50kg→73kgの衝撃ビフォーアフターで大バズ…元地下アイドルが「痩せていないと美しくない」風潮に感じる違和感
50kg→73kgの衝撃ビフォーアフターで大バズ…元地下アイドルが「痩せていないと美しくない」風潮に感じる違和感

インフルエンサーで元地下アイドルの藤田シオン(33歳)がSNSに投稿した1枚が話題だ。「『痩せたら可愛い』ってよく言われるので ビフォーアフター置いておきますね」。

2021年からの5年間に50kgから73kgまで増量した“ビフォーアフター”をさらけ出し、注目されている。社会人生活を経てアイドルをクビになり、激変した姿でバズる――そんな彼女の数奇な半生に耳を傾けた。

アイドル時代は鳴かず飛ばずだった

アイドル時代、体重50kgだった身体が73kgまで膨張し、話題を呼んだ藤田シオン。「実は一時期、85kgまでいきました」と明かす。そのビフォーアフターをSNSに投稿してバズったが、アイドル時代は鳴かず飛ばずだった。

「ほぼ休みはありませんでした。レッスンをやりつつ、週3のライブ出演をしていました。でも、活動方針を巡って、運営との溝が深くなってしまったんです。

具体的に言うと、当時の地下アイドルは平日昼にライブを行うことが多かったのですが、私は、平日に来られないけれども応援してくれる層も取り込みたいと考えていました。そこでオンラインチェキ会など、ネットを活用した集客を提案したのですが、“扱いづらい子”として煙たがられるようになりました。

やがて会議でも『お前は話が通じない』と発言の機会を飛ばされるなど、運営から露骨に拒絶されてしまいました。結局、解雇という形でグループを離れることになりました」(藤田シオン、以下同)

もっとも、当時のグループは迷走していたようにも見える。「SNSでメンバーが食用ゴキブリに挑戦する」という“バズリ”狙いの企画が打ち立てられたほどだ。

藤田はちょうど別の仕事が入って現場入りしなかったが、「ほかのメンバーは食べていましたね」と遠い目で語る。

意図しない形での離脱に、藤田は心を病んだ。パニック障害やうつ病になり、家から出られない時間が長く続いた。一方で、深夜のドカ食いをやめられず、薬の副作用も相まって体重は増加の一途をたどった。

藤田にとって、そもそもアイドルは一般企業から逃れてたどり着いた場所だった。社会人生活に終止符を打ったのは、当時働いていた会社での出来事によるという。

「小さな会社で、社長からたびたびランチに誘ってもらうなど、可愛がってもらえました。しかしある日、社長から社内の個室に呼ばれ、『僕の股間を蹴ってくれたら、基本給に10万円を上乗せするけどどう?』と持ちかけられたんです。

憧れの先輩がハイブランドのバッグを持っているのも、全部そういう“契約”な気がして、泣きながら会社を出ました。その後、出社せずに退職しています」

「あなたは失敗作だけど、器量がいいから芸能人にでもなれば」

常に心が落ち着かない。その原因は、アイドル時代や会社員時代以外にもありそうだ。

藤田は関東地方のある都市に生まれ、幼少期に両親が離婚、母親に引き取られた。

「当時の母は精神的に安定しないところが多かったと思います。

包丁を向けられたり、『一緒に死のうか』と言われて立体駐車場で車を急発進させようとする母を止めたり、『もう死ぬ』と言って母がひとりでどこかに出かけて取り残されたり……」

即座に「虐待」という言葉が脳裏に浮かぶ。だが藤田は、かぶりを振って言う。

「そのように思われるのは私にとっても不本意なんです。なぜなら、母だけのせいとは言い切れない事情があるからです」

藤田の脳裏に焼き付く、幼少期の記憶。それは、父親から殴られた母親が、伏せているという凄惨な光景だ。命の危険を感じた母親は藤田を連れて家を出た。その後、父親は愛人だった女性と結婚し、のちに子どもをもうけた。

「母とふたりで暮らしているとき、父が家族行事よりも愛人との旅行を優先させていたこと、また私が産まれたときでさえ、おそらく愛人絡みで出産に遅れてきたことなどを聞かされました」

藤田は「現在は母と非常に良好な関係なんです」とうれしそうに笑う。現在は母親の精神状態も安定し、一緒に藤田が昔から好きだという、母親が作ったケーキを食べて談笑する機会を積極的に作っていると話す。精神状態が快方に向かったのは、母親自身が再婚をしたことも関係するだろう。

「記憶が曖昧ですが、私が10代のときに母は再婚したのだと思います。当時は母とは暮らしておらず、祖父母宅に預けられていました。

ある日、新しい住所と新しい苗字が母から送られてきて、母の再婚を知りました」

このとき、周囲からかけられた「可哀想」という言葉を現在でも反芻する。藤田は再婚相手との養子縁組を望んだが、3人の連れ子に十分な相続が行き渡らなくなるため、「断られた」。母の再婚は「喜ばしい」としながら、「帰る家を失ったことはショックだった」と振り返る。この頃、オーバードーズによる自殺未遂事件を起こし、入院している。

大人になり、母親から言われた言葉がある。「子どものとき、幸せじゃなくてごめんなさい」。藤田は「自分の傷が癒えるわけではないし、母も反省しているから許そうとあきらめました」と寂しそうに微笑んだ。

だが同時に、地域のひとり親に対する偏見も強い中で、「美術館に連れて行ってくれたり、文化的なことに触れさせてくれて、今の私の素地を作ってくれたんです」と母親に対する尊敬の念を強調した。

反面、父方の祖母に対してはさらに複雑な心情がうかがえた。

「言われてもっともショックだったのは、『あなたは失敗作だけど、器量がいいから芸能人にでもなれば』という一言です。医師をはじめとして社会的地位の高い親戚が多いからそのような発言があったのだと思いますが、今でもときどきフラッシュバックしてしまいます」

ルッキズムなくならないけど感じる違和感

ルックス至上主義の極みともいえるアイドル業界の中で、容姿によって逆説的な評価を得た藤田は、ルッキズムをどのように捉えているのか。

「正直、ルッキズムはなくならないと思います。

私自身、美しくあることで得したいと思うのは理解できます。ただ、本来は人の数だけ美しさの形があるべきなのに、痩せていないと美しくないという価値観に縛られることには疑問を感じます。

他人の体型に口出しをすること自体が、あまり品が良いとはいえないと個人的には感じてしまいます」

必死にアイドル活動している最中には見向きもされず、あきらめてありのままをさらけ出したとき、人からの関心を得られる。それはSNSでの評価のみならず、身近な人からの愛情も同じかもしれない。

「幼少期から今までの人生で学んだのは、『泣いていても人は助けてくれない』ということです。人間って、傷があると他者をカウンセラーとして代用しようとすると思うんです。でも、助けてと叫べば叫ぶほど、人は離れていきます。

親子関係においても同様です。『お母さんだから◯◯してくれて当然』と期待していると、欲しい愛情が手に入らないことに悩む場面が必ず出てきます。あきらめて、都合よく考えることが、きっと自分を楽にするんじゃないかと私は考えています」

今後の活動について、「新しいバンドでの作詞など、表現や創作の方面で活躍していきたい」と藤田は語る。「誰かが病んでしまうのは、原因をたどればそれなりに理由があるはず。そんな人たちにそっと寄り添えたら」。

かつての自分自身や母親のような人たちに向けて、藤田はこれからも社会に向けて言葉を投げかけ続ける。

取材・文・撮影/黒島暁生

編集部おすすめ