〈哀悼・LUNA SEA真矢さん〉ライブでファンが抱いていた違和感「次にこの場所に立つときは、俺たちの誰かがこの世から…」
〈哀悼・LUNA SEA真矢さん〉ライブでファンが抱いていた違和感「次にこの場所に立つときは、俺たちの誰かがこの世から…」

2月17日、ロックバンド「LUNA SEA」のドラムス、真矢(しんや、本名・山田真矢)さん(享年56)が亡くなっていたことがわかった。集英社オンラインでは、昨年9月に病状を公表した際、真矢さんの復帰を信じて祈るファンの声を取材していた。

 

ツアー、レコーディング、そして昨年2月の東京ドーム公演。いま思えば、そうしたすべてを闘病と並走していた真矢さん。来月12日に予定されていた公演で再びステージに立つために懸命にリハビリを続けてきたが、叶わなかった。

病状を公表したLUNA SEA真矢

2025年9月8日、真矢さんは自身のSNSで病状を公表した。

「僕から皆さまにご報告しなければならないことがあります。2020年に大腸がんのステージ4が発覚しました。ライブ、その後のツアー中ではありましたが7回の手術と抗がん剤治療、放射線療法を併用してライブを続行してきました。

2025年2月に東京ドームで開催した結成35周年ツアーのグランドファイナルまで走り抜いてきて、活動はひと段落したのですが、先日めまいで倒れ、立てなくなってしまいました」

当時、次に予定されていたLUNA SEAのライブは、11月8、9日に開催されたバンド主催フェス「LUNATIC FEST. 2025」だった。このステージでは、真矢さんの一番弟子であるSIAM SHADEの淳士がドラムを務めた。

LUNA SEAのインディーズ時代、真矢さんのローディーを務め、真矢さんを師匠と敬愛している淳士。今回の人選は、ほかの可能性を探るまでもなく「完璧」と言っていい。真矢さん自身が「お前しかいないだろ」と直接声をかけたという。

ファンも二人の関係を熟知しているため、反対の声はほぼ皆無だ。

しかし同時に、多くのファンの心には「メンバーの代わりなんていない」という思いが強く湧き上がっていた。

「LUNA SEAほど、5人の個性がバラバラでありながらも拮抗しているバンドはありません。そんな5人がひとつのバンドとして作品を生み出し、演奏を続けていること自体が奇跡なんです。誰かが欠ければLUNA SEAは成立しません」

そう話したのは、YouTubeチャンネルで音楽トークを繰り広げる『名盤ラジオ』のメンバー3人だ。また、若者のLUNA SEAファンコミュニティ『SLAVE学園』の立ち上げメンバーであるTAKUYAさんはこう話した。

「メンバー全員が50代になった今も、5人そろって演奏している姿を見ると大きな希望をもらえます。『自分も50代になったらこんなふうに元気でいたい』と思わせてくれる存在です。LUNA SEAは自分にとって人生そのもので、どれだけほかの音楽に触れても、最後に帰ってくるのはここです」

SUGIZOがMCで語っていた意味深な言葉

さらに『SLAVE学園』の“理事長”で、テレビ番組『沼にハマって聞いてみた』(NHK Eテレ)でSUGIZOとの共演経験もあるTAKUYAさん(前述のTAKUYAさんとは別の人)は「あの5人だからLUNA SEAです。音のニュアンスだったり、ライブでの世界観、それはあの5人がそろうことで出るのだと思います」と語った。

また淳士自身、今回の代役について、自身のYouTubeで「真矢さんの代わりとか代打とか全く思っていない。真矢さんの代わりなんて誰だって務まらないんです」「ぼくはちょっと、真矢さんの場所を、“留守番”させていただこうってことです」と思いを語っていた。

その一方でここ数年、LUNA SEAの活動には不安やざわつきを感じるファンも少なくなかった。ライブやMC、メンバーの表情や言葉に、いま思えば闘病の影がにじんでいたのだ。

この6年間、注目を集めていたのはボーカル・RYUICHIの喉のコンディションだった。2019年1月に肺腺がんの手術を受け、2021年末には声帯にできた静脈瘤を除去する手術を受けるために活動休止。2022年8月に“復活祭”と銘打ったライブを開催し、そこから2023年から24年にかけて、怒涛のライブツアーを敢行した。

だが一部のファンからは「喉が完全に戻る前にツアーを再開するのは早すぎるのでは」という声も上がった。実際にステージ上のRYUICHIは苦しそうで、見ていて痛々しいときもあった。完璧ではない状態でのステージは、完璧主義だったかつてのLUNA SEA像から外れていると感じたファンもおり、「LUNA SEAらしくない」という声も聞かれた。

それでも彼らは歩みを止めなかった。今振り返れば、その理由がわかる。その瞬間がLUNA SEAにとっての最大のパフォーマンスであり、逃せば次はないかもしれなかったからだ。あのときのステージこそ、彼らがファンに届けられる最高の演奏だったのだ。

「LUNA SEAらしくない」と言われた行動は、むしろ彼らが最もLUNA SEAらしかった瞬間だった。

「コロナが世界的に流行し始めたあたりから、SUGIZOさんが『今の俺たちを見逃さないで』『いつ死ぬか分からない、明日死ぬかもしれない』という言葉を常に言っていたことが思い出されます。

当時はコロナやRYUICHIさんの病気、ミュージシャンの訃報が続いたからだと思っていましたが、今になってその裏にある真意に気づきました」(前出のTAKUYAさん)

LUNA SEAの美学が詰まった歴史

なかでも印象的だったのは、14年ぶりの東京ドームワンマン「覚悟の夜」でのMCだ。SUGIZOはこのとき、「次にこの場所に立つときは、俺たちの誰かがこの世から居なくなったときだと思っていた」と語っていたが、いま改めてこの言葉が、重みを持って響いてくる。

「当時はRYUICHIさんが快復に向かう中で少しセンシティブに感じられましたが、今では完全に理解でき、得心がいきます。『覚悟の夜』というタイトルが生半可なものではなかったと痛感します」(名盤ラジオさん)

商業的に見れば、真矢さんの病状を先に公表していれば東京ドーム公演の集客や収益はさらに伸びただろう。

だが、それをしないのがLUNA SEAだ。1992年のメジャーデビュー以来、タイアップ全盛の時代にノンタイアップで突き進み、ついに1994年に「TRUE BLUE」でオリコンシングルチャート1位を獲得した。常に自分たちの美学を貫き続ける姿こそが、LUNA SEAなのだ。

“理事長”のTAKUYAさんはファンとして、最後にこんな言葉を語ってくれた。

「真矢さんがファンのために、ツアー、レコーディング、イベント、そして東京ドームをやっていただけたことに心から感謝しています。これからは、僕達が応援します! 真矢さんは絶対に帰ってきます」

そんなファンの願いは叶わなかった――5人そろった音楽をもう一度聴くことはできない。だけど、5人そろったLUNA SEAのあの日の音楽はいつまでも僕たちの心で鳴り響いている。心からの感謝を真矢さんに伝えたい。

取材・文/ライター神山

 

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