな司会者ランキング」の常連にもなっていた。

宮根と番組の双方が批判を浴びた出来事もある。2019年、俳優の蒼井優と結婚した山里亮太(南海キャンディーズ)を「ブサイク芸人」と紹介したことに対し、コメンテーターの橋本五郎がこれを批判。

朝の情報番組『スッキリ』(日本テレビ系)で見せた山里の素早い反応や相手への気配りを引き合いに「なんでその人が結婚しちゃいけないんですか」と疑問を呈した橋本に対し、宮根は「ブサイクだからですよ」と言い放った。

これに対して、山里とユニットコンビを組む若林正恭(オードリー)はラジオで、Creepy Nutsは同番組のテーマソングの歌詞の一節で、それぞれ「ミヤネ屋センスが無い」と批判した。

近年は石井亮次が司会を務める『ゴゴスマ』(CBCテレビ)に視聴率で後れを取ることも多くなった。そして先月末、番組が9月末で終了することが報じられた。SNSでは終了を惜しむ声よりも「ミヤネ屋が終わって嬉しい」「もっと早く終わってほしかった」という声が目立っていた。

しかし、宮根の周囲の評価は真逆だった。2月12日の終了報告で宮根は、幾度となく降板を考えたものの、制作局の読売テレビや番組をネットする日本テレビ系列局、さらには番組スポンサーからも「もうちょっと頑張ったらどうか」と慰留され続けていたことを明かした。

元気なうちに、局アナ1年目のような気持ちに戻ってがむしゃらに仕事に取り組む最後の機会にしたい——そんな思いを伝え、ようやく納得してもらえたという。

宮根誠司が視聴者へ感謝の言葉

本人曰く、「どこのどいつか分からない奴がやっている番組」を見てくれた視聴者や、知識と見聞を広めてくれたコメンテーター、そして自分よりも誇れる存在だというスタッフに対しても感謝の言葉を述べた宮根。

「悪名は無名に勝る」という言葉があるが、宮根が視聴者や世間の“嫌われ者”に敢えて徹してきたことは、並大抵ではない努力の末に得た信頼の証だろう。

挨拶の最後に「ひょっとしたらやめたのをやめたっていう可能性もありますので」と笑いを入れた。本当に嫌われていたのであれば、Xで「ミヤネ屋」がトレンド入りするほど話題に上がることもなかったはずだ。嫌われ役を引き受け続けた司会者は、最後に視聴者にどんな印象を残すのか。

文/ノブユキ

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