「演劇か医療費無償化か」という極端な二択で争われた2021年の豊岡市長選挙は、芸術文化政策へのフェイクニュースが渦巻く現代政治の縮図だった。そしてその攻撃の標的となったのは、内閣官房参与も務めたことのある劇作家・平田オリザ氏だ。
氏の書籍『寂しさへの処方箋』より一部を抜粋・再構成し、日本型トランプ選挙の内幕を解説する。
2021年豊岡市長選挙
私が暮らす豊岡市では長年ある問題を抱えてきた。
2021年4月、私が学長を務める芸術文化観光専門職大学は、それまで四年制大学のなかった但馬地方の期待を一身にになって華々しく開学した。新聞、テレビの取材、報道も相次いで順風満帆のスタートを切ったかに見えた。
しかしその数週間後、本学の開学を力強く推進してきた中貝宗治元豊岡市長は選挙で落選の憂き目に遭った。対立候補である関貫久仁郎氏は「高校生までの医療費無償化」というほぼ一本の政策だけを掲げて、告示直前に出馬表明を行って短期決戦に臨んだ。
関貫氏は「演劇のまちなんかいらない」と公言(のちにそのような発言はしていないと修正)し、日本の憲政史上初めて、「演劇」が選挙の争点となった。
選挙期間中の公開討論会で関貫氏は、「平田氏がやっているコンテンポラリーダンスの(従来活動していた)市民のダンスの団体の利用が妨げられた」と発言した。
これは明らかなフェイクニュースであり、そもそも私はコンテンポラリーダンスはやっていない。私の抗議を受けて選挙から7週間が過ぎた市議会で、彼は、この発言が虚偽であったと訂正を行った。
別の場所での個人演説会では、私や私の劇団のために文化団体への補助金がカットされているという発言もあった。しかし私たちの劇団は、市民の文化活動、文化団体に配られるような小規模の補助金は最初から受け取っていない。また、豊岡市の文化団体への補助金は削減されていなかった。
議会での訂正のあとには、市長個人のフェイスブックで以下の文章が発表された。
選挙戦では、無我夢中でした。色々な方からの情報を頂きました。激励、誹謗、嫌がらせ等々。そんな中、私も正確でない発信をしたかもしれません。とりわけ市と演劇との関係に関して。事に触れ、平田さんの名や、氏を想像させるような内容を。選挙に直接関係のないご本人にとっては、迷惑なことだったと今になれば感じます。氏との面談時に、誤りの指摘と、訂正を求められました。後日関係者等に確認しましたが、氏の直接の行動で市民団体の活動阻害、市政のコントロールは無いことが分かりました。訂正させて頂きます。演劇の振興は今、専門職大学の開校とも連動し、豊岡の地域振興の一つとなっています。
今後は、主人公の市民と融合を図り、市民も楽しめる活動が発展して行けばと感じます。芸術文化観光専門職大学学長、豊岡市長として、相互協力、協働を図り、但馬・豊岡市の地域創生に注力していきたいと思います。
選挙の結果を受けて、なぜ選挙期間中に私が自ら反論をしなかったのかという意見も多くいただいた。
しかし国公立大学の教員は、実質的な選挙期間に入った段階(たとえば衆議院の解散など)から、特定の候補や政党の支持あるいは不支持を表明するような発言は控えるように通告を受ける。まして私は、その通告をする側の学長だ。
明らかなフェイクニュースには反論するべきだという意見もあるだろう。だが、そもそもこの規定は、選挙期間中に大学の教員、まして大学の長が、候補者から直接攻撃されるような場合を想定していない。
社会通念上は、市長立候補者が、対立候補ではなく、地域の大きな公的機関の長についてフェイクニュースを流すということも本来はあり得ないだろう。なぜなら当選してから、それは必ず混乱や対立の要素になることが目に見えているから。
また、にわかに出てきたフェイクニュースに対して、個人によるファクトチェックには時間がかかる。私の関係者が、私の知らないところで、それに類する発言をしていた可能性は、この時点ではゼロではなかったからだ。私自身、選挙期間中から事実確認を始めて、確実にフェイクニュースだと断言できるようになったのは投票日から1週間ほどしてからだった。
日本型トランプ選挙
さて、ここまで読んでおわかりの通り、2024年から25年にかけて話題となった選挙をめぐるさまざまな事柄が、豊岡市では先駆的な事例としてすでに5年前に起きていたわけだ。
