【LUNA SEA真矢さん死去】最後に演奏した曲に込められた想い…日本のドラマー像を変えた男とファンの深いつながり
【LUNA SEA真矢さん死去】最後に演奏した曲に込められた想い…日本のドラマー像を変えた男とファンの深いつながり

ロックバンド・LUNA SEAのドラマー、真矢さん(本名・山田真矢)が2026年2月17日午後6時16分に永眠した。56歳だった。

23日未明、メンバー4人が公式サイトで公表した。すでに葬儀は近親者のみで営まれた。昨年11月に開催された主催フェス「LUNATIC FEST. 2025」(通称・ルナフェス)では、自らの言葉で未来への希望を語っていたばかりだった。それだけに、あまりにも早い旅立ちだった。

大腸がんステージ4と闘病の中で圧巻のライブ

真矢さんは2020年に大腸がんステージ4と診断され、治療と並行して音楽活動を続けてきたが、昨年夏には脳腫瘍も判明し、活動を休止して療養に専念していた。

これまで7度の手術を受けながらも前向きな姿勢を崩さず、3月12日に予定されていたLUNA SEAのライブでのドラム復帰を目標にリハビリを続けていた。しかし容体が急変し、その願いは叶わなかった。

メンバーは発表文で「不屈の精神と、最後まで絶やさなかった太陽のような笑顔は、僕達メンバー、そしてスタッフ全員の希望の光でした」と振り返り、「魂のビートは決して鳴り止むことはありません」と追悼。後日、ファンとのお別れの場を設けることも明らかにしている。

真矢さんが闘病を公表したのは、2025年9月。ファンにとっては、まったく想像していなかった知らせだった。というのも、この数年のLUNA SEAの動きは、あまりにも精力的だったからだ。

全国ツアーを重ね、目黒鹿鳴館での凱旋ライブを敢行し、フェスにも出演。

2025年2月には14年ぶりとなる東京ドーム公演を成功させた。活動はむしろ加速しているようにさえ見えた。

一方で、ファンの目から見ても、そのスケジュールはあまりに濃密だった。

どこか“一心不乱に走り続けている”という印象が拭えず、「もしかして東京ドーム公演での解散があるのではないか」との思いが胸をよぎった人も少なくなかった。

そんな中で東京ドームでのライブから半年ほど経過したあと、真矢さんの闘病が公表された。

ついさっきまで、東京ドームの大歓声の中心でドラムを叩き、ソロパフォーマンスでも観客を沸かせていた彼が、まさか深刻な病と向き合っていたとは――多くのファンにとって、あまりにも突然の告白だった。

なぜ、そんな状態でもバンドは走り続けたのか。その答えは、ルナフェスのステージで明かされた。

「LUNA SEAには絶対止まってほしくない」

11月8日、9日のフェス両日、ドラムは真矢さんの弟子である淳士(SIAM SHADE)が務めると事前に発表された。実際に演奏を担ったのも淳士だった。しかしこのステージに、サプライズで真矢さんも姿を現した。

すると会場では“この日一番の歓声”がとどろいた。

よくライブレポートなどで「この日一番の歓声」という表現がされるが、現地にいた筆者は断言する。

この歓声はまぎれもなく、明らかに、次元が違う歓声だった。

フェスを通じて数々のサプライズや夢の共演があって会場を大いに沸かせていたが、真矢さんの登場に対する歓声は、そのどれよりも大きく、長く、熱を帯びたものだった。

このとき実感した。ファンが一番強く望んでいるのは、レアな曲の演奏でも、サプライズ演出でも、夢のコラボでもない。LUNA SEAが5人そろってステージに立つこと、ただそれだけだと。

真矢さんはマイクを握り、「このステージに立てているのは、みんながくれたメッセージや愛のおかげ」と語った。そして「LUNA SEAには絶対止まってほしくない」と、メンバーへの思い、LUNA SEAが止まらなかった理由を明かした。

発言のたびに、歓声と拍手が重なった。客席ではすすり泣きと安堵の声が入り混じっていた。

結果として、それは真矢さんがファンの前に立った最後のステージとなった。だがその日も、真矢さんは決して“闘病中”の姿を見せなかった。いつも通り、チャーミングな言葉としぐさで笑いを誘い、場を和ませ、未来への希望を語った。

一見するとダークで近寄りがたい印象もあるLUNA SEA。若き日はメンバー同士の衝突も絶えなかったという。それでも国民的な支持を得るバンドへと成長した背景には、太陽のように明るい真矢さんの存在があった。メンバーを包み込み、ファンとの懸け橋となり、バンドの“入口”を広げてきたのが彼だった。

その姿勢は、地元との関わりにも表れている。

真矢さんが最後に演奏した曲

メンバーの地元である神奈川県秦野市で行なわれている「秦野たばこ祭」には真矢さんも参加。2023年5月には「はだのふるさと大使」に就任し、市のイベントにも積極的に協力してきた。市の担当者はこう振り返っていた。

「3年連続で『秦野たばこ祭』に100万円を寄贈してくださっています。出演料も度外視し、市のPRになることに協力したいという思いを強く感じています」

祭りでは、自身のSNSで居場所を告知し、集まったファン一人一人と写真撮影に応じる。真矢さん目当てに行列ができることもあったが、どんなときも分け隔てなく、誠実に向き合う。市の職員はそんな彼の姿が印象的だったという。

1980年代後半から90年代初頭のバンドブームの中で、ドラムは後方にいる“目立たない存在”と見られがちだった。だが真矢さんは、そのイメージを塗り替えた。派手で、豪快で、確かな技術を持つドラマー像を提示し、「V系は怖い」という固定観念さえ変えていった。

彼の功績は、単なるバンド活動の枠に収まらない。日本のロック、そしてドラム史の一章を刻んだ存在だった。

真矢さんが最後にファンの前でドラムを叩いた曲は、2025年2月23日。LUNA SEAの東京ドーム公演のダブルアンコールで披露された「Foever & Ever」。歌詞には、こんな一節がある。

「Tonight 旅立とう 乾いた ここから 夜空につながれた 星たちのように Ah~ このメロディーは きっと永遠さ Forever & ever きっといつか たどり着ける」

そのとき彼は、涙をぬぐいながら必死にスティックを振り下ろしていた。真矢さんの魂のビートは、ファンの心に永遠に鳴り響き続けるだろう。

取材・文・撮影/ライター神山

 

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