しかし元をたどれば2016年あるいは20年のトランプ氏の米大統領選挙での戦略もまったく同じ手法だったのだから、豊岡市の例は日本でのその一形態が比較的早くに示されたものだと言ってもいい。
わかりやすい対立構造、豊岡市ならば「演劇か医療費無償化か」、奈義町ならば「子育て支援か、その他の福祉政策か」といった具合だ。
ただこの豊岡市長選挙について、我がことながら私が興味深く思ったのは、これが米大統領選挙における「移民排斥」や多様性をめぐる議論のような、社会的な対立構造ではなかった点だ。
やはりここでも、きわめて微温的に、「演劇のまちなんかいらない」と攻撃の矛先が「演劇」に向かった。おそらく当事者さえも単純な選挙戦略として演劇を攻撃目標に定めたのだろう。
そしてそのためのフェイクニュースも、ことの重大さがあまり理解されないまま流された。しかしこれは当然、潜在的には移住者への排除にもつながっている。「日本人ファースト」とも構造は同じだ。とても日本的だが、一方でファシズムの到来は、特に日本では、このようなところから忍び寄ってくるとも指摘できるだろう。
ちなみに、現実には「演劇のまちづくり」が全否定されたわけでもなかった。のちに公表された神戸新聞の出口調査(1494名回答)では、演劇のまちづくりを「評価する」は32.6%で、「評価しない」の29.6%を上回った。
私たちは、この時点ですでに3割以上の人が、始まったばかりのこの施策を評価してくれているのかと逆に驚いた。
現職敗北の理由
選挙の結果も僅差だった。人口7万9000人(当時)の市で票差は1665票。選挙後の声の中には「多選の中貝氏にお灸を据えるつもりで関貫氏に入れたが、まさか当選するとは思わなかった」というものもあった。
中貝氏の落選の理由は複雑だ。コロナ禍で、多くの人々が行政に何らかの不満を持っていた。多選批判もある。しかし、市民の行政に対する無理解、あるいは行政の側の説明不足もあった。
たとえば中貝氏は選挙期間中、芸術文化観光専門職大学の誘致の実績をアピールした。それは現職市長として当然のことだろう。しかしこれは、あとからわかってきたことなのだが、市民の中には、豊岡市が多額の負担をして大学を作ったと思っていた方が多くいた。中貝氏が実績をアピールすればするほど、そのイメージは強くなった。
大学開設にあたって、豊岡市は8億円の寄付と、約5億2500万円で買収した大学用地の無償貸付を行った。
すなわち芸術文化観光専門職大学開学にあたっての豊岡市本体の実質的な負担額は約1億7600万円だったことになる。
この負担額の少なさに、開学後に本学を見学に訪れた他の自治体の方々は驚嘆の声を漏らした。言葉は悪いが、豊岡市は「とてもうまくやって」県立大学を手に入れたのだ。
教職員や学生の移住によって、地方交付税だけでも毎年5000万円近く押し上げられる。この点一つだけ取っても、豊岡市は先の自主負担額を4年程度で回収したことになる。
兵庫県の負担は校舎の建築費用だけで約70億円。その多くは地元企業が受注した。ただし企業の側は、そんなことは大っぴらには自慢できない。開学後は地元採用の職員などの雇用も生まれた。学生、教職員で400人のコミュニティだから、直接消費だけでも5億円はくだらないと言われている。何より大きいのは、そのほとんどが外からもたらされた「純増」だという点だ。
市長選後、市内の講演会でこういった数字を説明するたびごとに「もっと早くきちんと説明してくれればよかったのに」という声も聞いた。
だがおそらく、平時にこの説明を聞いても、市民の頭には染み込んでいかないだろう。選挙戦になって、「医療費無償化か、演劇祭か?」と急に問われれば、多くの市民は前者を選ぶだろう。止めどなく流れるフェイクニュースの真偽を吟味する時間もない。
文/平田オリザ
寂しさへの処方箋 芸術は社会的孤立を救うか
平田 オリザ
著者は2001年刊行の『芸術立国論』で「日本再生のカギは芸術文化立国をめざすところにある!」と提案した。
本書はその試みを現代に合わせてさらに進化させ、モノが飽和しコトの消費が求められる時代に芸術と観光が果たせる役割、社会的孤立を救うための文化による社会包摂の動き、教育や地方が実現可能な少子化対策など、日本の衰退をくい止める新しい処方箋を再提案する。

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